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幽霊になったのでイケメンにセクハラしました。 1

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 気が付いたら私は、ぷかぷかと宙に浮いていた。

 なんで私、重力を無視してるんだろう。

 首を傾げつつ辺りを見回すと、そこはいつも通学に使っていた駅前のロータリーだった。

 えーっと、確か今はテスト期間で……

 午前で学校は終わって、でもテストはまだ後三日も続くから、勉強するために真っ直ぐ家に帰ろうとしてて――

 バスの時間に間に合いそうになかったから、慌てて駅の階段を駆け下りたんだった。

 そして、足を滑らせて視界が回転して――

 これはもしかして、死んで幽霊になったという奴だろうか。慌てて手のひらを確認すると、半透明に透けていた。

 なんてこった。まだ十六歳だったのに。

 しかも結構恥ずかしい。転んでご臨終だなんて。

 駅舎の時計は午後五時を指している。その下に表示された日付と記憶とを照らし合わせると、こうして意識を取り戻す(?)までに二日が経過していた。

 ちょうど帰宅時だ。駅前にはサラリーマンや学生が行き交っているのに、誰も私を見ない。気付かない。物理法則を無視して空中に浮いているのに。

「あは……」

 まだ私、高一なのに。将来の夢とか恋愛とか、やりたい事でいっぱいだったのに。

 お父さんとお母さん、悲しんでるだろうな。私一人っ子だし。

 しょんぼりとしながらも、ひとまず家に帰ろうと移動しようとしたその時だった。

 私の視界を、すらりとした男の子が横切った。

 あれはいつものイケメン!

 思わず私は彼の姿を目で追いかけた。

 少し癖のある柔らかそうな茶色の髪に、理想的に配置された目鼻立ち。今日も素晴らしい王子様ぶりである。

 身長は百七十五センチくらいだろうか。均整の取れた体を包むのは、進学校として有名な男子校のブレザーで、それがより彼の魅力を引き立てている。

 朝の通学時間と方向が被るため、同じ車両を狙ってひっそりと鑑賞するのが私のひそかな楽しみだった。

(はー、マジでイケメン。目の保養だわぁ……)

 接点は朝の電車の中だけなので、お近付きになりたいなんて大それたことは思っていない。ただ遠くから見ているだけで満足だった。彼に対する感情は、芸能人やスポーツ選手といった、テレビの向こう側の人に憧れるのに近いと思う。

 しかし、はたと気付いた。

 今の私、誰にも見えないんだから、付いていってもいいんじゃない?

 家には後で帰ればいいんだから。これはより近くでイケメンを鑑賞する機会じゃないか。

 私はふよふよと浮かびながら、イケメンの後ろを追いかける事にした。







 はあ、イケメンってほんとイケメン。

 お肌つるつるだし睫毛長いし凄く羨ましい。

 私は道を歩くイケメンの前に回りこむと、至近距離でじっくりと観察した。

 私と彼が朝に乗る乗る電車は田舎方面に向かうからかガラガラで、隣に座りに行くなんてとてもできない雰囲気である。だからこんなに接近するのは初めてだった。

 あ、目も眉毛も茶色い。

 てことは、この茶色の髪も地毛なのかな?

 いいなぁ。羨ましい。

 私の髪は真っ直ぐで真っ黒な直毛だから、地毛で茶色いのは羨ましい。校則に引っ掛かるから染めるのもパーマを当てるのも卒業まではお預けなのである。

 イケメンの顔立ちは、下手な芸能人よりも整っていて、どこか人形めいている。頬にそっと触れてみるが、残念ながら素通りしてしまった。

(やっぱりダメかぁ)

 幽霊である事は自覚しているのだが、触覚がないのは悲しい。

 だからこそイケメンに近づけているんだけど、やっぱり生きている事が一番だと思う。







 イケメンの名前は井上宰と言うらしい。それがわかったのは、イケメンの家にたどり着いてからだった。

 彼の部屋は青と黒で統一されていて、いかにも男子、って感じで格好良かった。その部屋の一角に、賞状とトロフィーが飾られたスペースがあって、そこに名前が書いてあったのだ。

 賞状はテニスの成績を表彰されたもので、部屋の片隅にはラケットが立てかけられていた。

(顔もいい、頭もいい、ついでに運動もできるとか。すごいなぁ)

 更に付け加えると、駅近のマンションの高層階にお住まいなので、お金持ちのにおいもする。

 人間あまりにも自分からかけ離れた優秀な人を見ると、嫉妬心すら浮かばなくなるらしい。

 部屋の中はきっちりと整理整頓されていて、そこもポイントが高い。

 学習デスクに並んだ教材を見たところ、彼も私と同じ高校一年生のようだった。

(宰って何て読むんだろ。さい……じゃないよねきっと)

 室内を見回すと、その疑問はすぐに解決した。無造作に机の放置された辞書に、ローマ字で名前が書かれていたからだ。

(つかさくん……かぁ。名前もなんかかっこいい。はぁ、眼福……)

 ほう、とため息をついてつかさくんを振り返った私は、ぎょっと目をむいた。上半身はTシャツを着ているが、下は下着一枚だったからである。

(そりゃ家に帰ってきたら着替えるよね。ふわあ、イケメンのおぱんちゅ……)

 つい食い入るように見てしまうが私は痴女ではないはずだ。私と同じ立場になったら誰だってこうするはずである。

 シンプルな黒のトランクスと、そこからすらりと伸びる足に私の目は釘付けである。

 一見細いのに、スポーツマンらしく太腿やふくらはぎにはしっかりと筋肉がついている。

(あ、スネ毛)

 決して濃くはないのだが、ふくらはぎにはそこそこの毛が生えていた。だがスネ毛なら許容範囲内だ。背中や二の腕に濃いのがびっしり生えてたらドン引きだけど。

 つかさくんは、部屋着らしいジャージに着替えると、カバンからスマホを出してベッドにごろんと転がった。

(はぁ、いいもの見ちゃった。てか待てよ。もしかしてこのまま張り付いてたらトイレとかお風呂とか、絶対に誰も見たことのないつかさくんの姿が見れるって事じゃないキャー!!)

 私は痴女ではない……事もないかもしれない。でもでも同じ立場になったら誰だってやるはずだ。

 女子にだって性欲はあるのだ。異性の体に興味津々のお年頃なのだ。

 やはりナニとは言わないが自分についてないものはがっつりと見てみたい。彼氏いない暦イコール年齢のままでご臨終を迎えてしまったのだ。これくらいは許されるはず。

 ぐっと力を入れると、霊気でも出してしまったのか、つかさくんの体が震えた。見ると腕に鳥肌が立っている。つかさくんは不審そうに眉を寄せると首をかしげ、再びスマホの画面に視線を移した。

 もしかして、強く念じれば気付いてもらえたりするのかな?

 私はふわりとつかさくんの傍に舞い降りると、両肩に手を置いて呼びかけてみた。

(お願いつかさくん、気付いて!)

 結果は――撃沈。

 私は肩を落としてがっくりとうなだれた。

 私にできるのは、ただ見るだけかぁ……。

 しおしおとしぼむ気持ちのままに、私はつかさくんから距離を取った。

 ぼんやりと室内を眺めると、従弟に途中まで借りて続きが気になっていた漫画が本棚にあるのを発見した。

(つかさくんもこれ、好きなんだ……)

 もちろん本に触れることなんてできないので、途端に私は悲しくなった。

 幽霊になったからこそ接近できたけど、それだけだ。

 私はしょんぼりと肩を落とした。

 視界の端で、つかさくんが動くのが見えたのはその時だった。ベッドから起き上がると部屋を出て行こうとする。

(どこ行くんだろ)

 私はふわふわと後ろをついていくことにした。
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