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第一章

<九> 山荘の食卓

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いざ、山荘へと向かう。

川上さんの車につづいて山道を進み、山荘に到着したときには外はすでに真っ暗になっていた。

川上さんは、駐車場のスタッフの人たちと話し込んでいる。

「川上さん、先に行っとくで」
「はーい、そこの下り坂を進んで右側やで。山荘に入ったら受付でお金はろうてね」

と、川上さんが教えてくれた。
明かりがついた建物から、声がれ聞こえてきた。

ガラガラと扉を開けると、玄関は土間になっていた。そこで靴をぬいで上がると、正面に花がけてあるのが目に止まった。
白とピンクの2色の桜の花と、その後ろには春の野草やそうが勢いよく左右に手を広げるように生けられている。

「きれいな花やな……」

春の野花に出迎えられて、その横の受付へ向かう。
ところが、その受付には誰もいない。

「えっ? ここにお金を置いたらいいんやろか?」

そこには金額を書いた紙と、その前に無防備むぼうびにお金が置かれていた。
ぼくもその上にお金を置いた。

「山荘泊と夕食と朝食とお昼のお弁当込みでなんと千五百円! やすっ!」

いや、安さの驚きよりも、そこにお金が積み重なって置かれていることが驚きだった。
こんな受付は見たことがない。

「さすが、善意で成り立つ組織やな……」

入塾するのにも田畑を借りるのにもお金はいらないのは驚きだったけど、ここでもさらに驚かされた。確かに、この山荘まで来てお金を取る人はいないんだろうけど……。


――――受付を済ませて、すぐ左手の畳の広間へと進む。
テーブルと座布団が並べられ、すでに座っている人も何人かいた。

広間を見渡すと、とこの間にも桜の花が生けられているのが見えた。

「玄関の桜もきれいやったけど、床の間の桜もきれいやな」

玄関とはまた違う桜の種類のようで、こちらはすでに葉っぱもえておもむきが違った。
桜の花に見とれていると、ある方が声をかけてくれた。

「桜きれいやね。隣の部屋にも花が生けてあるよ」

そう教えてくれたのは、かみの田のお世話役のショウさんだった。
ショウさんもお花に見とれていて感慨深そうにしていた。

「ショウさん、こちらの花も良いですね。青もみじと桜ですね」
「そうだね、良いよねぇ。こっちは椿つばきの花やね。春を感じられて良いね」

花が咲き誇る春が、山荘を彩っていた。


あれ、そういえば、カッちゃんが見当たらない。

「カッちゃんは山荘でやりたいことがあると言ってたな、でもどこにいるんやろ?」

廊下をぐるっと回ってみたけれど見当たらない。

とそのとき、隣の部屋からカッちゃんの声がした。
そこは台所のようだ。

真野まやさん、もうご飯ついでってええですか?」

「あ、カッちゃん。ここにいたんや。山荘でやりたいことあるって言ってたのはこのことやったんや!」
「そやで、盛り付けとか手伝っとるんさ」

すごいなカッちゃん。温泉に行かずに山荘で夕飯の支度したくを手伝っていたなんて。

「ところで今話してた真野さんってのはどの人?」
「あそこで今スープの味見をしとる、お母さん役の人やで」

「えっ? お母さん役って!?」
「お母さん役ってのは、お台所の中心になって料理を作っていく人のことや。お母さん役の人は毎月変わるんやで」

と、カッちゃんが教えてくれた。
へぇ、お母さん役って面白い名前だな。

そう思いながら、台所をのぞいてみると、お母さん役と呼ばれる真野さんを中心に、みんながテキパキと手を動かしているのが見えた。それでいてみんな楽しそうだった。

「カッちゃん、ぼくも何か手伝おっか?」
「うーちゃん、ありがと。でもこっちはもうすぐ終わるし、先に席見つけて座っといてええで」

カッちゃんがやさしく言ってくれたので、ぼくは席に座ることにした。
川上さんを見つけて、同じテーブルに座った。


――――テーブルではすでに、話に花が咲いている。

「みなさん今年は何の米植えるんっすか? ぼくは、赤米あかまい黒米くろまい緑米みどりまいと、あとはタイのかおまいも植えよかなと思てます」

周りの人も、どんなお米を植えようとしているか答えていた。
色んなお米の種類があるみたいだけど、ぼくにはさっぱりわからない。

「赤目自然農塾では何のお米を植えるんだろうか……?」

と考えていたら、塾生の方が食卓にビールと日本酒を運んできてくれた。

「おお、お酒が飲めるんだ!」

ちょっとびっくりした。

「今日の日本酒は奈良のお酒、『春鹿はるしか』やで。よかったらどうっすか?」

川上さんにすすめられてぼくはお酒をいただくことにした。
みんなお互いにお酒やお茶をつぎあった。

とそこへ、ある女性の方が来られた。
空いている席を探しているようだ。

千恵子ちえこさん、ここ空いてますわ。どうぞ」

彼女は川上さんが指し示した席に座られた。

「あ、もしかして……」

見覚えのある女性の方だった。その方もぼくのことを見て思い出したようだ。

「お久しぶりです。よく山荘まで来てくれましたね!」

そう、ぼくが初めて赤目自然農塾に見学に来たときに出会い、畑を見せてくださった方だ。そうか、千恵子さんというお名前なんだ。

「千恵子さん、またお会いできて嬉しいです。宜しくお願いします!」

思えば、千恵子さんの導きがあって、赤目自然農塾の冒険が始まったんだった……。
そんな感慨に浸っていたら、司会のアナウンスが始まった。

「今日も皆さまお疲れさまでした。桜の花がきれいでウキウキしますね。それでは今日の乾杯は、しばらくお休みされていたこの方にお願いします」

「しばらくお休みされてた方って誰だろう?」

と、そこに立ち上がったのは、なんと、川上さんだった。
川上さんはみんなの前に出て話し始めた。

「みなさんお久しぶりです。自然写真家の川上です。普段は鹿を中心に生き物や風景の写真を撮ってます。一年ほど前に、田んぼのあぜを歩いてたらぬかるみがあって、そこを避けたと思たら、なんと別のぬかるみに、はまってこけてしもたんです。それで、脛骨けいこつ腓骨ひこつを骨折してしもて……」

「へぇ、今日は川上さんは久しぶりの参加だったなんて知らなかった。そして骨折してたなんて大変だったんだな……」

川上さんはつづいて、床の間の桜を見ながら話をつづけた。

「ところで、桜には稲作と重要な関係があるんやけど知ってます?」

桜と稲作の関係って……?

「桜の語源は、『さ』が田んぼの神様、『くら』が神様が降りてくる場所を意味すると言われてまして。昔から桜の開花が田んぼの準備を始める合図あいずになっとったんですよ」

「さすが川上さんは物知りだな。桜が田んぼの神様が降りてくる場所だったなんて」

「そんな桜が咲く季節にみんなとお酒を飲めるなんて最高っすね。乾杯!!」

「かんぱ~い!」

みんなで高らかに声をあげた。

「うん、日本酒がうまい」

今日一日頑張ったあとの日本酒は最高だ。


待ちに待った夕食の時間が始まった。

<今日の献立>
・春の和風スープ
・のかんぞう白和しらあ
・黒米と黒豆のごはん

まずはご飯からいただく。うん、風味が良く美味しい。
黒米と黒豆が入っているご飯なんて初めてだ。

「川上さん、この黒米ってさっき話してたお米?」

「そやで。黒米や赤米を、ご飯にちょっと混ぜるだけで一気においしくなるで。大体、一合に対してスプーン一杯くらいでええかな」

へぇ、そんなご飯の炊き方があるんだ。
黒米に黒豆、なんて美味しいご飯なんだろう……。

そして次に「のかん草の白和え」をいただいた。
のかん草ってなんだろう、と思っていたら、千恵子さんが説明してくれた。

「のかん草は春の山菜ですよ。赤目自然農塾に生えてていっぱい採れるんですよ」

ほんのり甘い味で美味しかった。
そしてスープもえび芋やキノコが入ったあっさりしたスープで味わい深かった。

食卓はそのあとも、川上さんが骨折したときの話や、明日の苗床作りの話などで盛り上がった……。

こうして、色んな方と出会い、談笑しながら、山荘のにぎやかな夜が更けていった。
そしてこのあと、言葉を通しての学びが始まる……。


□次話公開予定…10/1(火)
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