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第一章

4、揺らぐ関係、固まる決意

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起こしても起きないエレオノーラが目を覚ましたのはいつもの起床時間より少し早い六時半だった。

「ん……おはよう、フランツ」

エレオノーラは寝具でぐるぐるに巻かれた自分の姿に驚きながらもフランツに笑顔を向ける。

「おはようございます、エレオノーラ様」

隣で身なりを整え絶望的な気持ちでその時を待っていたフランツは、せめてエレオノーラが元気そうで少しホッとする。

「昨夜は事もあろうか主であるエレオノーラ様に蛮行をはたらき、誠に申し訳ございませんでした。後一時間程で侯爵様が御起床されますので、お目通り出来るか伺い、己の万死に値する行いを即刻裁いて頂き、この命を持って償わせて頂きます」

「ちょ、ちょっと待ってフランツ、悪いのは私だし、貴方が思うような事は何も無かったのよ!!」

フランツが死をも覚悟していると分かって、エレオノーラは今さら自分の愚行に気付く。

「ですが、エレオノーラ様は何もお召しにならずに私の隣にいらっしゃいましたし、シーツには少量の血液が……」

「それは昨日、貴方に食べさせた林檎に睡眠薬と媚薬を染み込ませたからなの……貴方が私を寝ぼけながら襲ってくれるかなって思って……夜中に部屋に入って誘惑しようとしたんだけど、無意識のまま私を頑なに拒んだから、悔しくてシーツに血の跡を付けたの。そうすればフランツが責任を取って結婚するって言ってくれると思ったから……本当にごめんなさい」

大粒の涙を滲ませながら、泣くのを必死で堪えているエレオノーラはなんて悩ましいのだろう。

フランツは散々な目に遭わされたのに、そんな事は忘れエレオノーラに見入ってしまう。

「この時間に貴方の部屋から私が出れば、噂が立ってしまうわ。誰も居ない時を見計らってここを出て、私からお父様に本当の事を話します」

廊下にはきっともう、仕事を開始した使用人がいるだろう。

「エレオノーラ様、もしそれが本当の事なら、貴方がわざわざ侯爵様にお話をなさる必要はありません」

そう言ってエレオノーラに戸棚から出した自分のシャツを一枚出すと、肩に掛けた。

「失礼致します」

エレオノーラがフランツのシャツを着ている間に自室に鍵を掛け直し、服を着終えたエレオノーラの膝裏に腕を入れて、その羽のように軽い身体を抱き上げると、本棚から一冊の本を引き抜く。

そして本棚をずらすと、現れた扉を解錠し、内側から再び本棚を元の位置に戻した。

「隠し通路……?」

「はい、有事の際にはエレオノーラ様のお部屋に駆けつけられるよう、設計されています」

フランツはこの期に及んでエレオノーラの身体の柔らかさに気を取られる自分を呪いながら、どうにか彼女を部屋まで送り届けた。

「それでは、失礼致します」

「待ってフランツ! …………ううん、やっぱり何でも無いわ……ごめんなさい……」

即座に踵を返すフランツに再び詫びるエレオノーラ。

「いいえ、エレオノーラ様は何も悪くありません。全ては私のせいです。失礼致します」

フランツは再び同じ経路で自室に戻った。



エレオノーラの純潔は奪わずに済んだ。彼女の未来を左右しかねない最悪の事態は免れたと言う事だが、薬を盛られていたとは言え、天使の様に汚れの無いエレオノーラの胸を野蛮に揉んでしまった上に、あろうことかしゃぶりついてしまった。

(一生消えない、許されない罪だ)




その日の午後、侯爵に用事のあったシーモア公爵が、帰りにフランツの所へ寄った。

「エレオノーラ様はまだ御結婚なさっていないけれど、もう立派な大人の女性だ。屋敷の警備も見たところ万全だし、そう易々と誘拐はされないだろう。ここら辺で君も騎士団に来ない?」

男のフランツでも見とれる程の美貌で微笑まれる。

「どうもありがとうございます。侯爵様にお伺いを立てないといけませんが、前向きに検討させて頂きます」

「そう、それは良かった。色良い返事を期待しているよ。君ならきっと騎士団での出世も望めるはずだ」

シーモア公爵は自分の事のように喜んで微笑んだ。

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