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Angelique Fries

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6日目 無敵モード

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6日目


 先日の朝、アナちゃんが空に放った5つの光球は、監視カメラの役割を担っており、アナちゃんが作り出したサングラスには、それらの映像が映し出されている。
 わざわざ観光客の多いエリアのカフェに移動して光球を放ったのは、屋上から放ってしまったら、ぼくたちの居場所がバレてしまうからだった。
 ぼくたちは、引き続き、屋上から万引き犯探しを行っていた。
 この街のスーパーマーケットは、遅くても22時くらいには閉まってしまう。
 ひとまずは、それを区切りにして、ぼくたちは捜索を続けていた。
 スリや置き引き、暴行事件など、ついでで見つけた事件の数々をヨハンナさんに報告しつつ、ぼくたちは、コーヒーを飲んだり、デリバリーを食べたりしながら、時間を過ごしていた。
 そして、22時30分。
 ぼくたちは、本日の仕事を終えることとした。
「お疲れ様」ぼくは言った。
「暇だったね」アナちゃんは言った。彼女は、デリバリーのパッタイを頬張り、水で飲み下した。「明日からは、もう少し違うアプローチにしてみない?」
「例えば?」ぼくは、デリバリーのハンバーガーを口にした。
「ヨハンナが渡してくれた資料を参考に、その一帯を見てみたけれど、なにも起こらないし、犯人の姿も見えない。犯人は、もう目的を達成したのか、あるいは気まぐれで家に引きこもっているだけなのか」
「この街って、監視カメラも多いだろうに、足跡をたどることは出来ないのかな。時間はかかるだろうけど、そっちの方が確実だよ」
「もうやってるでしょうね。でも、考えてみてよ。ソラだったら、監視カメラの多い街で、監視カメラに写りたくないって思ったらどうする?」
「身体を蜃気楼にする」ぼくは、生命の魔力の他にも、色々な種類の魔力を扱うことが出来た。それは、生まれ持った力であったり、友人からもらったアクセサリーのおかげであったりと様々だ。その中のお気に入りの魔法が、蜃気楼の魔法と幽体化の魔法だ。蜃気楼の魔法は、自分の体を気体に変化させ、周囲の景色と同化させることが出来る。幽体化の魔法は、自分の身体を精神体に変えるもので、その様は、白いモヤのようであり、また、精神の魔法と万能の魔法、生命の魔法、神秘の魔法を扱う魔法族以外からは感知もされなくなる。
「そういうこと。多分、万引き犯もそうやってる」
 ぼくは頷いた。「どうやって探そうか」
 アナちゃんは、リクライニングチェアの上で伸びをした。「今日の昼ぐらいからずっと考えてたけど、まとまらない。クラブ行かない?」
「クラブ? 苦手なんだよ。14の頃に1回行ったんだけど、自分が向いてないっての思い知らされて涙目で帰った」
「可愛い」アナちゃんは、ぼくの顎に手を添えた。3歳も年下だけれど、見た目はセクシーなフランス人女性なので、傍から見たら、まるっきり大人のおねえさんと子どもみたいに成っているはずだ。「4年も経ったなら、少しは楽しめるんじゃない?」
 ぼくは、ぐっ、と息を飲んだ。そういえば、今日はまだ、リストの1つ、新しいことをやってみるを達成していなかった。でも、クラブって言ったって……。「飲むだけだよ? ダンスとか出来ないし」ちなみに、ぼくたち魔法族は、体の成長を終える12歳時点からの飲酒が認められていた。ぼくも、アナちゃんと同じ15歳の頃は、退屈な日々を蹴散らしたくてお酒に逃げていたものだ。
「良いじゃん」アナちゃんは、すくっと立ち上がり、くるりと回った。次の瞬間、彼女の服装は、フレンチギャルっぽくなっていた。太ももの付け根まであるショートパンツに、おへそが出るくらい短いTシャツ。
 ぼくは眉をひそめた。「お父さんが泣くよ?」
「泣かないわよ。これがフランスの伝統なんだから。15でクラブに行って、補導されて涙目になって家に帰る。パパンから心臓と胃袋が震えるくらい怒鳴られて、枕を抱いて眠る」
「それがこの国流の反抗期ってわけか」
 アナちゃんは微笑んだ。「冗談よ。わたしが馬鹿な間違いをしないってことは、親も先生たちもわかってる。だからこそインターンになれたんだから。それに今はソラもいるしね」
 ぼくは、唇を尖らせて、考える素振りを見せた。「どうしよっかな」
「来なくても良いよ? わたしは行く」アナちゃんは、右の手の平を軽く振った。彼女の人差し指と中指の間にカードが出てきた。「それに今日はカードも使ってないし。どうせ2時間後にはまた300ユーロがチャージされてるんだから、使わないと損でしょ」
「印象悪いよ。経費をクラブで使ってたなんて知られたら」
「あら、日本人は真面目ね。フランス校のインターンはみんなやってるよ。1度や2度じゃない」
 ぼくは小さく笑った。「とんでもない国に来ちゃったな」ぼくは、リクライニングチェアから立ち上がり、手の平に、黒のロングコートを生み出した。「1時には帰るよ?」
「了解ですセンパイっ」アナちゃんは、ぼくの左腕に腕を絡めて、しなだれかかってきた。
 ぼくは、熱くなった顔で、アナちゃんの言葉を、胸の中で反芻した。センパイ、センパイか……。「アナちゃんって、なんて言うかさ……」
「なに?」
「あざといよね」ぼくは、呟くようにして言った。
 アナちゃんは、ぼくの頭に自分の頭を擦り付けてきた。「ソラってなんか可愛いね」
「なんかじゃないんだよ。可愛いんだよ」ぼくは、アナちゃんのおでこにデコピンをした。





23時1分


 ぼくたちがやってきたのは、クラブが多いことで有名なエリアだった。
 真夜中にはスーパーマーケットもファストフード店もレストランも閉まってしまう、そんなこの街の中で、この一帯はさながら、人生という大海原を彷徨う自分探しの旅人たちの道標となる灯台のようだった。
 もっとも、この灯台は、中に入ったが最後、お酒を飲んで楽しくなっちゃって色々どうでも良くなってぐーすか眠っちゃって更に人生に迷うことになる、魔の灯台だけれど。
 そんな魔の灯台にたどりついたぼくとアナちゃん。
 どうせ憂さ晴らしが出来るだけでなんにもならない時間を過ごすことになるんだろうなと思いながら、ぼくは、お約束のように、入口で止められた。
「失礼ですが、未成年の方はーー」入口に立つアフリカ系の男性は、アナちゃんが差し出した右手の中にある、折りたたまれた50ユーロ紙幣を見逃さなかったようで、にこやかな笑顔でアナちゃんと握手を交わすと、横にどいてくれた。「どうぞお楽しみください」
「慣れてるね」ぼくは、屈辱を噛み殺しながら言った。
「13の頃から入ってるからね」
「そんな年から男漁ってんの?」
 アナちゃんはぼくにデコピンした。「言ってなかったけど、わたし、プラマイ3歳以上離れた男と付き合ったことはないの」
「13の頃に10歳の男の子と付き合ってた?」ぼくはにやりと笑った。
 アナちゃんは、眉をひそめながら口元を笑わせた。「ソラのジョークってたまにわかりにくいよね。まあ、年下の男の子からかうのは楽しいけど」
 ぼくとアナちゃんは、爆音のBGMが轟く店内を、ダンスを楽しむ人たちの間を縫って進み、カウンターに向かい、お酒を注文した。
 アナちゃんはモヒート、ぼくはフランスのビール。
「かんぱーい」
「かんぱーいっ」
 1杯目を一息で飲み干したぼくたちは、カウンターの向こうの店員さんに10ユーロを渡して、お酒を注文した。
 ぼくはパイントのビール、アナちゃんはスクリュードライバー。
 ぼくたちは、それも一息で飲み干した。
「お酒強いの?」と、アナちゃん。
 ぼくはほくそ笑んだ。「お嬢ちゃんは?」ぼくは、少しだけ煽るような口調で言った。お酒の強さには自信があるのだ。小さいことだけど、人生経験の差は見せられるところで見せておきたい。そうでなくとも、アナちゃんは少しぼくをいじりすぎてる。美人で巨乳な良い子の後輩にいじられるのは悪くないけど、やられっぱなしは、ぼくのプライドが許さない。小さいとは思うけど。
「おー?」アナちゃんは、楽しそうに目を細めた。ぼくの挑戦を受け取ったらしい。
 ぼくは、店員さんに50ユーロ紙幣を渡した。「2リットルのグラス頂戴。2つね」
「1杯36ユーロだ。これじゃ足りないよ」
「おだまり」ぼくは50ユーロ紙幣を店員さんに渡した。「釣りはいらないよ」ふっ、と、ぼくは余裕たっぷりの微笑を店員さんに向けた。
 店員さんは、なんだこのガキ、とでも言いたげな目でぼくを見て、やれやれと首を横に振った。
 ちなみに、普段は人目を避けて街を歩いたり、美人で巨乳なダウナー系の後輩に好き勝手やられてるぼくだけれど、お酒が入ったときは一味違う。
「良いかいアナちゃん。ぼくはすでに2杯、ビールを飲んでる。この意味がわかるかな?」
「限界?」
「おだまり」無敵なのだ。そう、お酒が入ったぼくは無敵モードに突入するのだ。
 ぼくは、ぼくとアナちゃんの前に置かれた巨人の履くブーツのようなグラスを手にして、アナちゃんを見た。
 アナちゃんは、失笑を漏らした。呆れているようだ。「誘うんじゃなかったかな?」
「今さらそれはないじゃんよー。いくよー」ぼくは、でかいビールのグラスを持ち上げ、ゴクゴクとビールを飲み干した。
 周りから、ちらほらと歓声が上がった。
 ぼくは、横目でアナちゃんを見た。
 逃げ場をなくした感じのアナちゃんは、「しょーがないな……」と呟くと、グラスを持ち上げ、やけくそ気味な感じでごくごくとビールを飲み始めた。
 こうして、ぼくたちの夜は始まったのだった。


23時49分


 ぼくたちの前に、空の巨人の靴が6つ並んだ頃、アナちゃんはカウンターに突っ伏して、ひらひらと手を降った。「降参」
「……ふっ」ぼくは、勝利の余韻に浸りながら、ナッツを口に放り込んだ。「情けないねアナちゃん。もう限界が来ちゃったのかい?」
「だっておんなじ酒ばっかなんだもん。あたし色んなの飲みたいのにさ」
「まだまだだね」
 アナちゃんは、ぼくを見た。「お酒が好きなの?」アナちゃんは、細長い指でナッツをつまむと、口に放り込んだ。
 ぼくは頷いた。「15歳の頃かな。まだ1人旅をする前なんだけどね。ずっとお酒飲んでた」
「なんで?」
「世界が狭くてさ。ずっと世界中を旅したいと思ってたのに、どこにもいけない。ただの子どもだから。ストレスが溜まってて、でも、人に迷惑かけるわけにもいかないし、じゃあどうしようってなったら、自然とお酒飲んでた。ほわ~ってして、どうでも良いこと気になんなくなるから」
 アナちゃんは頷いた。「わたし等はついてるよね。賢くて早熟で、こんなことしちゃってるけど、一応分別もあるし、インターンだってやらせてもらってる」アナちゃんは、ヘロヘロな様子で、店員さんにお水を注文した。「あれ、わたし15だよ? インターンやってるけど、ソラはやってなかったの? インターンやってたら、世界中行けるでしょ」
 ぼくは、小さく笑った。「バカでさ、目立つのが恥ずかしいからって、わざとテストで悪い点採ったりしてたんだ」
「バーカ」
「そうなんだよ。自分がどれほど出来るかは自分だけが知っていれば良いとか思ってた。でも、旅の間に実際に力を試す場面がいくつも出てきてさ。結局自分でも、その時になるまでどんなことをどれほど出来るかなんてわかってなかったんだ」
 アナちゃんは、店員さんからグラスを受け取り、水を飲み干した。「今は本気で生きてんの?」
「いつもそうとは言えないかな」
「なんで?」
「やっぱり、遠慮しちゃうから」
「バカみたい。なに遠慮してんの? 全力で生きてるって言える生き方してるから言わしてもらうけど、わたしやソラに遠慮されなくちゃいけないほど、世界は弱くないし、ソラに遠慮されなくちゃいけないほどわたしは弱くないよ。わたしらよりも賢い人なんてたくさんいるんだから」
 ぼくは、15歳の頃のことを思い出して、頷いた。ただの旅を楽しむだけのつもりが、知らないうちに戦争に巻き込まれて、そして、色んな人たちとともに、戦争を起こした人たちと戦い、戦争を止めた。「わかってるよ」
「じゃあ、明日っから遠慮はなしね。わたしに対しては」アナちゃんは、琥珀色の瞳でぼくを見据えた。なんだか、リラックスしているけど、少しだけ潤んでいて、熱を持っていて、少しだけ泣きそうな、真剣な目だった。「わかった?」
 ぼくは頷いた。「頑張る」
 アナちゃんは、ぼくの肩をぽんぽんと叩いた。「おう。トイレ行ってくる」アナちゃんは、フラフラとした足取りで、トイレへ向かった。
「うっす」ぼくは、かすれた声で返事した。「あ、そうだ、アナちゃん」
 アナちゃんは、ゆらりとこちらを振り返った。今気がついたけれど、アナちゃんは姿勢が良くて、挙動の一つ一つがバレリーナみたいで、綺麗だった。「なに?」
「可愛いね」
「うぇっへっへ~」アナちゃんは、にんまりとした笑顔で、身体をぐにゃりと揺らし、両手の指を鳴らして、人差し指をぼくに向けた。「知ってる~」
 ぼくは笑った。
 アナちゃんは、笑いながら身を翻し、トイレへ向かった。
 ぼくは、店員さんを呼んだ。
「お嬢ちゃん、飲み過ぎだぜ」店員さんは呆れたような顔で言った。
「違うよ。お水ちょーだい」
「あいよ。氷は?」
「いらない」
 店員さんは、ぼくの前にグラスを置きながら、トイレを見た。「あの子」
「うん?」
「可愛いな」
「そうだろ。ぼくの嫁なんだよ」
 店員さんは、疑うようでいて、どこか楽しそうな眼差しを向けてきた。「冗談だろ?」
「ぼくの大ファンでさ。押しが強いんだよ。一緒にクラブ行こうって。しょうがないから来てやったってわけ」やれやれだぜ、という感じで、ぼくは肩を竦めた。
 店員さんは笑った。「お嬢ちゃんは押しに弱いのか」
「かもしんない」ぼくの身体がぐらりと揺れた。後ろを振り返れば、ダンスをしている人たちで溢れていた。誰かにぶつかられてしまったようだ。後ろから迫る気配に気が付かないなんて、やっぱり、最近のぼくは気がたるんでいるのかもしれない。「良い場所だね」
「ああ、でも気をつけろよ。たまにトイレで楽しんでる奴らもいる」
 ぼくは首を傾げた。「楽しむって? あ、言わなくて良い。そういうことね」疑問を投げかけた次の瞬間に答えにたどり着いたぼくは、あまり好きではない話題への移行を遮った。
「フランス語上手だな。住んでるのか?」
 ぼくは頷いた。「でも、もう来ないかも」
「そう言うなよ」
「賑やかなのは好きなんだけど、たまに来るくらいがちょうど良いんだ」
「あるよなそういうの、わかる」
 ぼくは頷いた。ちらりとトイレを見るが、アナちゃんはまだ中にこもっているようだ。「え、たまにって言ったけど、どんくらいの頻度で現れんの? そういう連中」
「そういう?」
 ぼくは、言わせんなというメッセージを込めた眼差しを向け、頷いた。
「あぁ、そういうことね。1時間に1回くらいかな」
「それはやばい」ぼくは、お水を飲んで、トイレへ向かった。ぼくは眉をひそめた。個室のドアが、すべて開いていた。爆音のBGMもトイレの中までは届くこともなく、静かだった。ぼくは、トイレの入口以外に、出入り口となりえそうな場所を探して、小窓を見た。鍵がかかっている。鍵にはクモの巣が張っていた。少なくとも、この30分の間に小窓が開いた様子はない。男性用のトイレに入ってしまったのだろうか。
 嫌だなぁ、そこまでは見たくない。いやいや、アナちゃんは間違いなく、女性用のトイレに入っていった。ということは、どういうことだろう。
 アナちゃんは、万能の魔法を扱うことが出来る。身体を幽体化させれば、狭い隙間から外に抜け出すことも、壁を通り抜けることも出来る。だとしたら、トイレの中に、アナちゃんの身に宿る魔素の残穢が残っているはずだ。
 ぼくは、深呼吸をして、意識を研ぎ澄ませた。トイレで深呼吸なんかしたくないけれど、しょうがない。
 周囲に漂う魔力や魔素に意識を傾ける。魔法族の身に宿る魔素には、それぞれ個性がある。指紋のようなものだ。そして、生命の魔素を身に宿すぼくは、その手の個性に敏感だった。だからこそわかる。このトイレの中で、アナちゃんは魔法を使っていない。ぼくは、この数日の間で、アナちゃんが言っていたことを思い出した。自分は、魔法を使えば簡単に出来ることを魔法を使わずに行うことが好きだと言っていたし、昨日はカフェで、女の子に自分はマジシャンだと言っていた。
 ぼくは、ほくそ笑んだ。
 わかった。からかわれてるんだな。
 ぼくは、手を洗い、口をすすいで、顔を洗って鏡を見た。
 大丈夫、今日もぼくは可愛い。メイク無しでこれだぜ? 最強じゃん。
 ぼくは、トイレを出て、カウンターへ視線を向けた。
 そして、首を傾げた。
 やっぱり、アナちゃんはいない。
 帰ってしまったのだろうか。
 ダル絡みしすぎたかな……、凹む。
 セルフで躁うつ病になったぼくは、もう1杯飲んでから帰ることにした。「マスター、ビールもう1杯。ハーフで。今日はこれで帰るね」ぼくは、先程の店員さんに5ユーロ紙幣を渡して、椅子に座った。
「そうしな」店員さんは、ぼくの前に小さなビールのグラスと、お水と氷の入った大きめのグラスを置いた。
 ぼくは、ビールを啜りながら、背の高い椅子の上で足をプラプラさせた。
 やだなー、帰ったら気まずいじゃん……、ルームシェアしてるんだよ……?
 そんなことを思いながら、ぼくはビールを啜り、ナッツをちびちびと噛んだ。
 周囲の楽しげな笑い声が、妙に耳障りで、ぼくはなんだか、世界から取り残されたような気分で、本日最後の1杯をちびちびと飲んでいた。
 そうして、ビールのグラスが空になって、水のグラスも空になって、やだなぁー帰りたくないなーと思いながら、氷をガリガリとかじっていたときのこと。
「……あれ?」
 ぼくのデニムのポケットが、突然震え始めた。
 ぼっちのぼくに電話をかけてくる友達はいない。
 友達はみんな、それぞれ忙しくも、楽しくて充実した時間を過ごしている。
 こんなところでお酒を飲んでダラダラ過ごしているのは、ぼくだけだ。
 ぼくは、ポケットに手を入れ、その感触に眉をひそめた。
 ぼくのスマホじゃない……。
 脳裏に浮かぶのは、先程カウンターで飲んでいたときに、後ろからぶつかってこられたときのこと。
 ここに来て2時間ほど。
 ダンスを楽しむ人たちで溢れているのに、誰かにぶつかってこられたのは、あれがはじめてだ。
 ぼくは、深呼吸をして、ポケットからスマホを取り出した。
 見慣れないスマホ。
 ぼくは、もう一度深呼吸をして、電話に出た。
 聞こえてきたのは、知らない女性の声だった。


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