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第一章

2、不誠実な果実と珍しい紅茶

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フランツは自分の事を別に女たらしでも無ければ、聖人君子でも無いと思っていて、十六で初めて女性を知ってからは、悪目立ちしない程度に人並みに経験を重ねた。

あまりギスギスしていない娘なら良くて、特に好みは無かったし、後腐れも無い、割り切った関係を求めるような子が多かった。

だから髪の色も瞳の色も気にした事なんて無かったのだ。

それなのに、あの雨の日以来、街を歩いていて金髪の子を見掛けるとエレオノーラを思い出してしまうし、その子が青い目だったりすると、(エレオノーラ様の瞳の方が綺麗だ)なんて思ってしまう。

そんな事だから、もう金髪で青い目の子はやめようと固く誓った。



「ねえフランツ、いつになったら私と結婚してくれる?」

「いつまでも不可能な事でございます、エレオノーラ様」

「じゃあ私と林檎を食べてくれる?」

「いえ、出来かね──はい、それは可能でございます。」

また結婚の事かと思って反射的に答えかけると、今度は随分簡単なお願いだった。

エレオノーラが自分で林檎を準備すると言い張るので、その危なっかしい手付きに肝を冷やしながらもじっと見守る。

「はい、どうぞ、フランツ」

「ありがとうございます」

いつもは丸ごと齧りついて食べる林檎をフォークとナイフで食べるのは何とも妙だったが、エレオノーラがわざわざ剥いてくれた林檎なので、黙々と食べた。

「美味しい?」

「はい、とても美味しいです、エレオノーラ様」

心配そうだったエレオノーラはフランツの言葉に安堵して笑顔を浮かべると、自分も食べ始めた。

(随分小さい一口だ)

フランツはエレオノーラの小さな赤い唇に飲み込まれて行く林檎を眺めて思う。

「フランツ、どうしたの? もっと林檎が食べたい?」

エレオノーラがフランツの方を何の疑いも淀みもない透き通った瞳で見てくる。

「いえ、そう言う訳では──」

フランツはまたしても彼女に見惚れてしまった自分を戒めた。

「紅茶も飲んでね。これはエマがくれた西の大陸の珍しい紅茶なの」

フランツは普段水か酒位しか飲まないが、エレオノーラのお茶にたまに付き合うことがあった。
毎回フルーツや花の香りのするお茶を淹れてくれるが、正直フランツには違いもわからないし、美味しいのかどうかも判断しかねるものだった。

けれどエレオノーラが毎度期待した目で見てくるので、「とても美味しいです」と言った。
すると彼女はなんとも言えず幸せそうな顔をした。




その日もいつも通りエレオノーラが夕食を終え寝室に入るタイミングで、女性の騎士と護衛を交代し、自室に戻った。

簡素な引き出しからペンとインク、羊皮紙を取り出す。

明日、侯爵様に辞職を願い出よう。

このまま自分がここに居ては、エレオノーラはいつまでも嫁に行きたがらないかもしれない。

それに、エレオノーラにあの日以来何度も邪な思い抱いてしまった自分に彼女を護衛する資格はもう無い。

エレオノーラの自分に対する感情は、錯覚だ。誘拐されかけて不安と恐怖のピークにある時に自分が助けに行ったことで、恋心と思い込んでしまったのだろう。

退職願いを書き終え、夜着に着替えていると、突如身体が異常に火照り出した。

「なん……だ……これ……」

フランツは何とか意識を保とうとするも、どうする事も出来ず、ベッドに倒れ込んだ。




    
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