上 下
4 / 29

4、かつての友人

しおりを挟む
 約束だとメアリは信じていた。

 斜陽が差し込む寝室にて、メアリは寝台に背を預けている。
 視線は自らの左手にある。
 胸の前に掲げた左手、その人差し指を見つめている。
 そこでは銀色の細い指輪が、赤らんだ視界の中で暗く光っていた。

(……元気にされているのでしょうか?)

 ほほ笑みと共にメアリはかつてを思い出していた。
 
 メアリには友人など1人もいない。
 悪女であり、常の見張りもある。
 出来ようも無ければ、作りようも無い。

 だが、かつては違った。
 それは10年以上前のこと。
 王家からの悪行の押し付けが、今よりもはるかに他愛なかった頃だ。
 メアリには大事な友人がいた。

『へぇ、君も相当目つき悪いな』

 もう10も前になるはずだった。
 メアリが記憶する限りではお茶会の席だ。
 そんな妙なことを言って、近づいてきた少年がいたのだ。

 言葉通り妙に目つきの悪い少年だったが、彼はキシオンと名乗った。
 キシオン・シュラネス。
 学者の家系であり、代々法務卿を担ってきたヘルベール公爵家、その嫡男だった。

 不思議と仲良くなることになった。
 目つきの悪い陰気な少女のどこが良かったのか?
 その点はかつてからの謎ではあるが、とにかくキシオンはメアリを気に入ったようだった。
 メアリもまた彼を好いていた。
 多少繊細さに欠けるところはあっても、彼はその実優しく暖かかった。

 この指輪は彼の物だった。
 出会いから5年ほど経ったある日だ。
 メアリは彼からこれを受け取ることになった。

 きっかけは、父親の悪行の押し付けが一線を超えたことにある。

 ボタンが外れた。
 私的な手紙の返信が遅れた。

 メアリが14になるまでは、押し付けられる悪行は精々その程度のものだった。
 だが、唐突に一線を超える日がやってきた。
 
『この件はお前が妨害していたことにしろ』

 そう国王に告げられたが、この件とは家臣の領地の境界をめぐるいさかいだった。

 よくある話であるが仲裁の難しい話でもあった。
 なにせ領地なのだ。
 先祖伝来にしろ与えられたものにしろ、たいがいの諸侯にとって命にも代えがたいのが領地というものだ。
 よって、仲裁もそう簡単にはいかないのだが、それを国王が面倒臭がったことで悲劇は起きてしまった。
 
 敵対心が膨らんだ結果の武力衝突。
 数十人の死傷者を出す結果に至った。

 もちろん、国王がその責任を問われることになったのだが、そこで彼は考えたらしかった。

 ボタンのように、また手紙のように。
 この件も同様に処理出来るのではないか?
 
 彼はメアリに求めてきた。

 お前の介入があったことにしろ。
 家臣の争い風情でなんで王家がわずらわらされる必要があるのか?
 そんな思いがあって、国王にまで話が届かないように細工をしたことにしろ、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

私が消えた後のこと

藍田ひびき
恋愛
 クレヴァリー伯爵令嬢シャーロットが失踪した。  シャーロットが受け取るべき遺産と爵位を手中にしたい叔父、浮気をしていた婚約者、彼女を虐めていた従妹。  彼らは自らの欲望を満たすべく、シャーロットの不在を利用しようとする。それが破滅への道とも知らずに……。 ※ 6/3 後日談を追加しました。 ※ 6/2 誤字修正しました。ご指摘ありがとうございました。 ※ なろうにも投稿しています。

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

【完結】復讐は計画的に~不貞の子を身籠った彼女と殿下の子を身籠った私

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
公爵令嬢であるミリアは、スイッチ国王太子であるウィリアムズ殿下と婚約していた。 10年に及ぶ王太子妃教育も終え、学園卒業と同時に結婚予定であったが、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されてしまう。 婚約者の彼の隣にいたのは、同じ公爵令嬢であるマーガレット様。 その場で、マーガレット様との婚約と、マーガレット様が懐妊したことが公表される。 それだけでも驚くミリアだったが、追い討ちをかけるように不貞の疑いまでかけられてしまいーーーー? 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

処理中です...