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*シャルロット姫と食卓外交
白馬に乗ってまったりデート
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よく晴れた真っ青な空には入道雲。
大臣はずっと睨みっぱなしだった書類から目を離し、椅子から立ち上がると窓の前で大きく伸びをした。
太陽の日差しに目を眩ませふと階下に目を落とせば、中庭で軽装のグレース皇子と白いワンピースに白い帽子を目深く被ったシャルロットが顔を見合わせて微笑み合う姿があった。
二人は白い馬に相乗りしている。
「あの堅物皇子が姫君と仲睦まじく乗馬など、クライシア大国の未来も安泰ですな」
大臣は目を細めて笑っていた。
*
昼下がり、シャルロットは中庭で馬に乗っているグレース皇子と遭遇した。
乗馬をしたことがないというシャルロットに、グレース皇子が「乗ってみるか?」と訊いてきたのだがーー相乗りだとは想像していなかった。
シャルロットはグレース皇子の体温を背中に感じながら気恥ずかしくて俯き、頬を染めていた。
「姫?どうした?」
「いいえ、なんでもないわ」
ーー密着度が高くて落ち着かない。
思わず照れてしまった。
そんな顔をグレース皇子は不思議そうに俯瞰で見下ろしてくるから、思わず顔をそらした。
グレース皇子は馬を走らせ、城門を目指し駆けた。
城門の番人は何も言わずにすんなりと門の扉を開け跳ね橋を架けた。
「グレース様、騎士の方達は?」
城下に出るには護衛の騎士が必要ではないのか?シャルロットは尋ねた。
グレース皇子は淡々とした言葉で返す。
「必要ない、ただ一走りするだけだ」
馬はスピードを上げて王有林へ続く道を駆け上った。
シャルロットはぎゅっとグレース皇子の服を掴み目を瞑った。
吹き上げる風にやっと慣れ恐る恐る目を開けると、先日プリンを食べたあの湖が遠くに見えた。
「この辺か…」
夏木立の中、白馬は止まる。
馬から降りるとグレース皇子はキョロキョロと辺りを見渡していた。
「あった」
王子の視線の先にある畑には草が生い茂り、木苺の赤い実がいくつも成っていた。
脇には小玉西瓜、夏苺、早桃、様々な果実や野菜たち。それを覆い囲むドーム状の結界がオーロラ色にゆらゆらと輝いていた。
(魔法がかかっている?ビニール栽培?みたいなものかしら?そういえば道中にも向日葵畑があったわ…)
シャルロットはワクワクしながらそれを見ていた。
「すごいですわ」
「クロウが育ててるんだ。あいつは庭いじりが趣味だからな。シャルロット姫が料理好きだと話したら、クロウが自分の畑から好きなだけ持っていけと言っていた」
グレース皇子は木苺の実を一つ摘むとパクリと食べた。
「クロウ?」
「俺の幻狼だ。この国の王位継承者は赤ん坊の頃に幻狼と契約するのは知ってるだろ」
「ええ、聞いたわ。でもわたしは人間だから幻狼は視えないので残念だわ。こんなに素敵な果物をいただくのにお礼も言えないもの」
幻狼は魔人の血を引くもの、微力な魔力を持つ獣人しか目視できない。
シャルロットは何の力もない至って普通の人間なのでもちろん視ることはできない。
「では料理を一品クロウが喜びそうな料理を作ってくれないか?それを俺がクロウへ届けよう」
「まあ、お願いできますか?」
「ついでに俺の分も頼む」
グレース皇子は優しく笑った。
「ふふ、承りましたわ。あ、もしかして、あの向日葵畑も幻狼さんが?」
「ああ、クロウが植えたらしい。俺が産まれる前からあるな……。毎年夏になると咲いているぞ」
「そうなの。わたし花の中では向日葵が一番好きなんです」
前世で向日葵の花が大好きで、死んだ夫が自宅の庭に毎年たくさんの向日葵を植えてくれた。
夫が亡き後は手入れする者も居らず庭もすっかり寂しくなり、見れなくなっていたが…。
果物を収穫すると、持っていたハンカチを広げて風呂敷代わりに包んだ。
「何を作ろうかしら?」
ワクワクする。
木漏れ日の下でしゃがみこみ採れたての果実を見つめていると、突然ガサガサと木陰が揺れて何かがシャルロットを目掛けて飛んできた。
「姫!」
近くにいたグレース皇子がシャルロットを庇うように覆い被さり抱き締めながら芝生の上を転がった。
「ぐ……グレース様?」
「魔物か…」
眉間にしわを寄せて眉尻をあげたグレース皇子が睨む先には黒く牛のように大きな鹿が居た。
ただの鹿じゃない。
額には太いサイのような角と先が二つに分かれた長い尻尾に毒々しい斑点、赤く光る山羊の目と鋭い牙を持っている。
グレース皇子はシャルロットを背中に体勢を整え腰に携えていた護身用の短剣を取り出した。
魔物はそれでも怯まず助走を付けて突進してきた。
「きゃあ!」
すると強烈な突風が二人を襲った。
魔物の力であろう。
「風を操っている?」
さほど手強い魔物ではないが接近戦には向かない相手だ。
それに長年魔法を使ってこなかったせいで、鈍っている。
逃げるにしても、馬で逃げるのも脚の速さが特性のこの魔物相手では太刀打ちできない。
肉弾戦や剣闘が主な第二騎士団はこのような相手と対峙した時のために魔人が作った飛び道具や魔道具などを所持している、だがこの場ではそんなものない。
ふと自分の背中に隠れて身体を震わせているシャルロットを見ると、彼女の白い右腕には大きな擦り傷ができていた。
さっき魔物から彼女を庇い倒れかかった時に擦ったのだろう。
赤い血が滲んでいた。
グレース皇子はハッと目を見開き、しばらく沈黙した後で魔物に手のひらを向けて呪文を早口で唱え始めた。
すると魔物を取り囲んでいた空気の壁が真っ二つに切り裂かれ、芝生から木の根っこが飛び出し魔物を羽交い締めにした。
魔物が怯んだ瞬間グレース皇子は飛び掛かり背中に短剣を突き刺し、魔物は悲鳴をあげ、やがてくたりと倒れた。
大臣はずっと睨みっぱなしだった書類から目を離し、椅子から立ち上がると窓の前で大きく伸びをした。
太陽の日差しに目を眩ませふと階下に目を落とせば、中庭で軽装のグレース皇子と白いワンピースに白い帽子を目深く被ったシャルロットが顔を見合わせて微笑み合う姿があった。
二人は白い馬に相乗りしている。
「あの堅物皇子が姫君と仲睦まじく乗馬など、クライシア大国の未来も安泰ですな」
大臣は目を細めて笑っていた。
*
昼下がり、シャルロットは中庭で馬に乗っているグレース皇子と遭遇した。
乗馬をしたことがないというシャルロットに、グレース皇子が「乗ってみるか?」と訊いてきたのだがーー相乗りだとは想像していなかった。
シャルロットはグレース皇子の体温を背中に感じながら気恥ずかしくて俯き、頬を染めていた。
「姫?どうした?」
「いいえ、なんでもないわ」
ーー密着度が高くて落ち着かない。
思わず照れてしまった。
そんな顔をグレース皇子は不思議そうに俯瞰で見下ろしてくるから、思わず顔をそらした。
グレース皇子は馬を走らせ、城門を目指し駆けた。
城門の番人は何も言わずにすんなりと門の扉を開け跳ね橋を架けた。
「グレース様、騎士の方達は?」
城下に出るには護衛の騎士が必要ではないのか?シャルロットは尋ねた。
グレース皇子は淡々とした言葉で返す。
「必要ない、ただ一走りするだけだ」
馬はスピードを上げて王有林へ続く道を駆け上った。
シャルロットはぎゅっとグレース皇子の服を掴み目を瞑った。
吹き上げる風にやっと慣れ恐る恐る目を開けると、先日プリンを食べたあの湖が遠くに見えた。
「この辺か…」
夏木立の中、白馬は止まる。
馬から降りるとグレース皇子はキョロキョロと辺りを見渡していた。
「あった」
王子の視線の先にある畑には草が生い茂り、木苺の赤い実がいくつも成っていた。
脇には小玉西瓜、夏苺、早桃、様々な果実や野菜たち。それを覆い囲むドーム状の結界がオーロラ色にゆらゆらと輝いていた。
(魔法がかかっている?ビニール栽培?みたいなものかしら?そういえば道中にも向日葵畑があったわ…)
シャルロットはワクワクしながらそれを見ていた。
「すごいですわ」
「クロウが育ててるんだ。あいつは庭いじりが趣味だからな。シャルロット姫が料理好きだと話したら、クロウが自分の畑から好きなだけ持っていけと言っていた」
グレース皇子は木苺の実を一つ摘むとパクリと食べた。
「クロウ?」
「俺の幻狼だ。この国の王位継承者は赤ん坊の頃に幻狼と契約するのは知ってるだろ」
「ええ、聞いたわ。でもわたしは人間だから幻狼は視えないので残念だわ。こんなに素敵な果物をいただくのにお礼も言えないもの」
幻狼は魔人の血を引くもの、微力な魔力を持つ獣人しか目視できない。
シャルロットは何の力もない至って普通の人間なのでもちろん視ることはできない。
「では料理を一品クロウが喜びそうな料理を作ってくれないか?それを俺がクロウへ届けよう」
「まあ、お願いできますか?」
「ついでに俺の分も頼む」
グレース皇子は優しく笑った。
「ふふ、承りましたわ。あ、もしかして、あの向日葵畑も幻狼さんが?」
「ああ、クロウが植えたらしい。俺が産まれる前からあるな……。毎年夏になると咲いているぞ」
「そうなの。わたし花の中では向日葵が一番好きなんです」
前世で向日葵の花が大好きで、死んだ夫が自宅の庭に毎年たくさんの向日葵を植えてくれた。
夫が亡き後は手入れする者も居らず庭もすっかり寂しくなり、見れなくなっていたが…。
果物を収穫すると、持っていたハンカチを広げて風呂敷代わりに包んだ。
「何を作ろうかしら?」
ワクワクする。
木漏れ日の下でしゃがみこみ採れたての果実を見つめていると、突然ガサガサと木陰が揺れて何かがシャルロットを目掛けて飛んできた。
「姫!」
近くにいたグレース皇子がシャルロットを庇うように覆い被さり抱き締めながら芝生の上を転がった。
「ぐ……グレース様?」
「魔物か…」
眉間にしわを寄せて眉尻をあげたグレース皇子が睨む先には黒く牛のように大きな鹿が居た。
ただの鹿じゃない。
額には太いサイのような角と先が二つに分かれた長い尻尾に毒々しい斑点、赤く光る山羊の目と鋭い牙を持っている。
グレース皇子はシャルロットを背中に体勢を整え腰に携えていた護身用の短剣を取り出した。
魔物はそれでも怯まず助走を付けて突進してきた。
「きゃあ!」
すると強烈な突風が二人を襲った。
魔物の力であろう。
「風を操っている?」
さほど手強い魔物ではないが接近戦には向かない相手だ。
それに長年魔法を使ってこなかったせいで、鈍っている。
逃げるにしても、馬で逃げるのも脚の速さが特性のこの魔物相手では太刀打ちできない。
肉弾戦や剣闘が主な第二騎士団はこのような相手と対峙した時のために魔人が作った飛び道具や魔道具などを所持している、だがこの場ではそんなものない。
ふと自分の背中に隠れて身体を震わせているシャルロットを見ると、彼女の白い右腕には大きな擦り傷ができていた。
さっき魔物から彼女を庇い倒れかかった時に擦ったのだろう。
赤い血が滲んでいた。
グレース皇子はハッと目を見開き、しばらく沈黙した後で魔物に手のひらを向けて呪文を早口で唱え始めた。
すると魔物を取り囲んでいた空気の壁が真っ二つに切り裂かれ、芝生から木の根っこが飛び出し魔物を羽交い締めにした。
魔物が怯んだ瞬間グレース皇子は飛び掛かり背中に短剣を突き刺し、魔物は悲鳴をあげ、やがてくたりと倒れた。
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