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第二章

44、しあわせ

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声をした方を見なくても分かる。

「フランツ……」

足音が近付いて来て、エレオノーラから少し離れた所で止まった。

「お久しぶりです、エレオノーラ様」

挨拶をするフランツは鋭利な刃物のように己を極限まで鍛えている者だけが醸し出す緊張感があった。

「フランツ、どうしたの突然──」

エレオノーラは動揺を隠しきれない。

「突然うかがってすみません。先日、フェルデン辺境伯様にお目にかかりました。その折に、辺境伯様より直々にご依頼を受けて、本日参りました」

「ルドが依頼を? それはどんな依頼なの?」

「私の結婚の由来をエレオノーラ様につまびらかにせよとの事でした」

「なぜそんな事を……」

「私のような身体を動かすだけが取り柄の者には辺境伯様の深いお考えは測りかねますが、ひとえに辺境伯様がエレオノーラ様を愛していらっしゃるからではないでしょうか」

「……」

エレオノーラは出来ることならこの場から逃げ出したかった。
だけど、それではルートヴィッヒにも、フランツにも、自分にも失礼だと思った。

「分かったわ、話してちょうだい」

エレオノーラはどんどん加速する鼓動を落ち着かせようとしながらフランツに言った。




「私が騎士団に入った当初、今よりさらに軟弱で、日々をやり過ごすだけでも苦心しておりました。そんな時に色々と助けて励ましてくれたのが、2つ上のアンドリューでした」

こんなに一人で、しかも自分の話をするフランツは初めてだった。

「アンドリューには私が騎士団に入る一年前に結婚したばかりの妻と生まれたばかりの子供がおりました。公私ともに幸せな日々だったと思います。ですがある日、遠征で魔物を倒しに行った折に命を落としました。私がミスをしたせいで魔物に隙を与え、反撃しようとした魔物から私を庇って死んだのです。私が殺したも同然です。そしてその時、アンドリューの妻には新しい命が宿っていました」

フランツは淡々と続ける。

「アンドリューの妻は身体が丈夫ではなく、子供達には父親、保護者が必要でした。万が一母親に何かあっても子供達が暮らしていけるように。それでアンドリューの妻ミリアムと結婚し、子供達を認知しました」

「じゃあフランツはご友人の死に責任を感じて……」

「私のせいでアンドリューは亡くなりましたが、結婚や子供達の認知は責任感からではありません。先に私を助けてくれたのはアンドリューです。私はそれにほんの少しお返しをしたに過ぎません。私が彼と彼の家族にしてしまった事は、一生を掛けても、どんなことをしても償いきれませんから」

「フランツは、今、幸せ……?」

「はい、幸せです。子供達の成長が何よりも嬉しいです」

フランツが珍しく破顔した。

「そう……」

『フランツは奥様を愛しているの?』

その質問が喉元まで出掛かった。

けれど、聞けなかった。

自分が尋ねていい筋合いなどない。

「話してくれてどうもありがとう、フランツ」

「いえ、失礼致しました。エレオノーラ様のお元気そうなお姿を拝見できて何よりです。どうぞお身体を大切になさってください」

「ありがとう、フランツもね」

「ありがとうございます、エレオノーラ様」

フランツは一礼すると踵を返した。

刹那、エレオノーラは何故かもう金輪際フランツに会えない気がした。

「待ってフランツ!!」

重いレースのドレスを着ていることも、流行りの踵の高い靴を履いていることも忘れて、ガゼボの三段の階段を駆け下りて、フランツの背中を追いかけた。

「そんなに慌ててどうなさいましたか、エレオノーラ様」

驚いたフランツが振り返る。

「1つだけ教えて欲しいの。もし、もしもね、こんな事、なんの意味も無いことだけれど……もし私がこの家の生まれではなくて、もし二人とも爵位の無い普通の家に生まれていたら、フランツは私を好きになってくれた?」

こんな馬鹿げた、そしてルートヴィッヒを裏切るような質問をする自分の愚かさと醜さが心底嫌だった。
嫌だったけれど、止められなかった。

「私は頭も悪く、想像力も無い男ですので、もしも、と言うのを考えるのは難しいです。ですが、もしも、と言う魔法が一度だけ使えるのであれば、アンドリューではなく、自分が死ぬべきだったと、そう思います」

「そう……」

エレオノーラは予想もしていなかった答えに、フランツの心の傷の深さを思い知らされる。
エレオノーラはもう、何も言えない。
目を合わせるのも怖くなってうつむいていると、フランツがポツポツと話し始めた。

「私はアンドリューの代りにはなれませんが、守らなければならない家族がいます。騎士として、国の民を守る義務があります。ですが、僭越ながら私にとってエレオノーラ様だけが唯一、義務や責任が無かったとしてもこの命を掛けてでもお守りしたいと思った方です。それはこれからも変わりません」

エレオノーラがフランツを見上げると、そこに笑顔は無かった。

「エレオノーラ様にはいつも幸せで、笑顔でいていただきたいのです。それが私の人生において何よりの幸せです。そして、エレオノーラ様を幸せに出来るのは、フェルデン辺境伯様です」

エレオノーラの言葉を待つことなく、フランツは思い出の詰まった庭を去って行った。







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