待ちぼうけ男爵令嬢の初恋は終了しました

2、立ち位置と距離感は難しい

ウィリアムとの再会に驚いたものの、なんとかその日一日のメイドとしての仕事を終えて自室に戻ったクリスティーナは、思わずベッドに突っ伏した。
相部屋のカミーユはまだ戻って来ていない。
クリスティーナと違って社交的な彼女は、夜遅くに部屋に帰ってくる事も少なくなかった。

(まさかこんな所でウィルに会うなんて……ついてない……)

名前を呼ばれて一目見ただけで心を持っていかれてしまった。
出くわしてしまったのが自分の仕事中で良かった。仕事のモードの時の自分なら、取り乱してもそれが態度に出ることはそれ程ないはずだ。
もし休息日に城下町でばったり再会していたら、もっと激しく動揺してしまっただろう。

翌日の朝礼で、昨日の一度の訪問で帰るはずだったウィリアムの予定が変わり、この屋敷に一週間程滞在する事になったと執事から報告があった。
「コーンウェル侯爵様、素敵な方よねぇ、あんなにいい男はなかなかお目に掛かれないわね」
クリスティーナと同室のカミーユが目をキラキラさせて話すのに、あまりテンションが低いのもおかしいと思い、
「そうね、とても素敵な方だったわね」
と答えた。

クリスティーナは元々、掃除と料理の手伝いでこの屋敷に雇わていたが、メイド長にその真面目さと美貌を買われて、客人がある時は、給仕の仕事を任されるようになった。

クリスティーナが奉公しているフィルスタール侯爵は、見かけこそ恰幅も人柄も良い好々爺と言った風貌だが、農地に向かず長い間荒れ果てていたアーレンの土地と治安を、工業と物流によって栄えさせた国でも有数の切れ者だ。
他人の懐に入るのが上手く、コネを作るのも利用するのも達者だった。
そんな侯爵の元に何故ウィリアムが面会に来ていたのか疑問はあったけれど、クリスティーナはそれどころではなかった。

男性の客人がここへ来ると大抵クリスティーナが給仕に回される。
今回も例外ではなかった。
フィルスタール侯爵は、何もクリスティーナに身体で客人をどうこうしろと言うのではないが、なるべくなら滞在中に客人にいい気分で過ごして欲しいと思っているようだった。実際クリスティーナも誘いを受けることがしばしばあった。
けれどその度に「結婚していますので」と断った。
全員ではないが、高位の自分が"メイドごとき"に袖にされるのを我慢できないと思う貴族も少なくないので、"貴方に惹かれてはいますが既婚なので"と言う体テイにするのが一番角が立ち難い。
その為に偽の結婚指輪まで着けていた。