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エピローグ
1、エミル・ブラントと母のその後
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メアリの処刑。
それを受ければさすがにだった。
第2王女、エミル・ブラント。
彼女の浪費にまみれた生活も大きく変化を……ということは、まるで無かった。
「きゃー、素敵! これも良いなぁ。あ、あれも良い!」
王宮の応接間である。
そこで御用商人を相手にすれば歓声を上げているのだった。
それは隣の彼女も同じだ。
エミルの母である。
彼女は年齢にふさわしくない無邪気さで、広い机一杯に広げられた宝飾品に「わぁ!」と目を輝かせている。
これが彼女たちにとっての日常なのだ。
王家の女性として、出来る限りの贅沢を尽くす。
それが彼女たちにとっての日常であり常識なのだ。
よって、メアリが処刑された程度でそれが収まることなどありえなかった。
そして、彼女たちは無邪気であれば考えていなかった。
メアリが処刑されたことでどうなるのか?
自分たちの浪費の責任が、一体どこに向かうことになるのか?
「あー、楽しかった!」
浪費の時間が終わった。
エミルが満足を叫ぶと、母はゆったりとした笑みで頷く。
「本当にねぇ。良い物が一杯買えたわね?」
「うん! 明日も来るんだよね? 次は何が買えるかなぁ」
和やかに2人は笑みを交わす。
この幸せはきっといつまでも続くはず。
そう確信しての2人の笑みだった。
だが、
「し、失礼っ!!」
ノックの音もなく飛び込んでくる者があった。
初老の男性だ。
エミルは思わず腰を上げてにらみつける。
「な、なに!? 淑女の部屋になんて無礼な……っ!!」
「そ、それどころではございません! 第3備蓄庫を開いたのです! 諸侯からの要請があり、第3備蓄庫を開いたのです!」
男性の叫びに、エミルは首をかしげることになる。
隣では母も同じだった。
彼女らは政治になど興味などは無い。
先日のことなど頭から綺麗に消え去っていた。
「第3備蓄庫? なにそれ?」
エミルが疑問を口にすると、男性──王宮の高官は叫び声を上げた。
「な、なにそれではございません! 空だったのです! 空であり、貴方がたの侍従が開いていたということで……これはどういうことなのですか!?」
エミルは思い出した。
第3備蓄庫の存在を思い出し、彼の必死の叫びの理由にも思い至った。
中の小麦を商人に払い下げて、それで父親に怒られたその後だ。
エミルは侍従に命じたのだ。
父が小麦を補填すれば、またそれを換金しておけと。
土民どもへの備えなど必要で無ければそれで良いと。
エミルは高官に苦笑を見せる。
「ふふ、やだもう。その程度のことでそんな大騒ぎしなくても……」
「そ、その程度!? 何がその程度なのですか? 国民の命が脅かされることのどこがその程度だと!?」
エミルは面倒臭くなった。
どうにも価値観が違えば、言葉が通じる気配が無い。
よって、次善策だった。
こういった時の常套手段が彼女にはある。
エミルはニコリと高官にほほ笑みかける。
「そうね、ごめんなさい。でも、仕方がなかったの。お姉様がね? あの悪女がそうしろって言うから私たちは仕方なく……」
そこまで言いかけてだった。
彼女は気づいた。
(あ、そう言えば……)
10日ほど前に、その姉はどうなったのか?
一方で、彼はもちろん承知していた。
高官は剣呑に目を細める。
「……以前から怪しいとは思っておりました。貴女がたの暮らしぶりはいくらなんでも華やかに過ぎると」
これは悪い流れである。
首をかしげるだけの母とは違い、彼女にはそれが理解出来る程度の知性はあった。
エミルは慌てて首を左右にする。
「ち、違うのっ! お姉様なの! お姉様が手伝ったお礼だって色々無理やり……!」
「その悪女殿の暮らしぶりはいかがでしたか!? 当人が承知もすれば、私もあの方を憎んでおりましたが……エミル様、それに王妃殿下。覚悟はされておくことですな」
そうして彼は立ち去っていった。
その静けさの中、首をかしげたままの母がポツリと呟く。
「そう言えば、いないのね」
どうやらそういうことらしい。
エミルは呆然と頷きを見せた。
それを受ければさすがにだった。
第2王女、エミル・ブラント。
彼女の浪費にまみれた生活も大きく変化を……ということは、まるで無かった。
「きゃー、素敵! これも良いなぁ。あ、あれも良い!」
王宮の応接間である。
そこで御用商人を相手にすれば歓声を上げているのだった。
それは隣の彼女も同じだ。
エミルの母である。
彼女は年齢にふさわしくない無邪気さで、広い机一杯に広げられた宝飾品に「わぁ!」と目を輝かせている。
これが彼女たちにとっての日常なのだ。
王家の女性として、出来る限りの贅沢を尽くす。
それが彼女たちにとっての日常であり常識なのだ。
よって、メアリが処刑された程度でそれが収まることなどありえなかった。
そして、彼女たちは無邪気であれば考えていなかった。
メアリが処刑されたことでどうなるのか?
自分たちの浪費の責任が、一体どこに向かうことになるのか?
「あー、楽しかった!」
浪費の時間が終わった。
エミルが満足を叫ぶと、母はゆったりとした笑みで頷く。
「本当にねぇ。良い物が一杯買えたわね?」
「うん! 明日も来るんだよね? 次は何が買えるかなぁ」
和やかに2人は笑みを交わす。
この幸せはきっといつまでも続くはず。
そう確信しての2人の笑みだった。
だが、
「し、失礼っ!!」
ノックの音もなく飛び込んでくる者があった。
初老の男性だ。
エミルは思わず腰を上げてにらみつける。
「な、なに!? 淑女の部屋になんて無礼な……っ!!」
「そ、それどころではございません! 第3備蓄庫を開いたのです! 諸侯からの要請があり、第3備蓄庫を開いたのです!」
男性の叫びに、エミルは首をかしげることになる。
隣では母も同じだった。
彼女らは政治になど興味などは無い。
先日のことなど頭から綺麗に消え去っていた。
「第3備蓄庫? なにそれ?」
エミルが疑問を口にすると、男性──王宮の高官は叫び声を上げた。
「な、なにそれではございません! 空だったのです! 空であり、貴方がたの侍従が開いていたということで……これはどういうことなのですか!?」
エミルは思い出した。
第3備蓄庫の存在を思い出し、彼の必死の叫びの理由にも思い至った。
中の小麦を商人に払い下げて、それで父親に怒られたその後だ。
エミルは侍従に命じたのだ。
父が小麦を補填すれば、またそれを換金しておけと。
土民どもへの備えなど必要で無ければそれで良いと。
エミルは高官に苦笑を見せる。
「ふふ、やだもう。その程度のことでそんな大騒ぎしなくても……」
「そ、その程度!? 何がその程度なのですか? 国民の命が脅かされることのどこがその程度だと!?」
エミルは面倒臭くなった。
どうにも価値観が違えば、言葉が通じる気配が無い。
よって、次善策だった。
こういった時の常套手段が彼女にはある。
エミルはニコリと高官にほほ笑みかける。
「そうね、ごめんなさい。でも、仕方がなかったの。お姉様がね? あの悪女がそうしろって言うから私たちは仕方なく……」
そこまで言いかけてだった。
彼女は気づいた。
(あ、そう言えば……)
10日ほど前に、その姉はどうなったのか?
一方で、彼はもちろん承知していた。
高官は剣呑に目を細める。
「……以前から怪しいとは思っておりました。貴女がたの暮らしぶりはいくらなんでも華やかに過ぎると」
これは悪い流れである。
首をかしげるだけの母とは違い、彼女にはそれが理解出来る程度の知性はあった。
エミルは慌てて首を左右にする。
「ち、違うのっ! お姉様なの! お姉様が手伝ったお礼だって色々無理やり……!」
「その悪女殿の暮らしぶりはいかがでしたか!? 当人が承知もすれば、私もあの方を憎んでおりましたが……エミル様、それに王妃殿下。覚悟はされておくことですな」
そうして彼は立ち去っていった。
その静けさの中、首をかしげたままの母がポツリと呟く。
「そう言えば、いないのね」
どうやらそういうことらしい。
エミルは呆然と頷きを見せた。
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