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第一章
19、急がば回れと言うけれど
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「物事には順序と言うものがある」
ルートヴィッヒはやや不機嫌になりながら宰相のマルクに答えた。
「ご結婚されたのですから、次はお世継ぎをと期待されるのが侯爵家を継いだ方の順当な順序だと思います故、僭越ながらお話させていただきました」
父の代から宰相を務める今年六十を迎えたマルクは、ルートヴィッヒにとってタイプは違うがオズワルドと並ぶ程に扱い難い人物だ。
「マルク、エレオノーラはまだクルゼに着いたばかりだ。それに男にほぼ免疫がない。いきなり抱けば夫である俺に恐怖心を抱いてしまうかもしれない。そうなったら世継ぎも何も無い」
「とは言え名門ファンデンベルク侯爵家のお嬢様ですから、貴族間の婚姻とはどう言ったものかをご存知のはずです」
「そうかも知れんが……」
「エレオノーラ様が恐怖心を抱かぬよう、ルートヴィッヒ様が、少しずつ手取り足取り教えて差し上げてはいかがですか? もうご結婚から2ヶ月も経っておりますが、お二人の間に夫婦生活が無いので皆、気を揉んでおります」
「マルク……俺はお前の希望通り結婚をした。その先の事はしばらくそっとしておいてくれ。この話はもう終わりだ。エレオノーラの様子を見てくる」
「──かしこまりました」
ルートヴィッヒはいつもより大股で廊下を歩きながらエレオノーラの部屋に向かった。
日中はいつも読書をしたり、刺繍や編み物をしている。
「エル、体調はどうだ?」
部屋の窓辺の小さな丸机で読書をしていたエレオノーラはルートヴィッヒの声に顔を上げた。
薄紫色の繊細な造りのデイドレスはエレオノーラのブロンドと碧い瞳によく映えている。
「お陰様でとても体調が良いです。ルートヴィッヒ様はお疲れではありませんか?」
エレオノーラはリボンの付いた栞を本に挟む。
「最近はデスクワークばかりですっかり身体が鈍っている。それだけこの領土も平和だと言うことだから、文句は無いが」
エレオノーラの向かいの椅子に座るルートヴィッヒ。
「クルゼや周辺の町が平和なのはルートヴィッヒ様のお陰ですね」
「いや、そんな事はない。ランドールの国王がアーサーに代わったお陰だ。前王は有能ではあったが、領土拡大の野望が強く無茶な戦をする事もあった。あいつは無駄な血を流すことを好まない」
「ランドールの国王陛下をご存知なのですか?」
「アーサーの母親はランドールの前王に目を付けられて、4番目の側室になった。それが俺の叔母に当たる人だった。前王は側室も沢山居たので、色々煩わしい事も多かっただろう」
「そんなことがあったのですね……勉強不足でした」
「そんなことは無い。あまり大っぴらにしている話でもないしな。まぁ何はともあれ、アーサーのお陰で平和な日々が訪れた。単にあいつが王妃にぞっこんで牙を抜かれただけかもしれんが」
「ふふふ、麗しいランドールの国王陛下と美しいリューシャ様のロマンスは全世界の女の子の憧れですものね」
心なしかうっとりした声になるエレオノーラ。
「──エルはああいう男も好みなのか?」
「ち、違います! 一般的なお話ですわ。それに私はお話を伺っただけで、国王陛下もリューシャ様もお目に掛かったことはございませんっ」
「そんなにむきになると逆に怪しいが、そう言う事にしておこう」
赤面してまで否定するエレオノーラに苦笑するルートヴィッヒ。
「姉達が昔、話していたのです。とても素敵な国王陛下が夢見るように美しい舞姫の方と恋をしたと言うお話を。それで幼心にどんな方達なのだろうと想像していただけです」
「あいつの愚行が随分と美談にされているのだな──」
ボソッと呟くルートヴィッヒ。
事の経緯を知っている身としては、幼い頃のエレオノーラのファンタジーを壊してみたくなるが、大人としての節度を持って慎んだ。
「そのうち本人達に会えるだろう。数年に一度、貿易の事や国境に関しての取り決めでランドールと会談がある」
「そうなのですか? それは楽しみです」
エレオノーラが喜ぶのを見ると、ルートヴィッヒは穏やかな気持ちになった。自分達には自分達のリズムがある。周りが何か言って来たら自分が彼女を守れば良い。
「エルの元気そうな顔を見られて良かった。そろそろ仕事に戻る」
「はい、お忙しい中どうもありがとうございました」
いつものように背伸びをして頬にキスしようとすると、ルートヴィッヒも屈んで来てエレオノーラにキスをした。
お互いの唇が少しだけ離れて「また夕食の時に」と告げると、もう一度エレオノーラに軽いキスをして部屋を去った。
エレオノーラはしばらく唇に手を当てたまま固まってしまう。
ルートヴィッヒはいつもキリッとしていて禁欲的な清潔感すら感じるのに、キスした直後にはその声や瞳に甘さが宿る。
それがいつも不思議で、恋しているわけでも無いのに何故かドキドキした。
ルートヴィッヒはやや不機嫌になりながら宰相のマルクに答えた。
「ご結婚されたのですから、次はお世継ぎをと期待されるのが侯爵家を継いだ方の順当な順序だと思います故、僭越ながらお話させていただきました」
父の代から宰相を務める今年六十を迎えたマルクは、ルートヴィッヒにとってタイプは違うがオズワルドと並ぶ程に扱い難い人物だ。
「マルク、エレオノーラはまだクルゼに着いたばかりだ。それに男にほぼ免疫がない。いきなり抱けば夫である俺に恐怖心を抱いてしまうかもしれない。そうなったら世継ぎも何も無い」
「とは言え名門ファンデンベルク侯爵家のお嬢様ですから、貴族間の婚姻とはどう言ったものかをご存知のはずです」
「そうかも知れんが……」
「エレオノーラ様が恐怖心を抱かぬよう、ルートヴィッヒ様が、少しずつ手取り足取り教えて差し上げてはいかがですか? もうご結婚から2ヶ月も経っておりますが、お二人の間に夫婦生活が無いので皆、気を揉んでおります」
「マルク……俺はお前の希望通り結婚をした。その先の事はしばらくそっとしておいてくれ。この話はもう終わりだ。エレオノーラの様子を見てくる」
「──かしこまりました」
ルートヴィッヒはいつもより大股で廊下を歩きながらエレオノーラの部屋に向かった。
日中はいつも読書をしたり、刺繍や編み物をしている。
「エル、体調はどうだ?」
部屋の窓辺の小さな丸机で読書をしていたエレオノーラはルートヴィッヒの声に顔を上げた。
薄紫色の繊細な造りのデイドレスはエレオノーラのブロンドと碧い瞳によく映えている。
「お陰様でとても体調が良いです。ルートヴィッヒ様はお疲れではありませんか?」
エレオノーラはリボンの付いた栞を本に挟む。
「最近はデスクワークばかりですっかり身体が鈍っている。それだけこの領土も平和だと言うことだから、文句は無いが」
エレオノーラの向かいの椅子に座るルートヴィッヒ。
「クルゼや周辺の町が平和なのはルートヴィッヒ様のお陰ですね」
「いや、そんな事はない。ランドールの国王がアーサーに代わったお陰だ。前王は有能ではあったが、領土拡大の野望が強く無茶な戦をする事もあった。あいつは無駄な血を流すことを好まない」
「ランドールの国王陛下をご存知なのですか?」
「アーサーの母親はランドールの前王に目を付けられて、4番目の側室になった。それが俺の叔母に当たる人だった。前王は側室も沢山居たので、色々煩わしい事も多かっただろう」
「そんなことがあったのですね……勉強不足でした」
「そんなことは無い。あまり大っぴらにしている話でもないしな。まぁ何はともあれ、アーサーのお陰で平和な日々が訪れた。単にあいつが王妃にぞっこんで牙を抜かれただけかもしれんが」
「ふふふ、麗しいランドールの国王陛下と美しいリューシャ様のロマンスは全世界の女の子の憧れですものね」
心なしかうっとりした声になるエレオノーラ。
「──エルはああいう男も好みなのか?」
「ち、違います! 一般的なお話ですわ。それに私はお話を伺っただけで、国王陛下もリューシャ様もお目に掛かったことはございませんっ」
「そんなにむきになると逆に怪しいが、そう言う事にしておこう」
赤面してまで否定するエレオノーラに苦笑するルートヴィッヒ。
「姉達が昔、話していたのです。とても素敵な国王陛下が夢見るように美しい舞姫の方と恋をしたと言うお話を。それで幼心にどんな方達なのだろうと想像していただけです」
「あいつの愚行が随分と美談にされているのだな──」
ボソッと呟くルートヴィッヒ。
事の経緯を知っている身としては、幼い頃のエレオノーラのファンタジーを壊してみたくなるが、大人としての節度を持って慎んだ。
「そのうち本人達に会えるだろう。数年に一度、貿易の事や国境に関しての取り決めでランドールと会談がある」
「そうなのですか? それは楽しみです」
エレオノーラが喜ぶのを見ると、ルートヴィッヒは穏やかな気持ちになった。自分達には自分達のリズムがある。周りが何か言って来たら自分が彼女を守れば良い。
「エルの元気そうな顔を見られて良かった。そろそろ仕事に戻る」
「はい、お忙しい中どうもありがとうございました」
いつものように背伸びをして頬にキスしようとすると、ルートヴィッヒも屈んで来てエレオノーラにキスをした。
お互いの唇が少しだけ離れて「また夕食の時に」と告げると、もう一度エレオノーラに軽いキスをして部屋を去った。
エレオノーラはしばらく唇に手を当てたまま固まってしまう。
ルートヴィッヒはいつもキリッとしていて禁欲的な清潔感すら感じるのに、キスした直後にはその声や瞳に甘さが宿る。
それがいつも不思議で、恋しているわけでも無いのに何故かドキドキした。
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