44 / 46
第二章
44、しあわせ
しおりを挟む
声をした方を見なくても分かる。
「フランツ……」
足音が近付いて来て、エレオノーラから少し離れた所で止まった。
「お久しぶりです、エレオノーラ様」
挨拶をするフランツは鋭利な刃物のように己を極限まで鍛えている者だけが醸し出す緊張感があった。
「フランツ、どうしたの突然──」
エレオノーラは動揺を隠しきれない。
「突然うかがってすみません。先日、フェルデン辺境伯様にお目にかかりました。その折に、辺境伯様より直々にご依頼を受けて、本日参りました」
「ルドが依頼を? それはどんな依頼なの?」
「私の結婚の由来をエレオノーラ様に詳らかにせよとの事でした」
「なぜそんな事を……」
「私のような身体を動かすだけが取り柄の者には辺境伯様の深いお考えは測りかねますが、偏に辺境伯様がエレオノーラ様を愛していらっしゃるからではないでしょうか」
「……」
エレオノーラは出来ることならこの場から逃げ出したかった。
だけど、それではルートヴィッヒにも、フランツにも、自分にも失礼だと思った。
「分かったわ、話してちょうだい」
エレオノーラはどんどん加速する鼓動を落ち着かせようとしながらフランツに言った。
「私が騎士団に入った当初、今よりさらに軟弱で、日々をやり過ごすだけでも苦心しておりました。そんな時に色々と助けて励ましてくれたのが、2つ上のアンドリューでした」
こんなに一人で、しかも自分の話をするフランツは初めてだった。
「アンドリューには私が騎士団に入る一年前に結婚したばかりの妻と生まれたばかりの子供がおりました。公私ともに幸せな日々だったと思います。ですがある日、遠征で魔物を倒しに行った折に命を落としました。私がミスをしたせいで魔物に隙を与え、反撃しようとした魔物から私を庇って死んだのです。私が殺したも同然です。そしてその時、アンドリューの妻には新しい命が宿っていました」
フランツは淡々と続ける。
「アンドリューの妻は身体が丈夫ではなく、子供達には父親、保護者が必要でした。万が一母親に何かあっても子供達が暮らしていけるように。それでアンドリューの妻ミリアムと結婚し、子供達を認知しました」
「じゃあフランツはご友人の死に責任を感じて……」
「私のせいでアンドリューは亡くなりましたが、結婚や子供達の認知は責任感からではありません。先に私を助けてくれたのはアンドリューです。私はそれにほんの少しお返しをしたに過ぎません。私が彼と彼の家族にしてしまった事は、一生を掛けても、どんなことをしても償いきれませんから」
「フランツは、今、幸せ……?」
「はい、幸せです。子供達の成長が何よりも嬉しいです」
フランツが珍しく破顔した。
「そう……」
『フランツは奥様を愛しているの?』
その質問が喉元まで出掛かった。
けれど、聞けなかった。
自分が尋ねていい筋合いなどない。
「話してくれてどうもありがとう、フランツ」
「いえ、失礼致しました。エレオノーラ様のお元気そうなお姿を拝見できて何よりです。どうぞお身体を大切になさってください」
「ありがとう、フランツもね」
「ありがとうございます、エレオノーラ様」
フランツは一礼すると踵を返した。
刹那、エレオノーラは何故かもう金輪際フランツに会えない気がした。
「待ってフランツ!!」
重いレースのドレスを着ていることも、流行りの踵の高い靴を履いていることも忘れて、ガゼボの三段の階段を駆け下りて、フランツの背中を追いかけた。
「そんなに慌ててどうなさいましたか、エレオノーラ様」
驚いたフランツが振り返る。
「1つだけ教えて欲しいの。もし、もしもね、こんな事、なんの意味も無いことだけれど……もし私がこの家の生まれではなくて、もし二人とも爵位の無い普通の家に生まれていたら、フランツは私を好きになってくれた?」
こんな馬鹿げた、そしてルートヴィッヒを裏切るような質問をする自分の愚かさと醜さが心底嫌だった。
嫌だったけれど、止められなかった。
「私は頭も悪く、想像力も無い男ですので、もしも、と言うのを考えるのは難しいです。ですが、もしも、と言う魔法が一度だけ使えるのであれば、アンドリューではなく、自分が死ぬべきだったと、そう思います」
「そう……」
エレオノーラは予想もしていなかった答えに、フランツの心の傷の深さを思い知らされる。
エレオノーラはもう、何も言えない。
目を合わせるのも怖くなってうつむいていると、フランツがポツポツと話し始めた。
「私はアンドリューの代りにはなれませんが、守らなければならない家族がいます。騎士として、国の民を守る義務があります。ですが、僭越ながら私にとってエレオノーラ様だけが唯一、義務や責任が無かったとしてもこの命を掛けてでもお守りしたいと思った方です。それはこれからも変わりません」
エレオノーラがフランツを見上げると、そこに笑顔は無かった。
「エレオノーラ様にはいつも幸せで、笑顔でいていただきたいのです。それが私の人生において何よりの幸せです。そして、エレオノーラ様を幸せに出来るのは、フェルデン辺境伯様です」
エレオノーラの言葉を待つことなく、フランツは思い出の詰まった庭を去って行った。
「フランツ……」
足音が近付いて来て、エレオノーラから少し離れた所で止まった。
「お久しぶりです、エレオノーラ様」
挨拶をするフランツは鋭利な刃物のように己を極限まで鍛えている者だけが醸し出す緊張感があった。
「フランツ、どうしたの突然──」
エレオノーラは動揺を隠しきれない。
「突然うかがってすみません。先日、フェルデン辺境伯様にお目にかかりました。その折に、辺境伯様より直々にご依頼を受けて、本日参りました」
「ルドが依頼を? それはどんな依頼なの?」
「私の結婚の由来をエレオノーラ様に詳らかにせよとの事でした」
「なぜそんな事を……」
「私のような身体を動かすだけが取り柄の者には辺境伯様の深いお考えは測りかねますが、偏に辺境伯様がエレオノーラ様を愛していらっしゃるからではないでしょうか」
「……」
エレオノーラは出来ることならこの場から逃げ出したかった。
だけど、それではルートヴィッヒにも、フランツにも、自分にも失礼だと思った。
「分かったわ、話してちょうだい」
エレオノーラはどんどん加速する鼓動を落ち着かせようとしながらフランツに言った。
「私が騎士団に入った当初、今よりさらに軟弱で、日々をやり過ごすだけでも苦心しておりました。そんな時に色々と助けて励ましてくれたのが、2つ上のアンドリューでした」
こんなに一人で、しかも自分の話をするフランツは初めてだった。
「アンドリューには私が騎士団に入る一年前に結婚したばかりの妻と生まれたばかりの子供がおりました。公私ともに幸せな日々だったと思います。ですがある日、遠征で魔物を倒しに行った折に命を落としました。私がミスをしたせいで魔物に隙を与え、反撃しようとした魔物から私を庇って死んだのです。私が殺したも同然です。そしてその時、アンドリューの妻には新しい命が宿っていました」
フランツは淡々と続ける。
「アンドリューの妻は身体が丈夫ではなく、子供達には父親、保護者が必要でした。万が一母親に何かあっても子供達が暮らしていけるように。それでアンドリューの妻ミリアムと結婚し、子供達を認知しました」
「じゃあフランツはご友人の死に責任を感じて……」
「私のせいでアンドリューは亡くなりましたが、結婚や子供達の認知は責任感からではありません。先に私を助けてくれたのはアンドリューです。私はそれにほんの少しお返しをしたに過ぎません。私が彼と彼の家族にしてしまった事は、一生を掛けても、どんなことをしても償いきれませんから」
「フランツは、今、幸せ……?」
「はい、幸せです。子供達の成長が何よりも嬉しいです」
フランツが珍しく破顔した。
「そう……」
『フランツは奥様を愛しているの?』
その質問が喉元まで出掛かった。
けれど、聞けなかった。
自分が尋ねていい筋合いなどない。
「話してくれてどうもありがとう、フランツ」
「いえ、失礼致しました。エレオノーラ様のお元気そうなお姿を拝見できて何よりです。どうぞお身体を大切になさってください」
「ありがとう、フランツもね」
「ありがとうございます、エレオノーラ様」
フランツは一礼すると踵を返した。
刹那、エレオノーラは何故かもう金輪際フランツに会えない気がした。
「待ってフランツ!!」
重いレースのドレスを着ていることも、流行りの踵の高い靴を履いていることも忘れて、ガゼボの三段の階段を駆け下りて、フランツの背中を追いかけた。
「そんなに慌ててどうなさいましたか、エレオノーラ様」
驚いたフランツが振り返る。
「1つだけ教えて欲しいの。もし、もしもね、こんな事、なんの意味も無いことだけれど……もし私がこの家の生まれではなくて、もし二人とも爵位の無い普通の家に生まれていたら、フランツは私を好きになってくれた?」
こんな馬鹿げた、そしてルートヴィッヒを裏切るような質問をする自分の愚かさと醜さが心底嫌だった。
嫌だったけれど、止められなかった。
「私は頭も悪く、想像力も無い男ですので、もしも、と言うのを考えるのは難しいです。ですが、もしも、と言う魔法が一度だけ使えるのであれば、アンドリューではなく、自分が死ぬべきだったと、そう思います」
「そう……」
エレオノーラは予想もしていなかった答えに、フランツの心の傷の深さを思い知らされる。
エレオノーラはもう、何も言えない。
目を合わせるのも怖くなってうつむいていると、フランツがポツポツと話し始めた。
「私はアンドリューの代りにはなれませんが、守らなければならない家族がいます。騎士として、国の民を守る義務があります。ですが、僭越ながら私にとってエレオノーラ様だけが唯一、義務や責任が無かったとしてもこの命を掛けてでもお守りしたいと思った方です。それはこれからも変わりません」
エレオノーラがフランツを見上げると、そこに笑顔は無かった。
「エレオノーラ様にはいつも幸せで、笑顔でいていただきたいのです。それが私の人生において何よりの幸せです。そして、エレオノーラ様を幸せに出来るのは、フェルデン辺境伯様です」
エレオノーラの言葉を待つことなく、フランツは思い出の詰まった庭を去って行った。
0
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説
【R18】愛欲の施設-Love Shelter-
皐月うしこ
恋愛
(完結)世界トップの玩具メーカーを経営する魅壷家。噂の絶えない美麗な人々に隠された切ない思いと真実は、狂愛となって、ひとりの少女を包んでいく。
【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。
千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。
風月学園女子寮。
私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…!
R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。
おすすめする人
・百合/GL/ガールズラブが好きな人
・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人
・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人
※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。
※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)
【R18】幼馴染の男3人にノリで乳首当てゲームされて思わず感じてしまい、次々と告白されて予想外の展開に…【短縮版】
うすい
恋愛
【ストーリー】
幼馴染の男3人と久しぶりに飲みに集まったななか。自分だけ異性であることを意識しないくらい仲がよく、久しぶりに4人で集まれたことを嬉しく思っていた。
そんな中、幼馴染のうちの1人が乳首当てゲームにハマっていると言い出し、ななか以外の3人が実際にゲームをして盛り上がる。
3人のやり取りを微笑ましく眺めるななかだったが、自分も参加させられ、思わず感じてしまい―――。
さらにその後、幼馴染たちから次々と衝撃の事実を伝えられ、事態は思わぬ方向に発展していく。
【登場人物】
・ななか
広告マーケターとして働く新社会人。純粋で素直だが流されやすい。大学時代に一度だけ彼氏がいたが、身体の相性が微妙で別れた。
・かつや
不動産の営業マンとして働く新社会人。社交的な性格で男女問わず友達が多い。ななかと同じ大学出身。
・よしひこ
飲食店経営者。クールで口数が少ない。頭も顔も要領もいいため学生時代はモテた。短期留学経験者。
・しんじ
工場勤務の社会人。控えめな性格だがしっかり者。みんなよりも社会人歴が長い。最近同棲中の彼女と別れた。
【注意】
※一度全作品を削除されてしまったため、本番シーンはカットしての投稿となります。
そのため読みにくい点や把握しにくい点が多いかと思いますがご了承ください。
フルバージョンはpixivやFantiaで配信させていただいております。
※男数人で女を取り合うなど、くっさい乙女ゲーム感満載です。
※フィクションとしてお楽しみいただきますようお願い申し上げます。
【R18・完結】あなたの猫になる、いたずら猫は皇帝陛下の膝の上
poppp
恋愛
※ タイトル変更…(二回目‥すみません…)
旧題【R18】お任せ下さい、三度の飯より好きなので!
三度の飯より同衾が好きだと豪語する玲蘭(レイラン・源氏名)。
ある日突然、美醜の価値観の異なる異世界で目覚めるが、異世界といえど彼女の趣味嗜好は変わらない。
レイランから見たら超がつくイケメン達が、何故かそこではゲテモノ扱い。
ゲテモノ(イケメン)専用の遊女になると決めてお客様を待つ日々だったが、ある日彼女の噂を聞きつけ現れた男に騙され、(よく話しを聞いてなかっただけ)、なんと、帝の妃達の住まう後宮へと連れて行かれてしまう。
そこで遊女としての自分の人生を揺るがす男と再会する…。
※ タグをご理解の上お読み下さいませ。
※ 不定期更新。
※ 世界観はふんわり。
※ 妄想ごちゃ混ぜ世界。
※ 誤字脱字ご了承願います。
※ ゆる!ふわ!設定!ご理解願います。
※ 主人公はお馬鹿、正論は通じません。
※ たまにAI画像あり。
【R18】カッコウは夜、羽ばたく 〜従姉と従弟の托卵秘事〜
船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンには※印がついています】
お急ぎの方や濃厚なエロシーンが見たい方はタイトルに「※」がついている話をどうぞ。読者の皆様のお気に入りのお楽しみシーンを見つけてくださいね。
表紙、挿絵はAIイラストをベースに私が加工しています。著作権は私に帰属します。
【ストーリー】
見覚えのあるレインコート。鎌ヶ谷翔太の胸が高鳴る。
会社を半休で抜け出した平日午後。雨がそぼ降る駅で待ち合わせたのは、従姉の人妻、藤沢あかねだった。
手をつないで歩きだす二人には、翔太は恋人と、あかねは夫との、それぞれ愛の暮らしと違う『もう一つの愛の暮らし』がある。
親族同士の結ばれないが離れがたい、二人だけのひそやかな関係。そして、会うたびにさらけだす『むき出しの欲望』は、お互いをますます離れがたくする。
いつまで二人だけの関係を続けられるか、という不安と、従姉への抑えきれない愛情を抱えながら、翔太はあかねを抱き寄せる……
托卵人妻と従弟の青年の、抜け出すことができない愛の関係を描いた物語。
◆登場人物
・ 鎌ヶ谷翔太(26) パルサーソリューションズ勤務の営業マン
・ 藤沢あかね(29) 三和ケミカル勤務の経営企画員
・ 八幡栞 (28) パルサーソリューションズ勤務の業務管理部員。翔太の彼女
・ 藤沢茂 (34) シャインメディカル医療機器勤務の経理マン。あかねの夫。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる