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3、賢い少年

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「そう。アルミス侯爵であるレフ家の方だったの」

 よく耳にする家名であれば、詳しいところも多少は理解していた。
 
 血筋としては王家から遠く、家格は公爵家と称されるような諸家には劣る。
 一方で、豊かな領地を持てば、良港も領内に持つ。
 現実的な実力であれば、このシュリナ国内においても10本の指に入る名家と言えるだろう。

 そのレフ家には一人息子がいたと聞いていたが、どうやら彼がそうらしい。
 クレインは「はい」と肯定の声を上げてきた。

「そう呼ばれていたと記憶しています。そして、貴女は?」

「え?」

「まだ貴女のお名前をおうかがいしてはいませんが」

 そう言えばそうだったろうか。
 エメルダは彼に苦笑を返す。

「問うばかりじゃ非礼だったわね。私はエメルダ。エメルダ・シェリルと申します」

 クレインにならって、礼儀良く応える。
 その上で観察するのだった。
 エメルダの名に、彼はどんな反応を見せるのか。

 クレインは「あぁ」と声を上げた。

「存じております。確か、悪女殿だったでしょうか?」

 夜会に参加することもあれば、当然自身の悪名について知っていたらしい。
 しかし、それにしてもだった。

「……ふふ。随分とあっさり口にしてきたわね?」

 苦笑を浮かべることにもなる。
 子供らしいと言えばそれまでだが、さすがに王女なのだ。
 こうも率直に悪女呼ばわりされたことは初めてだった。

 しかし、やはり賢い子であるのだろうか。
 クレインはわずかに眉をひそめてくる。

「……あの、失礼しました」
 
 反応から無礼だったと判断したらしい。
 ただ、エメルダは苦笑のままで首を左右にする。

「いいわよ。私については、そんな話しか聞いていないでしょうし」

 であれば、やはり子供なのだ。
 思わず口をついて出てしまうのは仕方ない話ではあるが……

「ねぇ、どう思う?」

 笑顔での問いかけに、クレインは無表情に首をかしげてきた。

「えー、どうとは?」

「私について。君も私は悪女だって思う?」

 たわれむれの問いかけだった。
 
 はたして、この理屈っぽい妙な少年は自身についてどう思っているのか?
 ふと気になれば尋ねてみたくなったのだ。

 難しい問いかけだったのかどうか。
 クレインは額に小さくシワを寄せた。

「……父上はそうおっしゃっていました」

「へぇ、レフ家の当主殿はそう?」

「はい。貴女を人の幸せを妬めば、それを妨害することしか出来ない人だと」

 なかなかの罵倒だが、平均的な貴族社会の自身への評価だとも言えた。
 ヘルミナは頷きを返す。

「そっか。それで、貴方も父上と同じってことかしら?」

 そういった流れだと思ったのだ。
 しかし、意外なことになる。
 クレインは淡々と首を左右にしてきた。

「いえ。それは父上のご意見ですから」

「じゃあ貴方は違うの?」

「分かりません」

「分からない?」

「はい。私は、貴女について何も知りませんので。だから、分からないとしか言えません」

 エメルダはわずかに目を見張ることになった。
 
(……大人ぶってひねくれているわけじゃなさそうね)

 親の意見であっても、それに唯々諾々いいだくだくと従うことは無い。
 自分の得た見識の範囲において、自分の意見を得ようとしている。

「……貴方、よく賢い子だって言われない?」

 思わず問いかければ、クレインは再び首を左右にしてきた。

「言われません。お父上からは、いつもグズグズしていて歯がゆいとはよく言われます」

「あはは、なるほど。まぁ、ご両親が求める賢さとは違うのかもね。でも、うん。私は君は賢い子だと思うわよ?」

 そうして賛辞を送れば、エメルダは目を丸くすることになった。
 賢くとも、感情の薄い子だとは思っていた。
 だが、そういうわけでも無いらしい。
 クレインは嬉しそうに笑みを浮べれば小さく頭を下げてきた。
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