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第一章

26、天然の威力

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「そうでした、ルートヴィッヒ様、ハニートラップとは何ですか? 」

「ごふっ」パキッ。

やんごとなき人々の晩餐には相応しくない会話と効果音。

ジークフリートが咳き込むと同時に、ルートヴィッヒが持っていた先祖代々伝わるクリスタルのワイングラスにヒビが入った。
給仕をしていた者達は、一斉に息を飲む。主人の怒りを恐れる気持ちと、今すぐ裏手に行ってみんなに話したい衝動との間で板挟みになった。

今の今まで、ジークフリートとエレオノーラで用意したお酒と料理はルートヴィッヒの機嫌を直すのに十分だったが、その努力が一瞬で砕け散る。

(あー、これはもう、何をしてもしばらく無理だな……)

ジークフリートとしては、エレオノーラが今夜可愛らしくベッドでルートヴィッヒに質問をする事を想定していたが、意味を知らない彼女が夕食時に聞くのは至極当然だった。

(こう言う読みと詰めの甘さがダメなんだよなぁ、僕は)

「ジーク、食事が終わったら話がある」

「うん、分かった……」

エレオノーラの末っ子として周りの空気を読むスキルが奇跡的に発揮されて、何となくこの会話を続けない方が良いと悟り、何とか別の話題を探す。

「ジーク様は私達の結婚式の時に遠征に行ってらしたそうですが、どちらへ行かれていたんですか?」

「あー、うん、地方のとある街にね。細かいことは話しちゃいけない規則なんだ」

「まぁ、それではとても重要なお仕事を任されているのですね。お若いのに、素晴らしいです」

「いや、そんなこともないんだけどさ。結婚式に行けなくて残念だったけど、まさかルドがお見合いしてからこんなに早く結婚すると思ってなくて。長期の仕事を受けちゃってたんだよね。今まで『俺は一生結婚しないかもしれないから、跡継ぎは頼むぞ、ジーク』とか里帰りの度に言われてたし」

「ジーク、俺の話は少し慎め。そう言う自分はどうなんだ」

ルートヴィッヒは興味も無いだろうに話題を変えたいが為だけに弟の恋愛事情を尋ねてきた。

「うーん、良い子は一杯いるんだけどさぁ、何か『この子だ!』って感じがないんだよね」

「八方美人をしているから自分の感情が分からなくなるんじゃないか?」

「そうかもね、まぁとりあえず今は特定の子は居ないよ」

「将来ジーク様とご結婚なさる方はきっと幸せになられますね」

そう言ったエレオノーラにぎょっとしたルートヴィッヒ。

「エル、今の流れでどうしたらそう言う考えに至るんだ?」

「それは、ジーク様とってもお優しいですし、お話も面白いし、料理もお上手で、かっこ良いですし……」

「そうか、エルはジークと結婚できなくて残念だったな」

ルートヴィッヒがナプキンをテーブルに置くと二人を置いて出ていってしまった。

エレオノーラは何故こんな事になってしまったのか理解できず目を白黒させている。

ジークフリートは二人には本当に申し訳無いけれど、可笑しいのを通り越して祝福する気持ちに溢れていた。
"あの"ルートヴィッヒがあそこまで感情を露にするなんて。一日に二回も、しかも弟である自分の前で。

「エル、僕の事は良いから、ルドのところに行ってあげて」

「ですが……」

「いいから、いいから、ルドはエルが来るの待ってるよ」

「……すみません、では少しだけ失礼します」

エレオノーラは部屋を出るまでは淑やかに歩いていたけれど、廊下に出るとパタパタと足音を立てて走って行った。





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