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【回想】処刑の日の彼ら

2、いずこへ

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 メアリは思わず固まることになった。

(な、何を言われたのでしょう……?)

 理解が及ぶ前にキシオンは動いた。
 従者に淡々と頷きを見せる。

「じゃ、うん。手伝って差し上げて」

 何を?
 などと疑問に思っているとだった。
 キシオンはスタスタと扉へ歩み始めた。

(え?)

 これまた何故だった。
 彼は何故いきなり立ち去ろうとしているのか?
 思わず呼び止めるための声が出かかったが、その直前だ。
 彼は「あ」などと声を上げて振り返った。

「あ、そうです。その人、彼じゃなくて彼女ですので。そこはご安心下さい」

 何故とも思えず「え?」だった。
 咄嗟に従者を見つめることになる。
 柔和な青年にしか見えないその従者は、優しげな笑みを返してきた。

「そうなります。心配であれば、証明させていただきましょうか?」

「しょ、証明? い、いえあの、それは……あ」

 扉が閉まる音が響けば、キシオンが去ったことに気づいたのだった。
 混乱の極みにあったが、メアリの意識は手の内の指輪に向くことになる。
 
(ま、まだ指輪が……)

 そんなことを呆然と思っているとだ。
 従者は再びの笑みを見せてきた。

「ご安心を。あの方は扉の前に待っておられますので。さ、お早く。こちらにお着替えの方を」

 彼……いや、彼女は手に麻袋を持っていた。
 それが開かれれば、出てきたのは彼女が着ているものと似た男装だ。

 もはや頭が回らなかった。

(……えーと?)

 軽く頭を押さえることになるが、キシオンが待っているという言葉が効いた。
 とにかく指輪をはめ直し、彼女の指示に従う。
 助けを借りて、髪を軽く結い上げた上で帽子をかぶる。
 男装もまた当然着込む。
 すると、彼女は「終わりました」と声を上げた。
 それは扉へと向けられたものであり、すぐに扉は動きを見せた。

「あぁ、ありがとう」

 そう応じながら、キシオンは再び部屋に入ってきた。
 
 よく分からないが、とにかく会えた。
 そんな喜びもあったが、それと同じぐらいに疑問の思いを抱くことになった。
 彼は1人では無かったのだ。
 今度は従者を2人連れていた。
 その彼らは、ちょうど人の大きさもありそうな麻袋を2人がかりで運んでおり……

「き、キシオン?」

 思わず疑問の声を上げる。
 だが、彼は応えなかった。
 男装の従者へと目配せをする。

「それじゃ、予定通りに」

「かしこまりました」

 男装の従者が「こちらへ」とメアリを扉に手招きしてきた。
 まったくもって良く分からないが、これもキシオンの意思らしいのだ。
 とにかく従う。
 牢を出れば、地下から上がる。
 どうやら、今は早朝のようだった。
 久しぶりの日差しに目を細めることになり、そして今日何度目になることか。
 メアリは大きく首をかしげる。

(日の光を浴びるとすれば、その時の話だと思っていたのですが……)

 処刑場へと運ばれる日。
 つまり処刑の日だ。
 屋外に出るのは、その時だと思っていた。

 法務卿であるキシオンの先導を受け、多くの衛兵に囲まれて。
 そんな状況でのことになると予想していた。
 しかし、これである。
 妙な男装に着替えさせられ、先導はこれまた奇妙な男装の従者。

「……あ、あのー?」

 疑問を解消したくなったのだ。
 よって男装の従者に声を上げたのだが、その彼女はニコリとして唇の前に人差し指を立てて見せてきた。

「声音で露見ろけんする危険性があります。ご当主のためにも、口を開くのはしばらくお控えを」

 ご当主とはもちろんキシオンのことだろう。
 彼のためと言われると、メアリは慌てて頷かざるを得なかった。
 ただ、疑念はもちろん解消されず、さらには彼女の発言からはさらなる疑念を得ることになった。

(露見する危険性……?)

 その言葉の意味は何なのか?
 メアリは理解しようと頭を働かせようとして、結局止めた。

 もはや、霧がかかったような状況だったのだ。
 分からないことだらけで、頭がまったく働いていない。

 とにもかくにも、現状はキシオンの意思があってのものに違いなかった。
 メアリは彼を信じることにした。
 彼を信じ、彼の指示を受けているらしい従者を信じることにした。

 先導に従う。

 静けさの中を歩けば城門へ。
 目つきは隠せずとも、男装とあれば違うらしい。
 多くの貴族や侍女とすれ違ったが、誰もメアリをメアリとは気づかない。
 あれだけ顔を会わせてきた城門の衛兵であっても同様だ。
 何事も無く、王宮を後にすることになる。

(しかし、やはり処刑場というわけでは……)

 無いようだった。

 処刑となれば、城下の広場においての絞首刑というのがブラント王国の伝統だ。
 だが、メアリが歩いているのは貴族街だった。
 諸侯の屋敷の間を進むことになっている。

 常識的に考えれば、目的はどこかのお屋敷だろうか。

 察して案の定だ。
 従者は通りに面した屋敷の1つに足を踏み入れた。

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