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新しい生活 02

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 セオドアに自分の部屋まで送り届けてもらったメルヴィナは、ソファに座り込むと深く息をついた。
 すると、トレイを手にした侍女がやってきて、目の前に湯気を立てるカップを置いた。

「お帰りなさい、メル様。紅茶です。お疲れが取れるように、少しだけ蜂蜜を垂らして甘くしておきました」
「ありがとう、エリカ」

 メルヴィナはカップを手に取ると口を付けた。確かに彼女の言う通り、蜂蜜の香りと甘さがほのかに付いている。

 エリカは、セオドアがメルヴィナに付けてくれた専属の侍女レディースメイドだ。
 彼女は綺麗に一礼すると、一旦鏡台に移動する。
 何をするのかと見ていると、鏡台の引き出しから櫛を取り出して戻ってきた。

「今日は大聖堂からニコラス猊下が来られる日でしたよね? おぐしを整えさせて頂きますね」

 エリカはそう告げると、その場に屈んで、散歩とボート遊びで乱れた髪の手直しを始めた。

 ――アンブローズ侯爵家での生活は至れり尽くせりだ。
 メルヴィナはティーカップに口を付けながら室内を見回した。

 ここは、魂の抜けたメルヴィナが眠っていた部屋だ。そこをそのまま自室として使わせてもらっている。
 何もかもが最高級品で整えられた室内に、メルヴィナだけにかしずく専属の侍女。

 ここで生まれ育った父や、祖国を追われる前はお嬢様暮しをしていた母はすぐに屋敷での生活に慣れたようだが、メルヴィナはまだ馴染めない。分不相応に感じ、息苦しさを覚えてしまう。

 しかし、だからといってニューゲートでに戻りたいとも思えなかった。
 あそこにいると、嫌でも婚約者と幼馴染みの裏切りの事を考えてしまう。

 ――結局、グレアムとジュリアは、メルヴィナが自殺を図った後、罪悪感に襲われたのか破局したそうだ。

 婚約の解消を申し出てきた時、グレアムはメルヴィナや両親に対して、『駆け落ちも考えている』と宣言してきた。それなのに呆気ないものである。

 グレアムは町に居辛くなったのか、会計事務所を辞め、ニューゲートから姿を消したらしい。

 そして、ジュリアは『親友の婚約者を寝取った』という悪評が立ち、屋敷に引きこもっていると聞いた。

 彼女の父が経営する縫製工場も苦境に立たされているようだ。
 セオドアが特別何かをした訳ではないようなのだが、ジュリアが揉めた相手がアンブローズ侯爵家の縁者だと広まって、いくつかの取引先が手を引いたらしい。

(当てつけに首を吊った効果はあったという事かしら……)

 メルヴィナは、意地の悪い気持ちが湧き上がるのを自覚して、苦笑いを浮かべた。
 しかし思い直す。こちらは自殺を図るくらい傷付いたのだ。これくらいの感情を抱いても許されるのではないだろうか。



「できましたよ、メル様。鏡をご覧になりますか?」

 エリカに声を掛けられ、メルヴィナは現実に引き戻された。

「……そうね」

 メルヴィナは返事をすると、席を立って鏡台の前へと移動した。すると、エリカが鏡台を開けてくれる。

 鏡に映る自分は、自殺を図る前に比べるとまだ肉付きが戻っておらず、化粧と服装でなんとか普通に見えるように誤魔化している状態だ。

 ただでさえ豊かとは言い難かったのに、更に貧相になってしまった胸元を見ると悲しくなってくる。

「随分凝った髪型にしてくれたのね」

 いつの間にやら髪の毛は、複雑な形に結い直されていた。
 メルヴィナは、髪を崩さないように気を付けながら、そっと指先で触れた。

「折角の機会ですから」

 髪を弄るのが好きなエリカはニコニコとしている。
 まだ万全ではない体は疲れやすく、横になる事も多いので、普段はシンプルにまとめてもらっているのだが、彼女はそれが若干不満らしい。

(今日来られるのは猊下だから、そんなに気合を入れなくても良かったんだけど……)

 ニコラスがやってくるのは、メルヴィナの魂の状態の観察と、いつも携帯している護符の交換の為だ。
 ハイランディア教団の最高司祭が定期的に訪問してくるだなんて、セオドアは大聖堂に一体どれほどの寄進をしたのだろうか。想像するだけでも恐ろしくなった。
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