わがままなキス

アオ

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 桜の父親が慌てて帰って来た。

 その後を、秘書の田中が追ってきた。
 
 荷物を家政婦さんが受けとりながら不思議そうな顔をしていた。

 それもそのはずいつも帰りが遅く、

 昼過ぎに帰ってくることなんかなかった。

 「どうされたんですか?」

 「今から町田グループの副社長がうちに来る」




 町田グループ?

 たしか、うちとは比べ物にならないくらいの大企業だけど、

 父の会社は国内食品メーカー。

 だけど、町田グループはマチダフィルムという名が世界的に有名で

 映画を見ると必ずと言っていいほどその名がエンドロールにあがってくる。

 父の会社が国内で有名といえど、格が違う。

 

 「どうしてそんなところが?」

 「何でも大事な話があるという。しかも桜、お前も一緒に話を聞くように

 言ってきたんだ。

 桜、町田グループの知り合いなんかいつできたんだ?

 どんな関係なんだ?」

 父親の言葉に桜は大きく驚いた。

 「まさか・・・・・。知り合いなんて・・・・」

 「パーティーとか会ったことがあるんじゃないか?」

 桜は記憶力が悪いほうではない。

 むしろ名前と顔はすぐに覚え、どんな仕事をしているのか何が好きで

 嫌いなのか細かいところまで記憶しそれをうまく会話に混ぜて盛り上げるという

 能力があった。


 「いえ。私は記憶にないですけど」

 「そうか、じゃあ何でお前も同席させるんだろうか・・・」

 「社長」

 後ろから秘書が声をかける。

 耳元で何かを告げると桜の父は部屋にいた桜と母親に向かい、

 「お客が来たそうだ。二人ともきてくれ」

 と、静かに告げた。

 緊張していることがその声でわかった桜は、息を吸った。



 
 桜の家の応接間は大きな窓があり、光が強く入り込んでいる。

 先に案内されている客は奥のソファーに座っておりちょうど桜からは

 逆光になって表情が見えなかった。

 「お待たせしました」

 父親の声に合わせて深くお辞儀をする。
 
 そして頭を上げ顔をまじまじと見て思わず息が詰まった。

 




     優。




 桜はどうしようもないくらいに会いたかったというのをようやく気がついた。

 
 優の顔を見ただけで自分の中にこんなにもうれしいという感情があふれ出てきたことはない。
 


 たった数時間しか一緒にいなかったのにどうしてこんなに優に会いたかったのか。

 どうしてこんなにもうれしいのか。

 



 

 彼の唇の感触が今でも鮮明に覚えている。

 やさしく触れたその手も。

 柔らかいその笑顔も。

 

 何もかもが桜の心の支えになっていたという事実を

 優の顔を見てようやく気がついた。


 


 優は動けない桜を黙って見ていた。

 そして両親を見ると立ち上がった。

 「はじめまして。町田 優といいます。

 急な訪問を許していただきたい」

 頭を下げた優に両親は慌てて止める。

 「そんな、頭を上げてください。

 それよりも町田グループの方がどうして

 わが社に?」

 ソファーに座るように進めながら父親は尋ねた。

 「本日伺ったのは町田グループとしてではなく

 町田 優個人として来ました」

 硬い表情で優は答えた。

 優の言葉に両親は顔を見合わせる。

 個人での付き合いが全くなかったため、余計分けがわからなかった。

 しかし桜はどきどきしていた。

 自分の身の置き所がないくらいにどきどきして

 優を見ることが出来なかった。

 そして優の言葉で心臓が止まりそうになった。




 「桜さんの結婚を取りやめていただきたい」

 
 

 

 優の言葉に一同が固まった。

 誰も何も言葉も出ない。

 桜は優の視線が怖くて俯いたままだった。

 「桜さんとは個人的な付き合いがあります。

 今回の結婚について彼女から聞いています。

 僕なりになにか力になればと数日仕事を返上して

 御社のことを失礼ですが調べさせていただきました。

 ようやく糸口が見えてきたので急いでこちらに来たのですが、

 まさか来週結婚式とは・・・」

 


 個人的な付き合い?

 

 その言葉にビックリして桜は顔を上げたが、

 どんどん信じられない言葉が続き口があんぐりと開いてしまった。

 その顔をちらりと確認し少しだけにやりとしながらも

 優は言葉を続けた。

 「今回の結婚は会社のためならば会社さえ立ち直れば取りやめてもらえますか?」

 桜と同じくビックリして言葉も出なかった父親がようやく優の言葉が頭に入ってきた。

 「ちょ、ちょっとお待ちください。うちの桜と個人的にお付き合いあったのですか?」

 「はい」

 にっこりと笑ったその顔は営業用のスマイルだったが

 桜は倒れそうにどきどきしていた。

 「しかし、桜は町田グループの方とは知り合いはいないと・・。」

 「それは一個人として付き合いたく彼女には自分の素性を明かしてなかったのです。

 だから今回も町田グループの人間としてではなく町田優個人として伺ったのです」

 優は今まで信用できる人間にしか自分の素性を明かしてこなかった。

 そのほうが自由でいられたし、

 町田グループの名前が出ることで明らかに態度が変わってしまうのをあまりにも見すぎていた。

 「自分の仕事は戦略系コンサルティングをやっておりまして

  一応海外経験もあります。御社の経営について調べ

 プランも練ってきました。これなら持ち直すことも可能かと思います」

 優はローテーブルの上に資料を広げた。
 
 父親は資料を手にし中身を確認し始めた。

 時折、驚きの表情を浮かべ秘書に話しかけている。

 「それから・・・・桜さんの結婚相手の乾社長のことですが、

 脱税、女性問題、パワハラ問題いろいろと抱えてらっしゃるみたいで。

 そちらのことも調べた内容すべて資料に一緒にしております」

 

 

 脱税?

 女性問題?

 あまりにも自分からかけ離れた話で桜は声も出なかった。

 


 ここまで話し、優は最後ににっこりと笑った。

 「これで桜さんの結婚を取りやめていただけますか?」



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