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第一章
30、甘酸っぱいなにか
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例えば、昔は天使そのものだったのに、今は何だか根は優しいけれど悪魔みたいになってしまった実弟のジークの事でさえ未だに可愛い奴と思えるし、小動物とか子供を見たら可愛らしい存在と言われている意味は分からなくもない。
でも女性に関して言えば、可愛いと思ったことはなかった。
綺麗だとか、いい女だとか、非常に下卑た表現ではあるが単純にヤりたいと思える女性には会ったことがある。
けれど、可愛いと思ったことは無かった。
エレオノーラはそんな自分に初めて『可愛い』と思う感情を抱かせた存在だった。
その『可愛い』は幼かったり、あどけない対象に対して抱く感情とは違う。
明らかに成人した女性に対しての感情なのに、エレオノーラの言動が逐一可愛らしく思える時がある。
朝起きて隣でまだエレオノーラが眠っている時に、彼女が無意識で自分に頬をすり付けて来る時とか、紅茶が思っていたより熱くてびくっとしながらも周りに悟られないようにすましている様子とか、夜、自分を待ってベッドで背筋を伸ばして座りながらもつい眠ってしまって、自分の存在に気付いて急に目を覚まして慌てる様とか、思い出せばキリがない。
エレオノーラと初めて見合いをした翌日、顔に僅かな違和感を覚えた。
けれど気に留めるほどでもなく、その時はそれについて考えなかった。
けれど、結婚して毎日エレオノーラと一緒に過ごしてその違和感は顕著なものとなった。
顔の筋肉痛だった。
誇れることではないが、エレオノーラと出逢うまで、あまり表情筋を活用していなかった。
浮かべても上っ面の笑顔で、それで問題なかった。
それがエレオノーラと居ると、無意識に微笑んでしまっているとある時気付いた。
頬が筋肉痛になるなんて、ルートヴィッヒの人生でこれまで一度もなかった。
最近はもう筋肉も鍛えられて、笑顔も滑らかにこぼれるようになった。
「大丈夫だよ、心配しなくてもルドはエルの前以外は今まで通ーりちゃんと胡散臭い上っ面の笑顔しかしてないから、外交でつけ込まれたりしないよ」
去り際に「今度戻って来れるのは2年後かな」と言った後に、しれっとそう言ったジーク。
「──お前、本当は俺の弟じゃなくてオズワルドの弟なんじゃないか? それか前世でオズワルドの息子だったとか」
「ははっ、それあり得るね! でも僕はルドと兄弟の方が良いな。だってあの人と兄弟だったらどっちかが壊滅するまで腹の探り合いしちゃいそうだもん」
ジークはまたどこまでが本音なのか判らないような事を言って笑った。
エレオノーラに対する気持ちは今までの自分の人生には存在しなかった感情だと言うのは明白だった。
未だにエレオノーラを抱かない理由も、有るようで無いはずなのだ。
エレオノーラがフランツを想っていたとしても、彼女の夫は自分で、エレオノーラを抱いてはいけない理由にはならない。
だけど、彼女に無理強いをしたくなかったし、彼女の気持ちが自分の方に多少なりとも傾いていると感じられないのなら抱いても虚しいだけだと思えた。
貴族間の婚姻において、自分のこの感情はよろしくない物だ。
跡継ぎを作らなければならない。
エレオノーラもその事は理解しているはずだ。
それに、もし抱くと決めたら彼女をめちゃくちゃに抱いてしまいそうで、それも躊躇したまま今に至っている理由のひとつだった。
頭の中が己の心も巻き込んで、グルグルと矛盾や葛藤や劣情やその他諸々で溢れかえっている。
それなのに、さっきみたいにエレオノーラの姿を見ると、自分の中に沈殿したヘドロが一瞬で吹き飛ぶ。
「なんなんだ、これは──」
ルートヴィッヒはこの感情の名前に気付いていたが、経験したことが無い程に矛盾だらけになっていく己にひどく困惑していた。
でも女性に関して言えば、可愛いと思ったことはなかった。
綺麗だとか、いい女だとか、非常に下卑た表現ではあるが単純にヤりたいと思える女性には会ったことがある。
けれど、可愛いと思ったことは無かった。
エレオノーラはそんな自分に初めて『可愛い』と思う感情を抱かせた存在だった。
その『可愛い』は幼かったり、あどけない対象に対して抱く感情とは違う。
明らかに成人した女性に対しての感情なのに、エレオノーラの言動が逐一可愛らしく思える時がある。
朝起きて隣でまだエレオノーラが眠っている時に、彼女が無意識で自分に頬をすり付けて来る時とか、紅茶が思っていたより熱くてびくっとしながらも周りに悟られないようにすましている様子とか、夜、自分を待ってベッドで背筋を伸ばして座りながらもつい眠ってしまって、自分の存在に気付いて急に目を覚まして慌てる様とか、思い出せばキリがない。
エレオノーラと初めて見合いをした翌日、顔に僅かな違和感を覚えた。
けれど気に留めるほどでもなく、その時はそれについて考えなかった。
けれど、結婚して毎日エレオノーラと一緒に過ごしてその違和感は顕著なものとなった。
顔の筋肉痛だった。
誇れることではないが、エレオノーラと出逢うまで、あまり表情筋を活用していなかった。
浮かべても上っ面の笑顔で、それで問題なかった。
それがエレオノーラと居ると、無意識に微笑んでしまっているとある時気付いた。
頬が筋肉痛になるなんて、ルートヴィッヒの人生でこれまで一度もなかった。
最近はもう筋肉も鍛えられて、笑顔も滑らかにこぼれるようになった。
「大丈夫だよ、心配しなくてもルドはエルの前以外は今まで通ーりちゃんと胡散臭い上っ面の笑顔しかしてないから、外交でつけ込まれたりしないよ」
去り際に「今度戻って来れるのは2年後かな」と言った後に、しれっとそう言ったジーク。
「──お前、本当は俺の弟じゃなくてオズワルドの弟なんじゃないか? それか前世でオズワルドの息子だったとか」
「ははっ、それあり得るね! でも僕はルドと兄弟の方が良いな。だってあの人と兄弟だったらどっちかが壊滅するまで腹の探り合いしちゃいそうだもん」
ジークはまたどこまでが本音なのか判らないような事を言って笑った。
エレオノーラに対する気持ちは今までの自分の人生には存在しなかった感情だと言うのは明白だった。
未だにエレオノーラを抱かない理由も、有るようで無いはずなのだ。
エレオノーラがフランツを想っていたとしても、彼女の夫は自分で、エレオノーラを抱いてはいけない理由にはならない。
だけど、彼女に無理強いをしたくなかったし、彼女の気持ちが自分の方に多少なりとも傾いていると感じられないのなら抱いても虚しいだけだと思えた。
貴族間の婚姻において、自分のこの感情はよろしくない物だ。
跡継ぎを作らなければならない。
エレオノーラもその事は理解しているはずだ。
それに、もし抱くと決めたら彼女をめちゃくちゃに抱いてしまいそうで、それも躊躇したまま今に至っている理由のひとつだった。
頭の中が己の心も巻き込んで、グルグルと矛盾や葛藤や劣情やその他諸々で溢れかえっている。
それなのに、さっきみたいにエレオノーラの姿を見ると、自分の中に沈殿したヘドロが一瞬で吹き飛ぶ。
「なんなんだ、これは──」
ルートヴィッヒはこの感情の名前に気付いていたが、経験したことが無い程に矛盾だらけになっていく己にひどく困惑していた。
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