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第一章

35、困惑と感動の間の高い壁

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(おいおい、こんなクズな男が出てくる演目なのか……)

『ソフィアの白い羽根』と言う題から、どうせソフィアが天使か妖精で、森かなんかで出逢った王子と結婚してめでたしめでたし、と言うような話だと思っていたら、美しいイラストと共にプログラムに記されていたあらすじは、ルートヴィッヒも目が点になる内容だった。

とある国の麗しい王子はもう婚約者が居たのに、美人な村娘のソフィアを狩りの途中で見かけて恋をして、全てを隠して彼女とよい仲になってしまう。結局は全てが露見して、王子は貴族の娘と結婚し、それに絶望したソフィアは自害する。その上、未練の為か亡霊となって王子の前に現れる。そこで初めてソフィアに心の底から懺悔した王子を許し、ソフィアは天国へ飛び立って行き、幕が下りる。

ルートヴィッヒは青ざめた。完全に演目を選び損なった。

こんな話では告白どころか、エレオノーラだって、このクズ男にさぞイラついているだろうなと、一幕目の終わりにソフィアが命を絶って倒れた場面でチラッと様子を窺うと、なんと泣いている。

(嘘だろ、どこに泣くポイントがあったんだ? 怒り泣きか?)

ギョッとしながらも、エレオノーラにハンカチーフをそっと渡すルートヴィッヒ。

「ありがとうございます……すみません、もう大人なのに、こんな風に感情移入して泣いてしまうなんて……」

恥ずかしがるエレオノーラ。

「気にするな。このボックス席には俺たちしか居ないのだから、思う存分泣いて大丈夫だ」

(感情移入? ソフィアにか? だいたい彼女だって、農民のふりしていたって、服の仕立ての良さや立ち居振舞いで、王子が身分を偽っていると気付かないのか? 不可解だ……)

「──ルートヴィッヒ様? 大丈夫ですか? 何かとても難しいお顔をされていますが……」

「いや、何でもない。話の内容が思ったより暗くて驚いていただけだ。次回はもう少し──」

「悲恋のお話は観ていて辛いのに、何故か何度も観たくなってしまうんですよね」

次回はもう少し明るい話を、と言い掛けたルートヴィッヒにエレオノーラが言う。

「そう言うものか。俺はもう少しバレエを観て、鑑賞の仕方を学ばなければならないな……」

ルートヴィッヒは何かとても難しい課題を見つけてしまったような気になる。








幕が下りて全てのダンサー達がカーテンコールを終える迄、エレオノーラはずっと拍手を送っていた。
隣のルートヴィッヒは最後まで何をどう鑑賞したら良いのか分からず、ずっと悩んでいた。
今までだって、何度かは女性を伴ってバレエ鑑賞をしたが、ここまで困惑したことはなかった。
あらすじも、バレエ自体も気にしたことはないし、適当に女性のドレスを褒めたり、演目の最中は一人で脳内チェスをしたりしていた。
それなのに、今はエレオノーラがどこで感動したのか、何を思ったのか、知りたいと思っている。


身体中から幸福感を漂わせるエレオノーラに、何はともあれ今晩此処へ連れて来て良かったと胸を撫で下ろす。
何人かの知り合いに挨拶をして、劇場の支配人に会った後、馬車に乗った。



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