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第一章

13、煮え切らない心の落とし穴

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「エル、準備できたか?」
「はい、ただいま参ります」

朝食を終えて身支度の仕上げが終わった頃、ルートヴィッヒがエレオノーラの部屋まで迎えに来た。

「とても、お美しいです……」

昨日の真っ白なフロックコートを纏ったルートヴィッヒも美しかったけれど、今日は濃紺の軍服を着ていて、それが銀髪とヴァイオレットの瞳によく映えた。
(フランツも、軍隊ではこんな服装なのかしら……って、結婚式の翌日になんて事を考えているの!! ルートヴィッヒ様にもフランツにも失礼だわ)

「エルの方が綺麗だ」

妻が反省しているなど露知らずルートヴィッヒはこちらへ歩みを進めると、エレオノーラの手を取った。

「そろそろ行こう」

「はい」

エレオノーラはルートヴィッヒの腕に手を絡ませた。
軍服の上からでも分かる程に鍛え上げられて引き締まった腕の感触はエレオノーラにとって慣れないものだったけれど、安心感を与えてくれた。



王宮には何度か来たことがあったけれど、国王に直接謁見するのは初めてだった。

いくつもの廊下を曲がり、たどり着いた部屋の扉は王の使う部屋にしては少し質実剛健過ぎる感じがする。

「いかにもな扉だと襲われやすいからだ」

「そうなのですね」

エレオノーラの疑問を読み取ったルートヴィッヒが手短に教えてくれる。

「陛下、ルートヴィッヒ•フェルデン辺境伯がご到着です」

衛兵の一人がほぼ叫び声に近い声量で告げると中から扉がノックする音が聞こえた。

(びっくりした、いきなりあんなにあんな大声を上げるなんて……)

初めての事ばかりで動揺するエレオノーラの横に居た衛兵の一人が扉を開いてくれる。

「入りなさい。今日はよく来てくれた」

初老の威厳に満ちた国王ベルンハルト•フォン•モルゲンシュタイン。
幼い頃に何度か遠くから拝見した事はあったけれど、その頃は髭のおじさん、という印象しかなかった。
今は全身から滲み出る荘厳なオーラに圧倒されるばかりだ。

「エレオノーラ•フェルデン辺境伯夫人です。本日は国王陛下にお目にかかれて光栄です」

今までの中で一番緊張したカーテシーに国王がにっこりとしてくれたので少し落ち着く。

「昨日の今日で疲れているのに呼び出してすまなかったね。昨日はセレモニーに出られなかったから、都を出る前に一度会っておきたかったんだ。二人とも、ご結婚おめでとう。」

「陛下、温かいお言葉どうもありがとうございます。まだまだ未熟な二人ですが、少しずつ夫婦としても成長していけたらと思っています」

ルートヴィッヒの言葉に、エレオノーラも隣でお辞儀をした。

緊張が少しずつほぐれてくると、そこで初めて、謁見の間の様な所に呼ばれるものと思っていたが、そこがおそらく王のプライベートな書斎なのだと気付く。
そして、王の左後ろに控えていたオズワルド•シーモア公爵の事もようやく目に入った。

(やっぱりルートヴィッヒ様はシーモア公爵からフランツの事を聞いたんだわ。普段はこちらの聞きたいことは教えてくれないのに、余計なことは言うのねっ!)

思わずシーモア公爵を睨むと、エレオノーラの殺気なんて子猫の威嚇位に思っているのか、それとも気付いていないのか、

「エレオノーラ様、お久しぶりです。ルートヴィッヒも元気そうだね。ご結婚おめでとうございます」

と美声で呑気に挨拶をする。

(やっぱり何を考えてるのかよく分からなくて不気味だわ、シーモア公爵は……)



多分時間にしたら三分にも満たなかった国王との謁見に、その日一日分の集中力を使ってしまった気がした。

「エル、大丈夫か? 少し顔色が悪いが……」

「大丈夫です、緊張し過ぎて少し呼吸が浅くなっていたのだと思います。」

「ここの廊下の突き当たりに僕の執務室があるから、少し休んでいくといいよ」

エレオノーラ達と一緒に退室したシーモア公爵が部屋へと案内してくれた。

「何かさっぱりできる飲み物でも持ってきてもらおう」

エレオノーラはソファーに座ってしばらくボーッとしてしまう。

その間もルートヴィッヒとシーモア公爵は旧知の仲なのか、色々な話題について取り留めもなく話している。

トントンとノックする音がして、「お飲み物をお持ちしました」と声がした。

エレオノーラはその声に耳を疑った。

(そんな、まさか……)

エレオノーラが死ぬ程恋い焦がれて、でももう二度と会えないと絶望したフランツ•ノイマイヤー。

部屋に入ってきたフランツは漆黒の髪も、漆黒の瞳も、慣れ親しんだ声も何も変わっていない。

でもそのグレーの軍服を着た身体はエレオノーラの知っているフランツよりもずっとたくましく、精悍な顔付きだった。


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