上 下
4 / 29

3、糾弾の場

しおりを挟む
 実際のところ、アザリアは混乱はしたものの、悲観はまったくしていなかった。
 
 きっと、大した話では無いのだ。

 状況の裏にある人物は分かっていた。
 あの男──間違いなく、レド・レマウスがその当人だ。

 大方、レドが今までになく王家に迫ったに違いなかった。
 アザリアを偽物の聖女であるとして処分するようにと。
 レドのケルロー公爵家は、スザン有数の大家であり、王家とも近縁に当たる。
 多少、顔を立てる必要があっただけのことだろう。
 アザリアには今後のことが手に取るように分かった。
 全ては形式的だ。
 アザリアは一応のこと王宮で身の潔白を証言する。結果、当然のこととして王家はアザリアを無実だと認める。

 そうに違いなかった。
 まさか王家が……婚約者である王子が、自身を偽物だと疑うはずなど無いのだ。

 よって、緊張感はあっても、アザリアには余裕もあった。

「……ふふん。ようやくだな。ようやく、貴殿の偽りが糾弾きゅうだんされる時が来たか」

 案の定である。
 引き立てられた先の玉座の間にはレドもいた。
 その軽薄な笑みには、確かに怒りは禁じえなかった。
 だが、あの男の表情は最後には失望なり、絶望に変わるのだ。
  
 アザリアは余裕をもって正面を向く。
 一段高い場所にある玉座、その前にである。
 そこには、レドなどとは比べものにはならない重要な人物が立っている。

 すらりとした長身で、その立ち姿だけで生まれの高貴さを察せて余りある青年。
 ハルート・スザン。
 スザン王国の第一王子であり、アザリアにとっては敬愛すべき婚約者である。

 アザリアは少なからず残念な気持ちにさせられた。
 彼との久しぶりの対面が、このような形になってしまったためだ。
 いつもであれば、彼は優美な笑みをアザリアに向けてくれるのだ。
 しかし、今日は違う。
 一応のこと、糾弾の舞台だからということだろう。
 彼は極めて険しい表情をしており、それを向けられることには悲しさもあった。

 しかし、全ては茶番。
 すぐに彼と笑顔で語らえる時間はやってくる。  

 アザリアが見つめる中、ハルートは重々しく口を開いた。

「……今日の召還の理由が何なのか? もちろん聞いてはいような?」

 アザリアは気負いも無く頷く。

「はい。聞き及んでおります」

「ならば無駄に言葉を費やす必要も無い。テラルフォのアザリア。聖女をかたり、王家をあざむいた蛮行。死罪だ。死をもってその罪をあがなうがいい」

 アザリアはしばし待つことになった。
 
 ハルートの底冷えするような嫌悪の表情を見つめながらに待つ。
 これで終わりのはずは無かった。
 すぐに彼は苦笑を浮かべるだろう。
 悪い冗談だったと軽く頭を下げた上で、アザリアが偽物であるはずが無いと力強く断言してくれるだろう。
 
 そうに違いなかった。
 彼は再び口を開く。

「弁解をするつもりは無いということか? 話が早くて結構だ。衛兵っ! その女を刑場に……」

「で、殿下っ!?」

 待ち続けるのはもう無理だった。
 アザリアは、ハルートに何とか作り上げた笑みを向ける。

「ご冗談もほどほどにお願いします。私が偽物? 死罪? どうされたのですか? 殿下の日常の言動とは思えませんが……」

 疲れていた。
 気が立っていた。
 とにかく何でも良かった。
 何かしらの理由により、彼は妙な言動をしているに違いなかった。 
 
 信じて、笑みのままでハルートを見つめる。
 彼は「ふん」と不快そうに鼻を鳴らした。

「冗談だと? 王家を欺いた大罪人めが、ふざけたことを……もういい。衛兵、連れていけ」

 衛兵に腕をつかまれ、アザリアは呆然の最中で理解した。

(殿下は……)

 何も冗談を言ってはいない。
 アザリアが偽物の聖女であり、死罪に値するのだと信じきっている。

「で、殿下っ!? おかしいです! 殿下ほどの方が、何故そんな与太話よたばなしをお信じに……!?」

 前のめりになって叫ぶ。
 ハルートは眉間にしわを寄せた。

「与太話だと? 与太話は貴様の存在そのものであろうに。全て分かっているのだぞ。貴様の悪事については、信頼の置ける筋から密告があった。言い逃れは出来ん」

 密告。
 その言葉に、アザリアは思わず視線を動かした。
 向かう先は、レド・マシウスだ。
 彼は変わらずにやけ面で立っているが、間違いなかった。
 その信頼の置ける筋とやらが一体誰であるのか。

「何故、そんな男の言葉などを……」

 アザリアは悲痛の思いでハルートを見つめることになった。
 悲しくもあり、悔しかった。
 何故、ハルートには自分の言葉では無く、レドなどの言葉が響いてしまっているのか。

 声を枯らして何故と叫びたかった。
 しかし、ハルートの現状だ。
 何があったのかは分からないが、彼の表情にはアザリアへの情などまったく無い。
 
「……へ、陛下は? 陛下はいらっしゃらないのですか!?」

 説得が絶望的だと思え、咄嗟に口を突いて出た言葉がそれだった。

 陛下はもちろんハルートの父であるが、彼は間違いなく自身の味方のはずだった。
 アザリアを見込んで、ハルートの婚約者としたのも彼である。
 必ず、自分の言葉を信じてもらえると思えた。

 ハルートは忌々しげに目を細める。

「陛下か? 我が父なら、今は病床に伏せているがな」

「……え?」

「貴様が偽物であるとの報告を受けてのことだ。ふん。偽物どころか、とんだ疫病神だな」

 アザリアが呆然としていると、ハルートは燃えるような憎悪の目つきを向けてくる。

「貴様のような女が婚約者であったとは、我が身の一生の恥だ。牢で悔恨する時間もあると思うな。即刻刑場に引き立て、その首ねてくれる」

 一体この状況は何なのか?
 分からずとも、アザリアには一つ分かることはあった。
 それは、自身には味方になってくれる者は一人としていないということだ。

「いや、殿下。即刻の処刑というのは正直いかがかと思いますが」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄!?なんですって??その後ろでほくそ笑む女をナデてやりたい位には感謝してる!

まと
恋愛
私、イヴリンは第一王子に婚約破棄された。 笑ってはダメ、喜んでは駄目なのよイヴリン! でも後ろでほくそ笑むあなたは私の救世主!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

貴方の杖、直します。ただし、有料です。

椎茸
恋愛
魔法学園を出て、何とか杖修復士の仕事に就けたユミル・アッシャー。 しかし、国最強の魔法使い、レイン・オズモンドの活躍のせいで職場をクビになってしまう。 首都で新たな仕事を見つけられるのか、生まれ故郷である田舎に帰るしかないのか。悩んでいた矢先に、ユミルのもとにレインの杖の修復依頼が舞い込んで来て、ユミルの人生は転機を迎える。

ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)

青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。 父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。 断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。 ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。 慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。 お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが この小説は、同じ世界観で 1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について 2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら 3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。 全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。 続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。 本来は、章として区切るべきだったとは、思います。 コンテンツを分けずに章として連載することにしました。

捨てられ辺境伯令嬢の、幸せマイホーム計画~成金の娘と蔑まれていましたが、理想の騎士様に求婚されました~

古銀貨
恋愛
「リリー・アルシェ嬢。たいへん申し訳ないが、君との婚約は今日をもって破棄とさせてもらう」 はあ、まあ、いいですけど。あなたのお家の借金については、いかがするおつもりですか?侯爵令息様。 私は知りませんよ~~~ ド田舎の辺境伯ながら資産家であるデッケン伯の令嬢、リリー・アルシェは、おととい婚約が成立したばかりの容姿端麗な侯爵令息から、“本当に愛する人と結婚したいから”という理由で大勢の紳士淑女が集まるガーデンパーティーの真っ最中に婚約破棄された。 もともと贅沢な生活による借金に苦しむ侯爵家から持ち掛けられた縁談に、調子のいい父が家柄目当てに飛びついただけの婚約だったから別にいいのだが、わざわざ大勢の前で破棄宣言されるのは腹立つわ~。 おまけに令息が選んだ美貌の男爵令嬢は派手で色っぽくて、地味で痩せててパッとしない外見の自分を嫌い、ポイ捨てしたのは明白。 これじゃしばらく、上流貴族の間で私は笑い者ね……なんて落ち込んでいたら、突然現れた背の高い騎士様が、リリーに求婚してきた!!? パッと見は地味だけど聡明で優しい辺境伯令嬢と、救国の英雄と誉れ高い竜騎士の、求婚から始まる純愛物語。 世間知らずの田舎娘ではありますが、せっかく理想の男性と出会えたので、彼のお家改造計画と手料理もがんばります! ※騎士が戦場で活躍していた関係で、途中ややグロテスクな表現も出てきますのでR15指定かけております、苦手な方はご注意ください。 【1/26完結いたしました】おまけのお話に拙作「転生したら悪役令嬢を断罪・婚約破棄して後でザマァされる乗り換え王子だったので、バッドエンド回避のため田舎貴族の令嬢に求婚してみた」のキャラクターが登場しております。 そちら読んでいなくとも大丈夫なストーリーですが、良かったら目を通してみてくださいませ。

護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜

ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。 がんばれ。 …テンプレ聖女モノです。

冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ
恋愛
セシリアは王女でありながら離宮に隔離されている。 父以外の家族にはいないものとして扱われ、唯一顔を見せる妹には好き放題言われて馬鹿にされている。 そんな中、公爵家の子息から求婚され、幸せになれると思ったのも束の間――それを知った妹に相手を奪われてしまう。 今までの鬱憤が爆発したセシリアは、自国での幸せを諦めて、凶帝と恐れられる隣国の皇帝に嫁ぐことを決意する。 自分に正直に生きることを決めたセシリアは、思いがけず隣国で才能が開花する。 一方、セシリアがいなくなった国では様々な異変が起こり始めて……

処理中です...