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ミレンハン国のトド王妃と赤獅子シモンのダイエット大作戦!?〜美しい公爵令嬢と獣人騎士の身分差恋愛の行方

閃きとまろやかカプチーノ

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 昼から夜にかけての食堂のアイドルタイム。
 先週よりこの時間帯にコーヒーや紅茶などのカフェメニューを出す時間を設けた。
 中抜け中の使用人や庭師たちがちらほらと休憩を取ったり、ブランチをしているまったりとした時間帯。
 厨房では夕食の仕込みが始まり忙しないが給仕を担当するリリースやウェスタたちは暇そうに食堂の片隅のテーブルにつき、のんびりお茶をしていた。

「ごめんあそばせ、ユハはいらっしゃるぅ?」

 食堂に派手で大きいつばの帽子を被り、フリル多用の春らしい色味のドレスに白い手袋の美しい貴族の令嬢が現れた。
 年は二十代後半くらいだろうか。
 丁度食堂の入り口の掃き掃除をしていたシャルロットに声を掛けてきた。

「ユハなら厨房にいるわ」

「あ、姉ちゃん!」

 タイミングよく厨房からユハが現れた。
 ユハは令嬢を見つけるなり笑顔で犬のように駆け寄ってきた。

「ユハのお姉様?」

「うん、うちの一番上の姉のクリスティだよ。小説家なの」

   ユハは十人兄弟の末っ子だと以前言っていた、その長女らしい。
 ユハにどことなく似ている落ち着いた雰囲気でおっとりとした優しそうな女性だ。
 公爵令嬢が、従業員用の食堂に何の用だろうか。

「うふふ。いつも弟がお世話になっております。本殿のサロンで音楽鑑賞した帰りよ、ついでに弟の食堂を一目見てみたかったのよ。素敵な場所ね。私も何かいただけないかしら?」

「はじめまして、シャルロットですわ、お姉様。今はお食事は提供できないのですが……、焼き菓子やコーヒーか紅茶ならありますよ」

「まあ、貴女がシャルロット様ね、弟から話は聞いてるわ。じゃあ、あなたのオススメを頂こうかしら。あの席で少し仕事をしてもいい?」

「ええ、どうぞ」

 気品溢れる所作、まさに貴族の娘らしい。
 しかも小説家らしい。小説家なんて前世でも今世でも初めて目にするシャルロットは、少し緊張していた。

 奥の窓際の席に着いたクリスティの元に侍女たちが一斉に群がった。

「ウェストマコット先生!お会いできて光栄です!」

「新作はまだ発表されないの?楽しみに待っております!」

「サインください!」

 クライシア大国では人気の小説家のようだ。サスペンス小説が有名で、ウェストマコットというのは別名義のペンネームだとユハが補足してくれた。
 クリスティからサインを貰った侍女たちは満足そうに食堂から退散した。

「どうぞ、カプチーノとマフィンです」

「ありがとう。バルキリー様のコーヒーならいただいたことがあるのですが……、こちらはミルクティーのようなものかしら?」

「バルキリー夫人からいただいたエスプレッソコーヒーに温めて泡立てたミルクを淹れました。コーヒーの苦さとミルクの甘みがいい感じで美味しいですわよ」

 食堂のためにコーヒーマシンやミルクフォーマーもどきを科学者の青年達に頼んで作ってもらった。
 カプチーノのミルクは少しぬるめの温度が美味しいと、前世でカフェに勤めていた友人から聞いたことがある。コーヒーの知識はあまりないので試行錯誤の日々だ。

「本当ね、飲みやすいわ。美味しい」

「姫様、持ってきましたよ」

 やがて本殿へお使いを頼んでいた護衛騎士キャロルが食堂に戻ってきた。
 美少年キャロルの姿を見て、クリスティはガタンと椅子の脚を鳴らし勢いよく立ち上がった。そして血走った目で鼻息荒くキャロルを凝視する。
 かと思えば再度椅子に座り、呆然としているシャルロットとキャロルに構うことなく持っていたノートを開くとペンを走らせた。

「お姫ちゃん、ウサギちゃん、気にしないで。姉の病気だから」

「インスピレーションいただきましたわ!ありがとう!美少年くん」

「どういうこと?」

「んとね、小説のネタが浮かんだら所構わずスイッチ入っちゃうんだよ☆職業病ってやつ?」

 ユハはヘラヘラ笑ってる。
 しばらくなにかを書き留め、すっかり冷めたカプチーノをぐびっと飲み干してマフィンを大口で食べ、また立ち上がった。

「ありがとう、えっとキャロルくんって仰るの?スランプでしたが、いい話が浮かびました!お礼に今度私とデートしましょう」

 キャロルの手をギュッと握り、クリスティは微笑んだ。
 キャロルは唖然として言葉も出ない。
 勢いに押されてコクンと首を縦に振ってしまった。クリスティは嬉しそうに、だが落ち着いたようで優雅に手をひらひら振りながら食堂を出て行った。

 その様子を遠巻きに見ていた休憩中の騎士達がヒソヒソと囃し立てる。

「クリスティ公爵令嬢か……あの……」

「騎士食い令嬢……」

「ターゲットにされた騎士は魂を抜かれたように廃人化すると言う…」

「赤獅子も顔を見ただけで逃げ出すと言うあの恐ろしい令嬢が、次はキャロルを?」

「噂ではサスペンス小説のネタにするための実験動物にされるとか…」

「騎士も泣き叫ぶほどの恐ろしい拷問をされるそうだぜ?」

 食堂に居た全ての騎士が顔を真っ青にしていた。
 キャロルの耳にもそれは入った。
 キャロルの顔もたちまち青くなる。

「ゆ、ユハ、あれは事実なのか……?」

 噂の真偽を、後ろに立っていたユハに問うが、ユハは明るくウィンクを返した。

「大丈夫!うちの公爵家なら隠蔽工作もお手の物だよ☆」

「何が大丈夫なんだ!」

 漫才のようなやり取りを、シャルロットは呆然と見ていた。

(一波乱起きそうね……?)

 胸の辺りが騒めいている。
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