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第一章

1、動揺は2秒だけ

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ファンデンベルク侯爵家の美人三姉妹と言えば、このヒルデガルドの街で知らぬ者は居ない。

上からエミーリア、ツェツィーリア、そして末っ子のエレオノーラ。

中でも最年少のエレオノーラは小さい頃から天使の生まれ変わりと謳われる程の美少女だった。

抜けるように白い肌、艶のある長い蜂蜜色の髪と、見る者を惹き付けて止まないターコイズブルーの瞳、紅を引いたような血色の良い鮮やかな唇。

そんな彼女の護衛を務めるのは、エレオノーラの七つ上のフランツ・ノイマイヤー。
代々ファンデンベルク侯爵家に使える騎士の家系の次男で、当時七つだったエレオノーラが誘拐未遂に遭い、それを助けてから十年、ずっと護衛を任されている。

フランツは十八歳の時に、負傷した兄の代わりに剣術の大会に出場して見事優勝し、王立騎士団からの入団を打診されるが、エレオノーラが誘拐未遂に遭ってからと言うもの、家族とフランツ以外にはほとんど口を利かなくなってしまい、心配した侯爵夫妻がフランツに泣きついて、エレオノーラの護衛として引き続き働くことになった。

剣術の大会で優勝した後は、黒髪に深い漆黒の瞳が端正で硬派だと騒がれ、街ではフランツのファンクラブが密かに結成される程だった。


フランツは王立の騎士団に行ってみたい気持ちが少なからずあったが、それと同じ位に侯爵家への忠誠心もあったし、まだ小さかったエレオノーラが不憫でもあった。

それにシーモア公爵から、「エレオノーラ様がご結婚なされば君の役目は終わる。お美しい方だ、あと数年もすれば求婚者が殺到する。それから陛下の騎士団に来てくれても遅くはない。君ならいつでも大歓迎だ」と言葉を掛けてもらっていた。



エレオノーラは周りに人が居ると口数が少なかったが、フランツとはよく話した。

そしてエレオノーラがフランツに決まって聞くのは「フランツは私と結婚するんだよね?」だった。

七歳の時から日課の様に繰り返される質問に対するフランツの答えは一度も違わない。

「エレオノーラ様、それは出来かねます」

フランツがそう答えると、エレオノーラは途端に不機嫌になって黙り込む。

小さい頃は、フランツの返事に泣き出してしまう事もあった。
それが何とも可哀想で、エレオノーラを笑顔にする為に「結婚しましょう」と言ってあげたくなる事も度々あった。

年頃になってもエレオノーラは相変わらず天使の様に可愛らしく、そのあどけなさは大きなターコイズブルーの瞳や、笑顔の中に健在だった。

こんなに可愛らしい容姿のままなのは、悪く言えばまだ女性として成熟していないと言う事なのだから、日々繰り返されるエレオノーラの幼いプロポーズ攻撃も、仕方がないとフランツは諦めていた。


そんなフランツの考えが根底から覆されてしまう事が起こったのは、エレオノーラが十七になったばかりのある日、日頃からあまり外に出たがらない彼女を、それではあまりに不健康だと庭に連れ出した四月の事だった。

しばらく庭を散歩していると、その日は穏やかな晴天だったのに急な通り雨が来て、フランツは急いでエレオノーラをガゼボの下へと案内した。

少し濡れてしまったエレオノーラに詫びながら自分のジャケットを脱いで肩に掛けようとしたその瞬間、背中と手の平に汗を感じる程に動揺した。

可愛らしい天使だと思っていたエレオノーラに真正面から触れられる程に近付くと、雨に濡れたふくよかな胸元も、自分のジャケットでは、ずれ落ちてしまいそうな程華奢な肩も、林檎の様に赤くふっくらとした唇も、自分を見つめる潤んだターコイズの瞳も、その美しい髪から漂う女性らしい香りも、その全てがフランツの情欲を掻き立てた。

フランツはほんの一瞬だが本能的に凝視してしまったエレオノーラの胸元から目を逸らし、その肩に掛けたジャケットのボタンを一つ留めた。

その出来事は多分二秒にも満たない位に短い時間だったに違いない。

フランツは突然湧き上がった劣情をエレオノーラに気付かれなかったか内心ヒヤヒヤしたが、何とかいつも通りのポーカーフェイスで押し通した。

そしてその日を境に、フランツは金髪で青い瞳の娘を抱けなくなってしまった。


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