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第一章

28、恋は病

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仮病を使うなんていつぶりだろう。
エレオノーラは湯気の立つティーカップに小花の角砂糖を二つ入れた。
それからしばらくしてティースプーンでかき回していなかったのを思い出し、カップの底に少し沈殿していた砂糖を溶かす。
どんなに気分が落ち込んでいても、紅茶を飲むと少しだけ元気になれるのに、今日はその効果も期待できない様だった。
時計はもう10時を回っていて、外は太陽の光を鬱陶しく感じる程の晴天だ。

ルートヴィッヒはとっくに仕事を始めている。
朝、一緒に朝食を取るのが辛くて体調が悪い振りをした。
心配して医者を呼んでくれようとしたのでただの疲れだと言うと、昨夜は慣れないお酒を飲みながら大勢の初めて会う人たちと話したからだろう、今日は無理をせずに部屋で安静にしていなさい、と言われた。
力無く微笑むエレオノーラの頬にキスを一つして部屋を出ていくルートヴィッヒは何となくいつもより元気そうに見えた。


昨夜はエレオノーラがクルゼに来て初めて正式に開かれた晩餐会だった。
本来ならもっと早く近隣の貴族を招いて催すべきだったこの夜会が後回しになったのは、ルートヴィッヒがエレオノーラの体調やここでの暮らしに慣れる事を優先してくれたからだ。
その後もジークフリートが来て数週間ドタバタしながらも楽しい日々が続いて、ルートヴィッヒと少しずつ距離が近付いているような気がしていた。


(なんで勝手に私だけが結婚前に好きな人が居るなんて思っていたんだろう……)





昨晩は大広間に長いテーブルを沢山並べて100名程のお客を招いた。
王都で既に会ったことのある人も居たけれど、その殆どがエレオノーラが初めて会った貴族だった。
その中の一人に、エレオノーラは奇妙な違和感を感じた。
会ったことはないはずなのに、何故か初めての感じがしない。
イレーネと名乗った女性の艶やかなサンディブロンドの長い髪とバーガンディーの色っぽい瞳は、エレオノーラの心をざわつかせた。

「こんばんは、エレオノーラ様。その後お加減はいかがですか?」

その落ち着きのある優しい声音に、クルゼに来た日の事を思い出した。

「お陰さまですっかり回復しました。その節は大変お世話になりました」

イレーネはエレオノーラが熱を出した初日の夜に診察してくれた医者だった。
イレーネは伯爵令嬢と言っていたけれど、貴族の令嬢が医者をしているのは珍しい。
まして夜勤の当番をするなんて前代未聞だ。

「それは良かったです。また何かお役に立てることがあればいつでもお呼びください」

「ありがとうございます、イレーネ様」

エレオノーラは彼女とうまく目が合わせられない。
熱を出したあの日、朦朧としながらもルートヴィッヒとイレーネの会話が聞こえていた。
ルートヴィッヒの口調は自分と話す時とも、弟のジークフリートと話す時とも違う、独特の親密さがあった。
あの夜の直感が鮮明に蘇ってくる。

今、ルートヴィッヒはどんな顔をしてイレーネを見ているのだろう。
恐る恐る真横のルートヴィッヒを見上げると、すぐにそれに気付いて「どうした、疲れたか?」と屈んで耳元で聞かれた。

「いえ、大丈夫です。少し酔いが回って来たのかもしれません」

実際頬や耳が少し熱く火照っている気がしていた。

「そうか、それなら涼みに行こう。イレーネ、少し失礼する」

ルートヴィッヒはエレオノーラの腰に手を回す。

「すみません、イレーネ様」



エレオノーラはイレーネに詫びるとルートヴィッヒに連れられてバルコニーに出た。

「酔いが冷めるまでここで涼もう」

ルートヴィッヒはバルコニーに設置してあるベンチにエレオノーラを座らせた。

「水をもらってくる」

ルートヴィッヒは近くの若い兵にエレオノーラの護衛を頼むと再び大広間に入っていった。
それを視線で追っていると、イレーネが水の入ったグラスを持ってルートヴィッヒの方へ歩いてくるところだった。
グラスを受け取ったルートヴィッヒが少し戸惑った顔をしてからイレーネに何かを告げると、イレーネが満面の笑顔になる。
それを見たルートヴィッヒは少しだけその白皙の美貌を赤らめた。

(あんな表情、見たことないわ……)

近頃のルートヴィッヒは当初の何倍も表情豊かになったと思っていたが、ここまでフランクな様は見たことがない。
エレオノーラの心臓がドクドクと脈打つ。
それは何だか嫌な感覚だった。

(私もフランツの事が好きだったけれど、ルートヴィッヒ様にも想う方がいらっしゃったんだわ……だから未だに夫婦生活が無かったのね……)

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