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第2章 【side 皇祐】

35.二人の葛藤

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 自宅に戻れば、部屋の明かりが点いていた。敦貴が来ているのだ。
 皇祐は、勢いよく扉を開けて、名前を叫ぶように呼んだ。

「敦貴!」
「あれ? コウちゃん、おかえり。早かったね」

 エプロンをした敦貴が、ほくほく顔で皇祐を出迎えた。何か料理を作っていたのだろう。美味しそうな香りが、玄関まで漂っていた。
 だけど、何ごともなかったようなその様子が余計に皇祐を苛立たせる。

「お金を支払ったって本当なのか?」

 玄関から上がり、敦貴に詰め寄れば、急にばつの悪い顔をする。

「えっと、借金の話、だよね? うん、300万でいいって言われたから、振り込んだけど」
「何、勝手なことしてるんだ!」

 こんなにも大きな声を出したのは、初めてだったかもしれない。
 怒鳴りながら、彼の腕を引っ張った。バランスを崩した敦貴は、皇祐の方に身体が傾く。遠くにあった敦貴の顔が、自分のところに近づいた。その瞬間、ぐっと睨んだせいで、怯えるように瞳を潤ませる。

「だって、このままだったら、コウちゃん……仕事辞められないと思って……」
「僕の借金だ、敦貴には関係ないだろ!」

 そこまで言えば、今度は敦貴の方が面白くなさそうにむっとした表情をした。

「なんで、話が戻っちゃうの? オレも手伝うって言ったじゃん。指輪受け取ってくれたのは、オッケーしてくれったってことじゃないの?」

 指輪のことを言われ、かっと身体が熱くなった。
 結婚はできないけれど、彼と一緒に生きていくことを決めた。それを意味するもの。
 途端に、勢いをなくしてしまう。

「だからって……僕に黙って、支払うことないだろ。それに、そんな簡単にお金を振り込んだりして、騙されていたらどうするつもりだった?」

 諭すように言えば、敦貴は両手を頬にあて、顔を真っ青にさせた。

「もしかしてコウちゃん、店辞められなかったの? 仕事続けないとダメなの? お金足りないから?」

 ショックを受けたらしく、その場に崩れ落ちるように、しゃがみ込んでしまった。

「おい、敦貴!」
「ごめん……コウちゃん……」

 顔を両手で隠しながら涙声を出すので、皇祐は慌てた。

「あ、いや、店は辞めてもいいって言われた」
「本当? 良かったー」

 顔を上げた敦貴は、鼻を啜りながら、ほっとしたように安堵の表情を浮かべた。だけど、やっぱり皇祐は腑に落ちなかった。

「良くない……」
「なんで、良くないの? やっぱりお店辞めたくなかったの?」
「そうじゃない。敦貴が勝手にやったから、怒ってるんだ」
「それは謝るよ。でも、これで、コウちゃん自由になれるでしょ?」

 敦貴は、皇祐のために考えて動いたのだろう。そのことは充分にわかっていた。だけど、相談もなしに進めたというのは、彼に信用されていないような気がして寂しかったのだ。

 この何ともいえない気持ちが、苦しくて辛くて、自分でも整理つけられなかった。
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