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第一章

34、ラスボス感

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朝は大抵ルートヴィッヒが先に目を覚ます。
普段は5時間も寝ればスッキリ目覚められるが、昨晩はあまり眠った気がしない。

相手がわずかながら好意を示してくれていて、その相手に自分の気持ちを伝えるのは、難しくないはずだ。
難しい訳がない。

それなのに、隣で気持ち良さそうに眠るエレオノーラに「好きだ」と伝える事をシュミレーションするだけで、不可能な気がしてくる。
今までの人生、いくつかの『不可能』を色々な方法で可能にしてきたのに。
こんな華奢で可愛くて、触れればこわしてしまいそうなエレオノーラの存在が、近隣諸国の海千山千の首相や国王達よりも手強いだなんて、信じられない。
(シンプルな事だ、ただ一言「俺も好きだ」と言えれば──)

「ルートヴィッヒ様……?」

ぐっと拳を握った所でエレオノーラに声を掛けられる。

「エル、起こしたか? すまない」

「いえ、自然に目が覚めただけです。あの、どうかなさいましたか?」

起き上がったエレオノーラが心配そうにルートヴィッヒをのぞきこむ。

「何でもない。いや、何でもなくはない。エル、俺は──」

エレオノーラの両肩に手を置いていざ、と思うと、口に鍵が掛かったかのように動かなくなる。

「……?」

エレオノーラが困惑している。

「いや、やはり何でもない」

ルートヴィッヒは情けなくて、自分を殴りたい気分だった。

「着替えてくる。朝食で会おう」

エレオノーラにキスをして、ベッドを出た。

「はい、ルートヴィッヒ様」

エレオノーラははにかんで微笑んだ。

(くそっ──)

ルートヴィッヒは思わず唇を噛んだ。




朝食の時に苺がデザートに出てきて喜びはしゃぐエレオノーラを見て、今なら、と思ったのに、やはりしくじった。

昼食の時も、当然言い出せない。

片や昨日、告白紛いの事を言ったエレオノーラはすっかり元気で、ルートヴィッヒが朝からずっと苦戦していることに気付いていない。

昼食後に書斎で仕事をしながら、何か打開策はないかと考えていると、デスクの端の劇場から届いていた招待状が目に入った。

「これだ……」

劇場は薄暗いし、ロマンチックなオペラやバレエの演目を観ながらならきっと上手く行く。




「エル、バレエを観に行かないか?」

ルートヴィッヒはもう今日は告白は諦めて、夕食時に尋ねた。

「はい、是非! バレエ鑑賞、大好きなんです。小さい頃は家族とよく観に行きました」

「そうか、それは良かった。明後日の夜に観に行こう」

「本当ですか? 嬉しいです。演目は何ですか?」

「何だったかな、確認しておく」

「ありがとうございます!」

エレオノーラは余程嬉しかったのか、「明後日着て行くドレスを選んでおきます」と夕食の後はいそいそと自室に戻った。







思い返してみると、夜に二人でどこかへ出掛けるのは初めてかもしれない。
忙しさを言い訳にエレオノーラと十分に時間を過ごせていなかった。

(エルはこんな薄情な男を本当に良いと思っているのか?)

馬車に乗りながら、ルートヴィッヒに臆病風が吹く。

落ち着いたパールピンク色のイブニングドレスに身を包んだエレオノーラは、ルートヴィッヒの隣に座って好きなバレリーナの話や、今までに観劇した演目の話をしている。

「そんなにバレエが好きなら、もっと頻繁に連れて行こう」

「すみません、私ったら一人で話してばかりで……」

「エルが嬉しそうにしているのを見るのは好きだ」

「そんな……」

朱に染まるエレオノーラは相変わらず、どうしようもない程に可愛い。

(今のでは遠回しすぎて駄目だ。男なんだから、もっとストレートに、バシッと伝えなければ……)

頭を抱えたくなるルートヴィッヒ。

そうこうしている内にあっという間に劇場に到着してしまった。


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