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第一章
36、絶句と白旗
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「ルートヴィッヒ様、今日は連れて来て下さってどうもありがとうございました」
「いや、もっと色々な所へ連れて行くべきだったのに、すまない。そんなに喜んでもらえて何よりだ」
隣に座るルートヴィッヒは力無く微笑んだ。
(ルートヴィッヒ様は何か悩んでいらっしゃるみたいだわ……イレーネ様との事を話した夜以来よね。やっぱり何かあるのかしら……)
エレオノーラはルートヴィッヒがあれ程にはっきりと否定したのだから、イレーネとは何も無いのだと思っていたが、こうも元気がないと気になってしまう。
馬車の中は日常の中の小さくて特殊な密室で、ここでなら、普段は言えないことも言える気がした。
「ルートヴィッヒ様、あの、私に何かおっしゃりたいことがあるのではないですか?」
エレオノーラは意を決して口にすると、ルートヴィッヒを見つめた。
その紫の瞳が揺れる。
「実は、ある」
「では、おっしゃって下さい。私、どんな事でも、最後まできちんと伺います」
さっきまでのはしゃいだ気持ちはどこかに消え失せて、エレオノーラは無意識に背筋を伸ばした。
「俺は……エルが好きだ」
「え……そんな──」
思わず「そんなわけない」、と言う言葉が口をついて出そうになり、すんでの所で止まる。
「情けないことに、それを伝えようとして出来ずに、何日も経ってしまった」
「では、『実はやっぱり他に好きな人がいる』、と言おうとしていたのでは無いのですか?」
「そんな事はあり得ないと、伝えたつもりだが」
「本当に私を、私なんかを好きなのですか……?」
エレオノーラは先程飲んだロゼが急に回ってくるのを感じた。
「なんか、などと言うな。エルが『私なんか』と言うなら、俺はそれ以下だ」
「でも、でも、私、数々の失礼な行いをしました。主にフランツの事で……その上、今さらルートヴィッヒ様を好きかもしれないなんて、図々しくも言ってしまって……」
「生きていれば、気持ちに変化は生じる」
「ですが……」
「それよりも、この状況でさすがに他の男の名前は聞きたくない。それに大佐の事は呼び捨てで、俺の事は未だに『ルートヴィッヒ様』なんてよそよそしい呼び方をするのも気にくわない」
「すみません……」
「大体、ジークの事ですら、敬称は付けるものの愛称で呼んでいるのも気になる」
「すみません……」
ルートヴィッヒがそんな風に感じていたなんて思いもしなかったエレオノーラは、ルートヴィッヒの不満の嵐に圧倒される。
「それでは、どうやってお呼びしたらよろしいでしょうか?」
「ルートヴィッヒと呼び捨てか、ルドで」
「ルド……」
エレオノーラは実はジークフリートがルートヴィッヒをそう呼ぶのを聞いてから、自分もそう呼んでみる所を想像して、一人の時にこっそり口にしてみたことがあった。
少しだけ、ルートヴィッヒが近くなった気がする。
「ルド、私もルドのことが好きです。まだこの気持ちに気付いたばかりで、少し戸惑っているのですが、でも、とても幸せな気持ちです」
「──そう言う可愛いことを密室で言うことのリスクを考えたことは、無いのだろうな……」
エレオノーラに聞こえない位の微かな呟きを漏らし、思わず苦笑いを浮かべてしまうルートヴィッヒ。
「その困ったように笑う時のルドの笑顔が好きです。初めてルドのことを意識したのも、今のように微笑んだ時でした。その時はルドが格好いいからドキッとしただけだと思ったのですが……」
身長差で、隣に座るエレオノーラがこちらを見る時に上目遣いになるのは仕方ないのに、恋愛感情と性欲が相乗効果で増しているルートヴィッヒにはどうしてもエレオノーラが自分を誘惑して来ているように見えてきてしまう。
見下ろすとエレオノーラの開いたデコルテが目に入る。
薄暗い馬車の中でもはっきり分かる真珠の様に白い胸が、石畳のせいで悩ましく揺れている。
行きの馬車では告白の事で頭が一杯で緊張していたが、今となってはエレオノーラの艶やかな
姿の事しか考えられなくなってくる。
(夫婦だし、お互いに好き合っているんだ、何の問題がある?)
そう自問してから、エレオノーラにキスをする。
いつも以上にすんなり自分のキスを受け入れるエレオノーラに気持ちが大きくなり、くびれた腰をきつく抱き寄せた。
エレオノーラの柔らかくて弾力性のある胸が身体に当たるのを感じながら、彼女の粘膜を味わい尽くすように舌で咥内を蹂躙する。
「ふぁっ……ん……」
相変わらず深いキスに慣れないエレオノーラから漏れる声が、ルートヴィッヒをより一層滾らせる。
「ルド……、駄目……です、もうすぐ……」
エレオノーラが何か言い掛けるもルートヴィッヒには聞こえているのか定かではない。
夢中になってエレオノーラの唇を貪っていると、ガッタン、と馬車が揺れて止まった。
「ルド……降りないと皆さんに変に思われてしまいます……」
エレオノーラはルートヴィッヒが激しく自分を求めてくれているのが伝わって来て、外には使用人の皆が待っているし、生理も終わってないけれど、このままここで結ばれてしまっても良いとさえ思えて来ていたが、最後に何とか理性を保つことに成功した。
「そうだな……後10秒だけ待ってからにしよう。そんなに色っぽいエルの顔を見たら、キスしかしていないなんて、思えないからな」
からかうつもりで言ったルートヴィッヒ。
「ルドはいつも色気があるから、こう言う時にバレなくて良いですね……」
なんの嫌味も無く潤んだ瞳で心底羨ましそうに言われて、ルートヴィッヒは絶句する。
それはルートヴィッヒがエレオノーラの純真さに完膚無き迄に叩きのめされた最初の夜だった。
「いや、もっと色々な所へ連れて行くべきだったのに、すまない。そんなに喜んでもらえて何よりだ」
隣に座るルートヴィッヒは力無く微笑んだ。
(ルートヴィッヒ様は何か悩んでいらっしゃるみたいだわ……イレーネ様との事を話した夜以来よね。やっぱり何かあるのかしら……)
エレオノーラはルートヴィッヒがあれ程にはっきりと否定したのだから、イレーネとは何も無いのだと思っていたが、こうも元気がないと気になってしまう。
馬車の中は日常の中の小さくて特殊な密室で、ここでなら、普段は言えないことも言える気がした。
「ルートヴィッヒ様、あの、私に何かおっしゃりたいことがあるのではないですか?」
エレオノーラは意を決して口にすると、ルートヴィッヒを見つめた。
その紫の瞳が揺れる。
「実は、ある」
「では、おっしゃって下さい。私、どんな事でも、最後まできちんと伺います」
さっきまでのはしゃいだ気持ちはどこかに消え失せて、エレオノーラは無意識に背筋を伸ばした。
「俺は……エルが好きだ」
「え……そんな──」
思わず「そんなわけない」、と言う言葉が口をついて出そうになり、すんでの所で止まる。
「情けないことに、それを伝えようとして出来ずに、何日も経ってしまった」
「では、『実はやっぱり他に好きな人がいる』、と言おうとしていたのでは無いのですか?」
「そんな事はあり得ないと、伝えたつもりだが」
「本当に私を、私なんかを好きなのですか……?」
エレオノーラは先程飲んだロゼが急に回ってくるのを感じた。
「なんか、などと言うな。エルが『私なんか』と言うなら、俺はそれ以下だ」
「でも、でも、私、数々の失礼な行いをしました。主にフランツの事で……その上、今さらルートヴィッヒ様を好きかもしれないなんて、図々しくも言ってしまって……」
「生きていれば、気持ちに変化は生じる」
「ですが……」
「それよりも、この状況でさすがに他の男の名前は聞きたくない。それに大佐の事は呼び捨てで、俺の事は未だに『ルートヴィッヒ様』なんてよそよそしい呼び方をするのも気にくわない」
「すみません……」
「大体、ジークの事ですら、敬称は付けるものの愛称で呼んでいるのも気になる」
「すみません……」
ルートヴィッヒがそんな風に感じていたなんて思いもしなかったエレオノーラは、ルートヴィッヒの不満の嵐に圧倒される。
「それでは、どうやってお呼びしたらよろしいでしょうか?」
「ルートヴィッヒと呼び捨てか、ルドで」
「ルド……」
エレオノーラは実はジークフリートがルートヴィッヒをそう呼ぶのを聞いてから、自分もそう呼んでみる所を想像して、一人の時にこっそり口にしてみたことがあった。
少しだけ、ルートヴィッヒが近くなった気がする。
「ルド、私もルドのことが好きです。まだこの気持ちに気付いたばかりで、少し戸惑っているのですが、でも、とても幸せな気持ちです」
「──そう言う可愛いことを密室で言うことのリスクを考えたことは、無いのだろうな……」
エレオノーラに聞こえない位の微かな呟きを漏らし、思わず苦笑いを浮かべてしまうルートヴィッヒ。
「その困ったように笑う時のルドの笑顔が好きです。初めてルドのことを意識したのも、今のように微笑んだ時でした。その時はルドが格好いいからドキッとしただけだと思ったのですが……」
身長差で、隣に座るエレオノーラがこちらを見る時に上目遣いになるのは仕方ないのに、恋愛感情と性欲が相乗効果で増しているルートヴィッヒにはどうしてもエレオノーラが自分を誘惑して来ているように見えてきてしまう。
見下ろすとエレオノーラの開いたデコルテが目に入る。
薄暗い馬車の中でもはっきり分かる真珠の様に白い胸が、石畳のせいで悩ましく揺れている。
行きの馬車では告白の事で頭が一杯で緊張していたが、今となってはエレオノーラの艶やかな
姿の事しか考えられなくなってくる。
(夫婦だし、お互いに好き合っているんだ、何の問題がある?)
そう自問してから、エレオノーラにキスをする。
いつも以上にすんなり自分のキスを受け入れるエレオノーラに気持ちが大きくなり、くびれた腰をきつく抱き寄せた。
エレオノーラの柔らかくて弾力性のある胸が身体に当たるのを感じながら、彼女の粘膜を味わい尽くすように舌で咥内を蹂躙する。
「ふぁっ……ん……」
相変わらず深いキスに慣れないエレオノーラから漏れる声が、ルートヴィッヒをより一層滾らせる。
「ルド……、駄目……です、もうすぐ……」
エレオノーラが何か言い掛けるもルートヴィッヒには聞こえているのか定かではない。
夢中になってエレオノーラの唇を貪っていると、ガッタン、と馬車が揺れて止まった。
「ルド……降りないと皆さんに変に思われてしまいます……」
エレオノーラはルートヴィッヒが激しく自分を求めてくれているのが伝わって来て、外には使用人の皆が待っているし、生理も終わってないけれど、このままここで結ばれてしまっても良いとさえ思えて来ていたが、最後に何とか理性を保つことに成功した。
「そうだな……後10秒だけ待ってからにしよう。そんなに色っぽいエルの顔を見たら、キスしかしていないなんて、思えないからな」
からかうつもりで言ったルートヴィッヒ。
「ルドはいつも色気があるから、こう言う時にバレなくて良いですね……」
なんの嫌味も無く潤んだ瞳で心底羨ましそうに言われて、ルートヴィッヒは絶句する。
それはルートヴィッヒがエレオノーラの純真さに完膚無き迄に叩きのめされた最初の夜だった。
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