100日後に〇〇する〇〇

Angelique Fries

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3 出張

12日目 嵐が去って

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 男をベネチア警察に引き渡したぼくは、警察署の一室でコーヒーを啜っていた。
 シェルナーさんは、取調室で男と話している。
 ぼくは、手持ち無沙汰だった。
 ベネチアの警官たちは、警察署の中で普通にタバコを吸っていた。
 なんだかぼくも吸いたくなってきた。
 ぼくは、席を立ち、そばにいた警官さんからタバコをもらい、その先に火を点けた。
「子どもにタバコをねだられたら気をつけろよ」警官さんは言った。
 ぼくは眉をひそめた。「どうしてですか?」
「財布をすられる」
 ぼくは頷き、タバコの煙を吐いた。
 窓の外に見える空は、先程の大嵐が嘘みたいに晴れ渡っていた。
 少しばかり、魔素を吸いすぎたかも知れない。
 久しぶりで、加減が利かなかった。
 ぼくは、体内に充満している精神の魔素と、水の魔素に意識を傾けた。
 右手の平に魔素を集め、拳を固める。
 指輪の形をイメージして、魔素を練り上げる。
 手の平を開けば、そこには、大理石のボディにサファイアがはめ込まれた指輪があった。
 ぼくは、指輪をポケットに仕舞った。
「やあ」声をかけられてそちらを見れば、ハリエットさんがいた。「そちらでも、一仕事を片付けたようだな」
「そちらはどうでした?」
「全部終わったよ。良くないものを売っている連中がいてね。ポヴェーリア島で取引をしていたのを一斉検挙したんだ」
「こちらは、なんか良くわからない男を捕まえました」
「お疲れ様」
 ぼくは頷いた。「魔法使いと戦うのは久々で疲れました」ぼくは、指輪をポケットから取り出して、ハリエットさんに見せた。
 ハリエットさんは、指輪を見て口笛を吹いた。「きみのじゃないな?」
「男から奪った精神の魔素と、フラーさんの水の魔素です」
「魔素の吸収が出来るのか。大したもんだ」ハリエットさんは、ぼくの目を見て、控えめに微笑んだ。「顔がすっきりしてるな」彼女は、ポケットから名探偵が吸うようなパイプを取り出し、マッチで火を点けた。
 ぼくは、タバコの煙を吐いた。「久々に憂さ晴らしが出来ました」
 ハリエットさんは、ぷかぷかと煙を吐きながら笑った。「仕事を憂さ晴らしにしているのか」
「憂さ晴らしが出来る仕事は貴重です」
 ハリエットさんは、楽しそうな目で頷いた。「面白い子だな」
「そんなことないです」ぼくはタバコの煙を吐いた。「アナちゃんは?」
「ホテルに戻ったみたいだ。アナも優秀だが、1年目だからな。今回はのんびりしてれば良いだろう」
 ぼくは頷いた。
 しばらくして、シェルナーさんが取調室から出てきた。「やあ、ソラ。お手柄だ。あの男の情報から何人か引っ張れそうだ」
「お疲れ様です。良かったです」
「きみの腕を見られて良かったよ」
 シェルナーさんは歩き出した。
 ぼくとハリエットさんは、シェルナーさんの左手に立ち、署内の通路を進んだ。階段を見つけたシェルナーさんは、上の階へと進んだので、ぼくとハリエットさんも彼女の後に続いた。
「目立つのが嫌いだと聞いているから、今回の協力は控えめに報告しておこうと思うんだが、どうかな」シェルナーさんは言った。
「それで頼みます。彼は何者だったんですか?」
「使われていただけの小悪党だ。ただ、頭を探ったところ、色々と使える情報も持っていた」
 ぼくは、シェルナーさんに指輪を手渡した。「男から奪った精神の魔素と、フラーさんの水の魔素で作りました。適当な形で処分していただけますか?」
 シェルナーさんは、大理石の指輪を持ち上げ、窓から差し込む陽の光に当てた。「綺麗なサファイアだな。フラーに返しておくよ。噂には聞いていたが、魔法族を人間にしてしまうとはね」シェルナーさんは、指輪をポケットに仕舞い、その灰色の瞳でぼくを見た。「種族のあり方の根本を変える力だ。一体どれほどの研鑽を積んだのか、きみの努力が目に浮かぶよ」
 ぼくたちは、警察署の屋上に出た。
 ぼくは、はじめてこの力を使ったときのことを思い出した。
 ぼくのことを、何回も殺した剣士の男。
 生命の魔法による治癒や身体強化だけでは勝てない相手だった。
 いつかはぼくの心が折れ、生命の魔法による抵抗も出来なくなり、殺されてしまいかねない状況。
 死を意識した瞬間だった。
「頑張ったんだな」シェルナーさんは言った。
 ぼくは、目頭がじんわりと熱くなり、胸が締め付けられる感覚に、むず痒さを感じながら、小さく笑った。「まあ、それなりに」
「扱いを誤れば、危険になり得る力だ」
 ぼくは、シェルナーさんの灰色の瞳を見据えた。
 シェルナーさんは、無感情な灰色の瞳で、ぼくを見ていた。「ゾーイも、きみのその力を看過している。きみの成長を見てきた彼女が認めているのなら、私もそうしよう」
「ゾーイの知り合いですか?」
「同僚だよ」
「あぁ」ぼくは、タバコの煙を吐いた。「彼女は元気ですか?」
「戦争の復興は終わったよ。今はあちらに教育を普及させているようだ」
 ぼくは、ゾーイさんのことを頭に思い浮かべた。
 学園の理事長である700歳の魔女。
 見た目はぴっちぴちの16歳って感じで物腰柔らかなゆるふわ系のお嬢様っていう感じの優しい女性だけれど、聡明で思慮深いが故に、読み切れないところがあって、たまに怖い人だった。
 ただの1人旅を楽しむつもりだった15歳のぼくが戦争に巻き込まれたのは、彼女の計画のうちだった。
 結果として、ぼくは戦争に貢献をして生き残れたわけだけれど、何度死ぬ目に遭ったかわからない。
「どんな教育ですか?」
「それは、自分の目で確かめてくると良い」
 ぼくは頷いた。
「私はこの後もやることがあるから一緒にはいられないが」シェルナーさんは、ポケットから財布を取り出した。彼女は、お札入れに入っている紙幣をすべて取り、その半分をぼくに、半分をハリエットさんに差し出してきた。「これで休暇を楽しむと良い」
「受け取れませんよ」
「受け取っておけ。今回の報酬だ。カフェのシフトも減らされているんだろう?」
「なんで知ってるんですか」
「インターンの事はすべて把握しているんだよ」
「こわ」
「保護するためさ」シェルナーさんは、紙幣を折りたたみ、ぼくの胸ポケットに押し込んだ。
 ぼくは、ポケットから紙幣の束を取り出し、200ユーロ紙幣を1枚だけ取って、残りをシェルナーさんに差し出した。「これだけで結構です。是非にと仰ってくださるのでしたら、インターポール経由で口座に振り込んでください」
「金が怖いのか?」
「お札が怖いです。小心者なので」
「そうか」シェルナーさんは、ぼくが差し出した紙幣の束を受け取ってくれた。彼女は、右手を振った。指の間に、一枚の名刺が現れた。彼女は、それをこちらに差し出してきた。「困ったことがあれば連絡してくれ」
 ぼくは、名刺を受け取った。ラミネートされたそれには、筆記体でシェルナーさんのフルネームと、住所、電話番号、メールアドレスが小さく書かれていた。
 自信のある人ほど、自己主張は控えめなものだ。
 その名刺は、シェルナーさんの人柄を表しているように思えた。
 ぼくは、名刺を受け取り、財布に仕舞った。「ありがとうございます」
 シェルナーさんは、ぼくに右手を差し出した。
 ぼくはシェルナーさんの右手を握った。
 ハリエットさんも、シェルナーさんと握手をした。
「それじゃあ、またどこかで」あっさりと言うシェルナーさんの身体が、白色のモヤになり、陽の光を受けて輝きながら、宙に溶けていった。
 ハリエットさんは、ぼくを見た。「戻ろうか」
 ぼくは頷いた。
 今日は朝から色々ありすぎた。
 ぼくたちは、屋根を渡ってホテルに向かった。
 地上では、大勢の観光客たちが、狭い通路に列を作っていた。
 10m進むだけでも一苦労といった様子だ。
 ホテルに戻ったぼくは、リビングのソファで眠るアナちゃんにデコピンをしてから、シャワーを浴びて、ベッドに入り、泥のように眠った。
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