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幽霊になったのでイケメンにセクハラしました。 6

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 ホームルームが終わり、周りのクラスメイトが部活や帰宅の準備を始めるのを尻目に、私は古典の教科書・辞書・ノートの三点セットを片手に席を立った。

「めぐちゃん、今日も補習? 大変だねー」

「うん、けどしょうがないよ。皆よりだいぶ勉強遅れちゃったから」

 私は声をかけてきた友達にそう答えるとへらりと笑った。





 結論から言うと、私は自分の体に戻る事が出来た。幽霊だった私の体は、病院についた瞬間、自然と自分の体に引き寄せられたのだ。

 意識も魂が自分の体に戻ると同時に回復した。

 だけど、一時は本当に命が危なかったそうで、それから十日近く病院から出られなかった。

 階段から落ちた日から計算すると、約二週間も病院にいたことになる。

 入院中は頭を強く打っていたため絶対安静を言い渡され、お手洗い以外でベッドを出ることは許されなかった。そうなると必然的に体中の筋肉は落ちてしまう訳で――。

 少し歩いただけで足は震えるし、息は上がるしで、ちょっと動かないだけでこうも体が言う事を聞かなくなるのか、という事は衝撃だった。

 退院後も運動器回復のリハビリが必要だったため、こうして学校に通えるようになるまでに、一ヵ月半もかかってしまった。ちなみに今もまだ通院中である。

「これでも早いほうですよ。まだ十代だから回復力がありますからね」

 とリハビリの先生には言われている。大人になると倍以上の時間がかかる場合もあるそうだ。

 これからは足元にはもっと気をつけよう。私は肝に銘じた。



 入院中にかなり勉強は遅れてしまったのだが、学校側の温情で、補習を受ければ進級させてくれるという事になった。なので私は現在進行形で補習漬けなのである。

「わ、なにこれ、超イケメン!」

 唐突に教室の中がどっと沸いた。思わずそちらを見ると、クラスの中でも派手系の子達がスマホ片手に騒いでいる。

「あ、めぐっちも折角だから見なよ! ほら、この人。今正門の前にいるんだって! 超イケメンじゃない?」

 その中の一人が私にスマホの画面を見せてくれた。

 メッセージアプリの画面に映し出された一枚の写真に、私はひゅっと息を呑んだ。

 つかさくんだ。

「この制服、興学館だよねぇ。いいなぁイケメンのエリート。誰の事待ってんのかなぁ……」

 つかさくんの通う興学館高校は、東大予備校と言われている名門だ。トップクラスは東大に、落ち零れでも旧帝大クラスに行くというすごい学校なのである。

 この写真は、どうやら早々に帰宅したクラスメイトが送ってきたもののようだ。

 待ち人ってもしかして私……?

 いやそんなまさか、ね。



 あれから二ヶ月近くが経過するが、実は私はまだつかさくんのところに行けていなかった。

 通学に電車を使っていないというのもあるのだが(実はお母さんが心配して毎日車で送迎してくれている)、なによりも顔を合わせづらくて。

 いっぱいセクハラしちゃったからなぁ……。

 あの痴態は実に眼福だった。今でも時々思い出してハァハァさせてもらってたりするけどそれは自分だけの秘密だ。他人に知られたら死ぬ。憤死する。

 それに、時々あれは夢だったんじゃないかと思うこともあるのだ。

 だって幽霊やら幽体離脱やら、そんなオカルト、現実にこの身に起こった事だなんて、自分でもイマイチ信じ切れていないのだから。







 とりあえず、私には今から正門に向かうと言う選択肢はない。

 たとえつかさくんの待ち人が私だったとしても。

 この補習には進級がかかっているのだ。さぼるなんて絶対に出来ない。

 私は写真を見せてくれたクラスメイトにお礼を言うと、古典の先生の元へと急いだ。







 補習はいつも決まった時間に終わるのだが、学校の中に父兄用の駐車場はないため、お母さんと私はいつも近くのコンビニの駐車場で待ち合わせをしていた。

(つかさくん、さすがにもう帰ったよね)

 私は念のため裏門に回った。少し遠回りになるけれど、万が一にでもつかさくんと鉢合わせたくなかったからだ。

 門から顔を出した私はきょろきょろと左右を見渡し、誰もいない事を確認する。

 よし!

 私はそろりと学校の敷地内から外へ出た。

 季節は冬へと移り変わっているため、外はもう真っ暗だ。

 裏門がわは大通りから一本奥に入った道に面しているので、街頭の数も少なく薄暗い。

 後少し。そこの角を曲がればコンビニだ。

「見つけたぞ、恵」

 ぐ、と背後から腕をつかまれたのはその時だった。

「つかさ、くん……」

 柔らかそうな茶色の髪、切れ長のアーモンドアイ。

 いつも駅で鑑賞していた美形の顔が、至近距離にあった。

「なんで?」

「お前が会いに来ないから! ずっと待ってたけど、入院してたなら体を戻すのに時間がかかってるのかなって。ずっと待ってたけど来ないから! 探しに来たんだ」

 強い目で睨まれて私は身を竦ませた。本気で怒る美形、怖い。

「待ってる間じろじろ見られて、めっちゃ恥ずかしかったんだからな! 何日か張ってたらいつか会えるんじゃないかとは思ってたけど。もう二度とごめんだ」

「えっと、それは、あの、ごめんなさい?」

「何で疑問系なんだよ。もっと誠心誠意謝れよ」

「いや、だって、そんな探されるとか、予想外で……」

「付き合ってやるって言っただろ。お前から告ってきたら! だから待ってたのに。それとも時間が経って冷静になったら、俺の事なんてどうでもよくなった?」

 なんでそんな捨てられた犬みたいな目を向けてくるんだろう。私みたいな変態痴女に。

「えっと、冷静になったら、合わせる顔がないなって、思いまして」

「あ゛?」

 ドスのきいた声に私は縮こまった。

「だって私、つかさくんの恥ずかしいトコ覗き見しちゃった痴女だし。特別可愛い訳でもないし。やらかしたこと考えたら会いに行くなんてとてもできなくて。体治すのにも時間かかったってのもあるんだけど……」

 す、と私の頬につかさくんの手が触れた。

「やっと触れた」

「冷たいよ。つかさくん」

「仕方ないだろ。ずっと外で待ってたんだから」

 指先が離れる。私はその手を目で追った。

「俺、恵のこと、好きだよ」

 唐突な告白に私はぽかんとする。

「幽霊の恵に会って、ちょっと話しただけで自分でもチョロいなとか思うけど、好きになった。だから」

 付き合ってよ。

 言われた瞬間、時間が止まったような気がした。

「変態でもいいの?」

「許してないって言ったろ。仕返しするって決めてるんだから、『はい』って言え」

 ううん、言って欲しい。

 つかさくんからの懇願のまなざしに、心の奥底から喜びが湧き上がる。

 私の答えは決まっていた。





 この日、私達は連絡先を交換し、晴れて恋人同士になった。







「あ、それはそれとして、お前、明日覚悟しといたほうがいいかも。俺、お前がいつ頃出てくるのか、お前の学校の子に聞きまくったから」

 つかさくんの予告通り、次の日登校するとすごい噂になっていて、私は大変な思いをするのだが、それはまた別の話である。
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