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展覧会にて 03
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「……メル、もう終わった。目を開けていい」
ややあってギルバートから声をかけられ、メルは恐る恐る目を開けた。
すると、周囲は絵から靄が吹き出す前に見た応接室の光景に切り変わっていた。
ソファがあり、ローテーブルがあり、その傍には、イーゼルに飾られた絵が置かれている。
だが、絵の情景は変わっていた。女の姿が消え、単なるどこかの室内を描いた風景画になっている。
イーゼルの後ろ側の床には画商が倒れており、ギルバートはその傍でしゃがみこんでいた。
戻ってきたのだ。メルは安堵してギルバートに話しかける。
「その方は……?」
「脈も呼吸もあるから、恐らく気を失っているだけだと思う」
ギルバートは立ち上がりながらメルの質問に答えた。
「たぶんそこの絵に棲みついていた悪魔に操られていたんだろうな。瘴気に晒されていただろうから、教団で治療が必要になると思う。精神をやられていなければいいんだが……」
瘴気は人間にとって、毒の霧のようなものだ。
精神や肉体を蝕むので、少しでも触れてしまったら神気による治療が必要になる。
メルは風景画へと変化した絵を見つめた。
クレオールの絵とは似ても似つかない絵画だ。画商の発言はギルバートを釣るための嘘だったのだろう。
ギルバートは立ち上がるとウェストコートのポケットに手を突っ込み、中からロザリウムを取り出した。
「うわ、罅が入ってる。結構ギリギリだったな……」
メルはふわりと飛んでギルバートの近くに移動すると、彼の手元を覗き込んだ。
すると、確かにロザリウムには細かな亀裂がいくつも入っていた。
「もしかして危なかったんですか?」
「ああ。内心こいつが持つかヒヤヒヤしていた」
「すごく余裕っぽかったというか……悪魔をちょっと馬鹿にした態度をとっていらしたような……」
「当たり前だ。悪魔と戦う時は弱気は禁物だ。恐怖や不安に繋がるからな。負の感情は連中の力の糧になる。はったりでも強い気持ちを持つのが大事なんだ」
しれっと言うギルバートに、メルは目を丸くした。
「強い気持ちで、というのは亡者を相手にする時も同じだけどな。肉体を乗っ取ろうとする連中を跳ねのけるために一番有効なのは強い意志だ」
「……そう言えば、私を祓おうとした時の祓魔術とは違う神術をお使いになっていましたね」
「そうだな。あれは対悪魔用の神術だ」
ギルバートの回答を聞いた時だった。
バタバタと大きな足音が外から聞こえてきた。そして――。
「殿下! ご無事ですか!?」
そんな声が聞こえ、祓魔師の僧服を着た壮年の男性が開けっ放しだった応接室の入口から踏み込んできた。
その背後には、ギルバート付きの近衛兵の姿もある。全員肩で息をしている所を見ると、慌てて駆けつけてきたらしい。
「ダニエル高司祭! お前達が連れてきてくれたのか?」
「大聖堂に行けとのご命令でしたから。ご無事で何よりです」
答えたのは近衛兵だった。
彼によると、部屋中が靄に包まれた後ギルバートだけが姿を消していたので、慌てて大聖堂に走ったそうだ。
「お久しぶりです、殿下。ご無事で何よりですが、悪魔は……」
祓魔師――ダニエル高司祭が尋ねた。どうやらギルバートとは旧知の仲らしい。神の末裔たる王族は、教団と繋がりが深い。
「そこの絵に取り憑いていたようです。悪魔自体は倒したのでもう心配はないのではないかと思います」
ギルバートは、側近やメルに対する時とは打って変わって丁寧な態度で祓魔師に礼を言うと、状況の説明を始めた。
ややあってギルバートから声をかけられ、メルは恐る恐る目を開けた。
すると、周囲は絵から靄が吹き出す前に見た応接室の光景に切り変わっていた。
ソファがあり、ローテーブルがあり、その傍には、イーゼルに飾られた絵が置かれている。
だが、絵の情景は変わっていた。女の姿が消え、単なるどこかの室内を描いた風景画になっている。
イーゼルの後ろ側の床には画商が倒れており、ギルバートはその傍でしゃがみこんでいた。
戻ってきたのだ。メルは安堵してギルバートに話しかける。
「その方は……?」
「脈も呼吸もあるから、恐らく気を失っているだけだと思う」
ギルバートは立ち上がりながらメルの質問に答えた。
「たぶんそこの絵に棲みついていた悪魔に操られていたんだろうな。瘴気に晒されていただろうから、教団で治療が必要になると思う。精神をやられていなければいいんだが……」
瘴気は人間にとって、毒の霧のようなものだ。
精神や肉体を蝕むので、少しでも触れてしまったら神気による治療が必要になる。
メルは風景画へと変化した絵を見つめた。
クレオールの絵とは似ても似つかない絵画だ。画商の発言はギルバートを釣るための嘘だったのだろう。
ギルバートは立ち上がるとウェストコートのポケットに手を突っ込み、中からロザリウムを取り出した。
「うわ、罅が入ってる。結構ギリギリだったな……」
メルはふわりと飛んでギルバートの近くに移動すると、彼の手元を覗き込んだ。
すると、確かにロザリウムには細かな亀裂がいくつも入っていた。
「もしかして危なかったんですか?」
「ああ。内心こいつが持つかヒヤヒヤしていた」
「すごく余裕っぽかったというか……悪魔をちょっと馬鹿にした態度をとっていらしたような……」
「当たり前だ。悪魔と戦う時は弱気は禁物だ。恐怖や不安に繋がるからな。負の感情は連中の力の糧になる。はったりでも強い気持ちを持つのが大事なんだ」
しれっと言うギルバートに、メルは目を丸くした。
「強い気持ちで、というのは亡者を相手にする時も同じだけどな。肉体を乗っ取ろうとする連中を跳ねのけるために一番有効なのは強い意志だ」
「……そう言えば、私を祓おうとした時の祓魔術とは違う神術をお使いになっていましたね」
「そうだな。あれは対悪魔用の神術だ」
ギルバートの回答を聞いた時だった。
バタバタと大きな足音が外から聞こえてきた。そして――。
「殿下! ご無事ですか!?」
そんな声が聞こえ、祓魔師の僧服を着た壮年の男性が開けっ放しだった応接室の入口から踏み込んできた。
その背後には、ギルバート付きの近衛兵の姿もある。全員肩で息をしている所を見ると、慌てて駆けつけてきたらしい。
「ダニエル高司祭! お前達が連れてきてくれたのか?」
「大聖堂に行けとのご命令でしたから。ご無事で何よりです」
答えたのは近衛兵だった。
彼によると、部屋中が靄に包まれた後ギルバートだけが姿を消していたので、慌てて大聖堂に走ったそうだ。
「お久しぶりです、殿下。ご無事で何よりですが、悪魔は……」
祓魔師――ダニエル高司祭が尋ねた。どうやらギルバートとは旧知の仲らしい。神の末裔たる王族は、教団と繋がりが深い。
「そこの絵に取り憑いていたようです。悪魔自体は倒したのでもう心配はないのではないかと思います」
ギルバートは、側近やメルに対する時とは打って変わって丁寧な態度で祓魔師に礼を言うと、状況の説明を始めた。
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