胡蝶は揺りかごの中で眠る

玲瓏

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4 sideアレクシス

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 ここカスバート公爵家は王家に連なる由緒ある家系であり、ランクの高い‪α‬が当主として勤めてきた。そしてその当主の番は必ずΩでなければならない。
 ‪男性‪α‬と女性‪α‬でも、男性‪α‬と女性βでも子は出来る。しかしそれではランクの高い‪α‬は出来にくいのだ。ランクの高い‪α‬を産むにはΩが一番効率が良い。その為、基本的に国内の貴族に生まれたΩは王家や公爵家など、高位の者たちの番となる事がほとんどであった。
 カスバート公爵家現当主の番もΩであり、侯爵家の長女である。そうして二人が最初に産んだのが‪、アレクシスだ。カスバート公爵であるベルンハルトと、その番であるイレーネは政略結婚である。しかし、貴族には珍しくお互いに愛し合っていた。それは子供の自分からみてもはっきりと分かることであり、またその二人の子である自分も十分に愛されている。公爵という地位には珍しい、家族仲の良い家庭だ。
 それが揺らぎそうになったのは、アレクシスが十歳になる年の事だった。

◇◆◇

 貴族や平民を問わず、人は誰しも生後半年程で神殿へ連れられる。そこでまず判明するのは、魔力保有量と属性である。魔力保有量はある程度は鍛錬などで増加はするが、属性は先天性のものでありそれが変わることは無いらしい。
 アレクシスも例に漏れず生後半年で神殿へ連れられ、魔力保有量と属性を判定してもらったらしい。そこで判明したのは魔力保有量はAランクであり、属性は水と風だった。魔力保有量のランクはSからCでランク分けされ、属性は基本一つのみであり、多くとも三つまでしか扱えない。その為、Aランクの二属性であるアレクシスは優秀であると言えるだろう。
 アレクシスが今現在使えている属性は水と風のみのため、先天性で変わることがないというのは正しいのかもしれない。まだ成長しきっていないため、今後もそれが正しいかどうかは実験していくしかないだろうが。それに魔力保有量に関してもAランクであるなら、今後増えると考えてSランクになる可能性も有り得る。公爵家を継ぐ者として、妥協は今後一切許されないだろう。
 そしてもうひとつ、アレクシスにとって大事な事が残っていた。それが十歳の誕生日を迎えると第二次性徴として判明する、もうひとつの性別であるバース性だ。判定などしなくとも‪α‬であろう事は分かっていたが、ランクは実際に判定してもらわなければ分からない。こちらは魔力保有量よりもランク分けが少し細かくなっており、SSSからFで分けられるようだ。
 その為誕生日を迎えて数日後の本日、アレクシスは父と共に神殿へと訪れていた。相変わらず真っ白で荘厳な神殿に赴けば、神官たちが恭しく礼をしてくる。その中の神官の一人に声を掛けられ、神官長の元へと連れていかれた。

「お待ちしておりました。ベルンハルト・カスバート様、並びにアレクシス・カスバート様」
「早速で悪いが、始めてもらえるか。イレーネの体調があまり良くないようでな」
「そうでしたか。では少し特別な方法でさせて頂いても?」
「すぐ終わるのなら何でもいい。アレクシスも、それでいいな?」
「はい」

 その返事を聞いて、神官長やその周りにいた補佐だろう神官たちが、慌ただしく動き始める。
 父の言う通り、最近母は特に体調が優れない様子だった。妊娠しているからではあるのだろうが、それにしてはあまりにも体調の変化が激しいのだ。本来なら赤子に分け与える魔力はそう多くは無い。けれど此度の妊娠は相当な量の魔力が子へと流れているようで、常に父や医師が母へと魔力譲渡を行わなければならない程だった。
 医師も神官も原因不明の魔力減少だとしか言わない為、今現在まで他者からの魔力譲渡以外の治療は行われていない。それで本当に母子が大丈夫かは分からないが、母は何としてもこの子は産みたいのだと言う。普段は穏やかな母であるが、その時ばかりは誰よりも意志が強く、‪α‬の威圧すらものともしなかったのだ。
 父や自分からすれば、大切な母を亡くしたくはない想いの方が強い。それなのに母は、自分が死んでも子は生かせと言う。それがどれだけ自分たちを傷付けているかわかった上で、母はその意志を曲げることはしなかった。
 それ以降、少しだけ家族の中に不穏な空気が漂っている。表面上は父も自分も母の中にいる子を心配するような素振りを見せてはいたが、内心では弱っていく母の方ばかりを心配しているのだ。

「お待たせ致しました。準備が整いましたので、此方へどうぞ」

 そう言って神官長に案内されたのは、魔法陣が真ん中に大きく描かれた広い部屋だった。魔法陣の奥には台座があり、一枚の紙が置かれている。
 案内されるままに陣の中心へと歩み寄ると、神官長は服の裾から何かを取りだした。

「此方のナイフで指先を切り、一滴で良いので陣へと垂らして下さい」

 受け取ったナイフは鋭く光っており、よく切れそうである。神官長が陣から出ていったのを確認してからナイフを左手の親指へとあてがった。少しだけずらすとぷつりと皮膚が裂ける感覚がして、直ぐに鮮血がぷくりと浮き上がる。真っ赤な血をそのまま下へ向けて一滴陣へと垂らすと、それを吸い込んだ地面が淡く光り出した。
 数秒して収まったその光は、代わりに奥の台座にある紙を照らし出す。

「お疲れ様です。あちらの紙をお取りになって、内容をご確認ください」
「あぁ」

 ナイフを神官長へと返却し、台座へと歩いていく。一枚の紙には名前や男女の性、年齢等の個人情報の他にバース性とランクが記載されていた。バース性は‪α案の定あるで、ランクはS。公爵家次期当主として問題無いだろうことに、少し安堵した自分がいた。

「本来であればこのように血を使うことはしないのですが、公爵様からもお許しを頂けましたので。治癒をしますから、少しだけお手に触れますね」

 台座の紙を手に取ると、近付いてきた神官長がそう言ってきたので手を差し出した。まだ少し血が流れている指先に、神官長が手を翳すと淡く光ると共に温かさを感じる。
 消えた光と共に神官長の手が離れ、見えた指先は綺麗に傷口が塞がっていた。この程度のことで神官長に癒してもらうのは些か申し訳ない気はするが、厚意は素直に受け取っておくべきだろう。

「公爵様が外でお待ちですので、アレクシス様も行きましょう」

 既に父が帰りの支度をしているらしく、そのままの足で馬車へと送り出された。
 馬車の中には既に父がおり、急いで自分も乗り込む。家へと向かう馬車の中では暫く沈黙が続いていたが、父が小さな声で質問を投げた。

「アレクシスは、イレーネのことをどう思う」

 それは紛れもなく、子を守ろうとする母についてのことだろう。

「……母は強い人だと。僕はそれを支えるべきだと思います」
「そうだな。でもお前の本音は違うのだろう」

 それを口に出していいはずなど無いと、お互いに理解はしている。だからこそ母の意志を尊重して、子を心配するような素振りをするのだ。

 ――母が死ぬくらいなら子を殺してしまえ、などと。
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