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5日目 ゆったりのんびり
しおりを挟む9時3分
ぼくとアナちゃんは、観光客で溢れているエリアのカフェのテラス席にいた。
ぼくは、黒のワンピースドレスに、白のジャケット、黒のスニーカーを履いていた。
アナちゃんは、白のTシャツに濃紺のデニムという格好をしていた。
ワンピースドレスを着たのは、半年ぶりだった。
その時も、インターポールの仕事を手伝い、捜査に協力をしていた。
捜査協力の際は、いつも、ぼくが着ない服を着ることにしている。
スカートとかワンピースとか。
スイッチを切り替えるためだし、こういう服を着ておけば、捜査中に関わった人の記憶には、まったくぼくらしくないぼくだけが残る。
「可愛いね」
パシャ、という音にそちらを見れば、アナちゃんがiPhoneのシャッターを切っていた。
ぼくを画角に収めながら自撮りしている。
「おいやめろ」
「なんで、可愛いじゃん。レアだし。いっつもTシャツとパンツじゃん。休日のおっさんかっての」アナちゃんは、ピースをしていた。
こいつ……。
人の羞恥心を煽って楽しんでやがる。
ふざけやがって。
「楽しもうよ。こういうのも大事だって」
「やなの」
「ソラちゃん可愛いよソラちゃんはぁはぁ」アナちゃんは、無表情ながらもふざけたような口調で言った。
ぼくの口から失笑が漏れた。「後で覚えてろよ」
アナちゃんはニヤリとした。「楽しみにしてる」
「たくっ」ぼくは、周囲に意識を傾けた。生命の魔法を扱うぼくは、周囲の生命力や魔素を感知することに長けている。魔素は、この世の万物に宿り、魔法族や人間の肉体にも宿っている。周囲には、大勢の魔法族がいた。ぼくは、周囲を観察した。誰もこちらに意識を向けていない。ぼくは頷いた。「アナちゃん」
「うん」アナちゃんは、手の平を広げた。5本の指先から、テニスボールサイズの琥珀色の光の球が生み出された。5つの琥珀色の光球は、指先を離れると、薄暗い冬の空へ浮かんでいった。
視線を感じてそちらを見れば、隣の席に座る金髪の小さな女の子がアナちゃんを見ていた。
女の子のお母さんは、同席の女性との話に夢中で、こちらに気がついていなかった。
アナちゃんは、ぼくの視線の先を追うと、小さく微笑んで、鼻先で人差し指を立てた。
小さな女の子は、こくりと頷くと、自分の小さな手の平を広げて、指先を見て、首を傾げた。
アナちゃんは、女の子に見せつけるようにして、手の平を広げ、手の平に模造の花を生み出し、それをプレゼントした。「おねえちゃんマジシャンなの」
「すごーい」女の子は、歯の抜けた笑顔を見せてくれた。
「宝物にしてね」
「うんっ」
ぼくは小さく笑って、席を立った。
アナちゃんは、小さな女の子のおでこにキスをして、席を立った。
一仕事を終えたぼくたちは、アパルトマンへ戻った。
10時2分
ぼくたちは、アパルトマンの屋上にいた。
ようやく明るくなった空の下、ぼくとアナちゃんは、焚き火にあたっていた。
アナちゃんは、リクライニングチェアに横たわり、サングラスをかけていた。
「見つけた?」
アナちゃんは首を横に振った。
ぼくは、アナちゃんにサンドウィッチを渡した。
「ありがと、具材は?」
「当ててごらん」
「あー……」アナちゃんは、サンドウィッチを頬張り、口をもぐもぐした。「粗挽き黒こしょう、岩塩、ピクルス、チキンハム、マスタード、オリーブオイル、レタス」
「あと1つ」
「バジル」
「正解」
「ソラのサンドウィッチ好き」アナちゃんは、手の平にサングラスを生み出すと、それをぼくに差し出した。
ぼくは、サングラスを受け取り、サンドウィッチをかじって、アナちゃんの隣のリクライニングチェアに横たわった。
ぼくは、サングラスを掛けた。
レンズに浮かぶのは、5つの映像。
上に2つ、下に3つ、望遠鏡のレンズのような形で映像が並んでいる。
いずれもこの街の上空からのもので、大勢の人々の顔のほくろまで見ることが出来た。
音は聴こえてこないけれど、十分だ。
「これで見つけられるかな」
「気長に待と」アナちゃんはサンドウィッチをかじった。「わたしは下の3つ、ソラは上の2つをお願い」
ぼくたち魔法族はマルチタスクが得意なので、脳内で別々のことを同時に考えたり、複数の映像を観察することが出来る。
「コーヒー欲しい」
「あいよ、お嬢様」ぼくは、映像を見て、万引き犯の男を探しながら、アナちゃんにコーヒーカップを渡した。
「あんがと」
「最近どう?」
「ルームメイトの心が読めなくて困ってる」
ぼくは笑った。
ぼくとアナちゃんは、結局屋上をシェアすることになった。アナちゃんの荷物は、箱のようなワンルームに押し込んでいる。洗濯物は、屋上に張り巡らせたロープにかけてある。「そんな難しいやつじゃないでしょ」
アナちゃんは笑った。「まあね。そっちは?」
「ルームメイトが下着を置きっぱなしにするから困ってる」
「フランスの女なんてそんなもんよ」
「フランスの女に謝れ」
アナちゃんは笑った。「わたしのやつ履いてみる?」
「おえ」
「ソラも1枚くらい持っといたら? 可愛いヤツ」
「いらん」
「男物ばっかじゃん。知らないやつがここ来たら、彼氏の履いてるって思われるよ」
「それなんだよ。男物の下着干しといたら防犯にもつながるし、ちょうど良いの。女の一人暮らしは色々大変なの」
「心は男でしょ?」
「そうだけど、見た目が世界一可愛いからさ、しょうがないんだよ」
「しょうがないね。男物ってどうなの? 楽だって聞いたけど」
「楽だよ。風通し良いし」
「わたしも履いてみよっかな。トランクス」
「ぼくのはダメだよ。パンツのシェアはしない主義なの」
「ケチ」
「なんなの」
「良いじゃん、英雄のパンツ履いてみたい」
ぼくの口から笑い声が飛び出した。「そうやって呼ぶのやめて」
「なんだかんだで嬉しいくせに。照れくさいだけでしょ?」
「教えてあげない」ぼくは、屋上の隅を見た。小屋から、2匹の鶏が顔をのぞかせた。「そういえば、あの子達」
「うん。カミーユとコキーユね」
「なんなの?」どっちがカミーユで、どっちがコキーユかは、もうわかっている。2匹は、ここに来たときに挨拶してくれたからだ。カミーユはおしとやかな喋り方をる一方で、コキーユはどもった喋り方をする。ぼくは2匹に、落ちた洗濯物に糞をしないことと決められた場所で糞をすることについての重要性を説いたのだった。
「可愛いでしょ。毎日卵生んでくれるし」
「まあね。コキーユは男が欲しいみたい」
「話したの?」
「うん」
「男か……、コキーユももうそんな年か」アナちゃんは、難しそうな顔をする一方で、ほくそ笑んだ。「まあ、増えれば卵も増えるし良いかな」
「名前はどうすんの?」
「ロティとかどうかな」
ぼくは笑った。アナちゃんの言葉で、ローストした肉料理を指す言葉だ。「コキーユなんだけどさ。名前変えて欲しいって」
「なんで」
「貝殻の皿に載せられそうな気がして怖いんだってさ」
アナちゃんは、サングラスを外して、屋上の隅の鶏小屋を見た。
とうもろこしの粒を食べていた2羽は、アナちゃんを見た。
そそくさと小屋の中に入っていったのがコキーユだ。
「考えとく」
ぼくは肩を竦めて、後でコキーユを撫でてやろうと思った。
コキーユは、飼い主に対して、色々と不満を抱えているようだった。
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