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第一章
12、ドレスと食欲と二人きりの夜
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結婚式と言えばウェディングドレス。
そして新婚と言えば初夜。
(初夜っ──!!)
エレオノーラはルートヴィッヒとお見合いをした当初こそうっすらとは考えていたものの、二ヶ月で準備しなくてはいけなかった結婚式の凄まじい段取りや式のリハーサルなどに一杯一杯で、初夜の事はすっかり意識の彼方に追いやられていた。
それが今、式の後の宴も終わり、メイド達に念入りにお風呂上がりのスキンケアと薄化粧を施され、ルートヴィッヒが王都に所有している屋敷の豪勢なベッドの上にちょこんと座っていると、聞きかじった閨でのあんな事やこんな事を思い出してパンクしそうになる。
あとどの位でルートヴィッヒはやって来るのだろうか。
エレオノーラも二人の姉がいるため、これから起こる事について少しは知っているつもりだ。
けれど二人とも言うことが全然違うので、どっちを参考にするべきか全くわからない。
(でも、やったことの無い事で積極的に行動するなんて無理だわ。まして、今までの感じで行くとルートヴィッヒ様は経験豊富そうだもの。と言うことは、ツェツィーリアじゃなくて、エミーリアお姉様みたいに男性にまずは任せる方が良いわね)
うんうん、と一人頭を振っていると、カチャリとドアが開いた。
ルートヴィッヒがお盆を持ちながら夫婦の寝室に入ってくる。
「エル、大丈夫か? ノックをしても返答がないから開けたが」
「すみません、考え事をしていたもので……」
「エルは常に考えているな。良いことだ。ご褒美という訳ではないが、リンゴ酒と軽くつまめそうな物をいくつか持ってきた」
ソファーの前のローテーブルに置かれたそれを見ると、さっきまで自分では気付いていなかった空腹が襲ってきた。
「今日は一日中重いドレスや過密なスケジュールのせいでろくに食べれなかっただろう。少しは食べておいた方が良い。明日の午後から10日も馬車に乗るのだからな」
「ありがとうございます、ルートヴィッヒ様」
エレオノーラはルートヴィッヒの方へ行こうとして、自分が何とも心許ない夜着だった事を思い出した。
慌ててベッドの脇の椅子に掛けていたガウンを羽織り、ルートヴィッヒの隣に座る。
暖かなグラタンとサンドイッチは空腹のエレオノーラを優しく満たしてくれる。
「ルートヴィッヒ様は召し上がらないのですか?」
「あぁ、エルには申し訳ないが、俺は朝、昼、晩としっかり食べた。空腹では有事の時に対処出来ないからな」
「有事ですか?」
「例えば今日、大聖堂には沢山の要人が居た。何か企てるのには絶好のチャンスだ。しかも二ヶ月前からこの日の事は決まっていたから犯罪の計画も立てやすい」
自分は式の準備だけで一杯一杯で、挙げ句の果てに今は初夜の事だけでパニックになっていたのに、ルートヴィッヒはそんなにも色々と考えていたのだと思うと、少し恥ずかしかった。
「ルートヴィッヒ様が私を子供扱いするのがなんとなく分かりました……」
リンゴ酒の入ったグラスを傾けながら、ルートヴィッヒの方を見ると、ポカンとした顔をしている。
「俺が初日以来キスすらしなかった事を言っているのか? それなら安心しろ、エルは十分魅力的だ。ただ明日からの旅路を考えると今日はしないのが賢明だと思っただけの事だ」
「そ、そんな事じゃありません! 私は何も周りの事など見えずに、結婚式の自分の準備だけで頭が一杯になって、セキュリティーの事を全然考えてもみなかったからです!!」
「エルのその時々出る、鼻っ柱の強そうな所は嫌いじゃない。セキュリティーに関しては職業病の様なものだ。国境に生まれ育つと、そんなことばかり考えるようになる」
自嘲するルートヴィッヒは自分のグラスに蒸留酒を注いだ。
「私、鼻っ柱が強そうですか……?」
これでも大分お淑やかにしてるつもりなんだけどな、と思いながら夫を見つめる。
「見掛けは霞でも食べて生きている天使みたいだが、中身は結構破天荒なんじゃないか? でもそれが良い。人形の様な妻ではつまらん」
ルートヴィッヒはクックッと喉の奥で笑った。
「食べ終わったら休もう。明日はまず陛下にお目に掛かって、それを終えたら出発だ」
ルートヴィッヒはお盆をドアの外の兵士に渡すとすぐに部屋に戻って来て、ベッドに入ったエレオノーラの横に並んだ。
「お休みなさい、ルートヴィッヒ様」
「お休み、よく休め。今日は一段と美しかった」
エレオノーラの額にキスを落とすとルートヴィッヒは横になり目蓋を閉じた。
「あり……がとうございます……」
可愛いだとか、綺麗だとか、普段言われ慣れているはずのエレオノーラなのに、何故か照れくさかった。
「ルートヴィッヒ様も、とてもお美しかったです」
エレオノーラがそう告げると、瞳を閉じたまま、無言で少しだけ微笑んだ。
(綺麗な睫毛……全部綺麗だけど……と言うか、男性に綺麗って失礼だったかしら……)
さっきまであんなに緊張していたのに、今は安らかな気持ちだった。
(ルートヴィッヒ様となら幸せに暮らしていけるかもしれない)
そんな予感がエレオノーラの胸に芽生えるも、今日一日の疲れが押し寄せてきて、あっという間に睡魔の波に呑み込まれた。
そして新婚と言えば初夜。
(初夜っ──!!)
エレオノーラはルートヴィッヒとお見合いをした当初こそうっすらとは考えていたものの、二ヶ月で準備しなくてはいけなかった結婚式の凄まじい段取りや式のリハーサルなどに一杯一杯で、初夜の事はすっかり意識の彼方に追いやられていた。
それが今、式の後の宴も終わり、メイド達に念入りにお風呂上がりのスキンケアと薄化粧を施され、ルートヴィッヒが王都に所有している屋敷の豪勢なベッドの上にちょこんと座っていると、聞きかじった閨でのあんな事やこんな事を思い出してパンクしそうになる。
あとどの位でルートヴィッヒはやって来るのだろうか。
エレオノーラも二人の姉がいるため、これから起こる事について少しは知っているつもりだ。
けれど二人とも言うことが全然違うので、どっちを参考にするべきか全くわからない。
(でも、やったことの無い事で積極的に行動するなんて無理だわ。まして、今までの感じで行くとルートヴィッヒ様は経験豊富そうだもの。と言うことは、ツェツィーリアじゃなくて、エミーリアお姉様みたいに男性にまずは任せる方が良いわね)
うんうん、と一人頭を振っていると、カチャリとドアが開いた。
ルートヴィッヒがお盆を持ちながら夫婦の寝室に入ってくる。
「エル、大丈夫か? ノックをしても返答がないから開けたが」
「すみません、考え事をしていたもので……」
「エルは常に考えているな。良いことだ。ご褒美という訳ではないが、リンゴ酒と軽くつまめそうな物をいくつか持ってきた」
ソファーの前のローテーブルに置かれたそれを見ると、さっきまで自分では気付いていなかった空腹が襲ってきた。
「今日は一日中重いドレスや過密なスケジュールのせいでろくに食べれなかっただろう。少しは食べておいた方が良い。明日の午後から10日も馬車に乗るのだからな」
「ありがとうございます、ルートヴィッヒ様」
エレオノーラはルートヴィッヒの方へ行こうとして、自分が何とも心許ない夜着だった事を思い出した。
慌ててベッドの脇の椅子に掛けていたガウンを羽織り、ルートヴィッヒの隣に座る。
暖かなグラタンとサンドイッチは空腹のエレオノーラを優しく満たしてくれる。
「ルートヴィッヒ様は召し上がらないのですか?」
「あぁ、エルには申し訳ないが、俺は朝、昼、晩としっかり食べた。空腹では有事の時に対処出来ないからな」
「有事ですか?」
「例えば今日、大聖堂には沢山の要人が居た。何か企てるのには絶好のチャンスだ。しかも二ヶ月前からこの日の事は決まっていたから犯罪の計画も立てやすい」
自分は式の準備だけで一杯一杯で、挙げ句の果てに今は初夜の事だけでパニックになっていたのに、ルートヴィッヒはそんなにも色々と考えていたのだと思うと、少し恥ずかしかった。
「ルートヴィッヒ様が私を子供扱いするのがなんとなく分かりました……」
リンゴ酒の入ったグラスを傾けながら、ルートヴィッヒの方を見ると、ポカンとした顔をしている。
「俺が初日以来キスすらしなかった事を言っているのか? それなら安心しろ、エルは十分魅力的だ。ただ明日からの旅路を考えると今日はしないのが賢明だと思っただけの事だ」
「そ、そんな事じゃありません! 私は何も周りの事など見えずに、結婚式の自分の準備だけで頭が一杯になって、セキュリティーの事を全然考えてもみなかったからです!!」
「エルのその時々出る、鼻っ柱の強そうな所は嫌いじゃない。セキュリティーに関しては職業病の様なものだ。国境に生まれ育つと、そんなことばかり考えるようになる」
自嘲するルートヴィッヒは自分のグラスに蒸留酒を注いだ。
「私、鼻っ柱が強そうですか……?」
これでも大分お淑やかにしてるつもりなんだけどな、と思いながら夫を見つめる。
「見掛けは霞でも食べて生きている天使みたいだが、中身は結構破天荒なんじゃないか? でもそれが良い。人形の様な妻ではつまらん」
ルートヴィッヒはクックッと喉の奥で笑った。
「食べ終わったら休もう。明日はまず陛下にお目に掛かって、それを終えたら出発だ」
ルートヴィッヒはお盆をドアの外の兵士に渡すとすぐに部屋に戻って来て、ベッドに入ったエレオノーラの横に並んだ。
「お休みなさい、ルートヴィッヒ様」
「お休み、よく休め。今日は一段と美しかった」
エレオノーラの額にキスを落とすとルートヴィッヒは横になり目蓋を閉じた。
「あり……がとうございます……」
可愛いだとか、綺麗だとか、普段言われ慣れているはずのエレオノーラなのに、何故か照れくさかった。
「ルートヴィッヒ様も、とてもお美しかったです」
エレオノーラがそう告げると、瞳を閉じたまま、無言で少しだけ微笑んだ。
(綺麗な睫毛……全部綺麗だけど……と言うか、男性に綺麗って失礼だったかしら……)
さっきまであんなに緊張していたのに、今は安らかな気持ちだった。
(ルートヴィッヒ様となら幸せに暮らしていけるかもしれない)
そんな予感がエレオノーラの胸に芽生えるも、今日一日の疲れが押し寄せてきて、あっという間に睡魔の波に呑み込まれた。
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