30 / 35
祭礼のあと 01
しおりを挟む
眠りから目覚めたネージュは、見慣れない寝具が視界に入ってきたので大きく目を見開いた。
いつもと違うのはそれだけではない。
何一つ身に着けていない事に気付き、かあっと頬を染める。
自分がアリスティードと本当の意味で夫婦になったのを思い出したのだ。
ここは彼の部屋だ。
体を重ねたあと、そのまま眠り込んでしまったらしい。
アリスティードの姿は既にベッドの中には無かった。
今日は、神殿にて祭礼用具の後片付けを行う『後宴祭』と呼ばれる儀式が行われる。
それだけではない。ナゼールの処遇や市街地で起こった火災など、確認しなければいけない事が山積みだ。
ネージュは慌てて飛び起きようとして、体の痛みに顔をしかめた。
人にはとても言えない場所がまだズキズキするけれど、行為自体は……。
と、思い出しかけて、慌てて思考を振り払った。
顔が熱い。きっと今自分は全身が赤くなっているに違いない。
(綺麗だって言ってくれた)
あちこち傷痕だらけの体なのに。
そして、それを裏付けるように、誓いの口付けのやり直しから始まって、壊れ物のように優しく触れてくれた。
嬉しい。
最初は嫌われていたのが嘘みたいだ。
そして、アリスティードの温もりを感じながら眠ったら、久しぶりに色の付いた夢を見た。
夢の中で、ネージュは新生児を抱いていた。
性別はわからなかったが、アリスティードと同じストロベリーブロンドの赤ちゃんだった。
もしかして、既にここに宿っていたりするのだろうか。
ネージュはお腹に触れ、幸せな夢の記憶に浸る。
しかしすぐに我に返り、慌てて壁に掛けられた時計を確認した。
そして目を大きく見開く。
時計の短針は二時を差していた。
(お昼の二時という事、よね……)
辺りは明るい。
昨夜眠りについた時間を考えると、間違いなく昼間だ。
ネージュは焦りを覚え、ベッド脇の棚に置かれた使用人を呼ぶためのベルを鳴らした。
アリスティード付きの従者が来たらどうしようかと思っていたのだが、幸い既に側仕えの使用人達には周知されていたらしく(それも恥ずかしいのだが)、ベルの音に応じて室内に入ってきたのはミシェルだった。
「よい午後ですね、ネージュ様」
「そうね、ありえないくらい寝過ごしてしまったわ」
ネージュは頬を赤らめた。
「今日はゆっくりお休み頂いて大丈夫ですよ。面倒なお仕事は全部旦那様に押し付ければいいんです」
ミシェルは相変わらずアリスティードに手厳しい。
渋い表情をしながらも、ミシェルはネージュの身支度を手伝ってくれた。
「昨日ネージュ様を危機から助け出したのは旦那様ですし、ネージュ様のお気持ちも知ってはいるから、祝福するべきなんでしょうけど……遂に、と思うと複雑です……」
悲しげに告げられ、ネージュは思わず苦笑いを浮かべた。
「アリス様の妻としては窘めないといけないんでしょうね。でも、ミシェルが私に寄り添ってくれるのは嬉しいの。だから何も言えないわ。駄目よね」
「お、奥様が、駄目なんて事は絶対にないです! 今後は……その、気を付けます」
ミシェルはしゅんと項垂れた。そして深くため息をつく。
「もう! そんなに幸せそうなお顔を見たら、旦那様を認めるしかないじゃないですか! おめでとうございます」
やけくそのようなミシェルの祝福に、ネージュは思わず笑みを漏らした。
「そうだ。アリス様は?」
「後宴祭の為に神殿に行かれてます。さすがは元軍人というか、体力のある方ですね」
ミシェルによると、いつも通りの時間に起きて、午前中から予定通りに活動しているそうだ。
(ほとんど眠っていらっしゃらないのでは……)
ネージュは心配で表情を曇らせる。
「きっと早めにお帰りだと思いますよ。旦那様のお疲れを癒して差し上げるためにも、奥様は今日はゆっくりなさって下さい」
「そうもいかないでしょう。火災やナゼールの事もあるのに……どんな状況か、知ってる範囲で教えてくれない?」
尋ねると、ミシェルはため息をついて、彼女が把握している情報を教えてくれた。
「火災の事後処理は領都の警邏隊に委ねています。残念ながら何名か死者が。死傷者数や被害状況は、後日警邏隊から報告があるのではないかと思います」
「ありがとう。ナゼールは?」
「あの悪徳弁護士は屋敷の地下牢です。取り調べは旦那様が直々になさると」
「妥当ね」
ナゼールについては内々に取り調べ、おそらく私的に『処理』する事になるだろう。
侯爵家の当主を騙し、その妻を攫おうとしただなんて明るみになったら、この家の名誉に関わる。
尋問の結果アリスティードがどのような決断を下しても、当主の妻としてネージュは支持するつもりだった。
いつもと違うのはそれだけではない。
何一つ身に着けていない事に気付き、かあっと頬を染める。
自分がアリスティードと本当の意味で夫婦になったのを思い出したのだ。
ここは彼の部屋だ。
体を重ねたあと、そのまま眠り込んでしまったらしい。
アリスティードの姿は既にベッドの中には無かった。
今日は、神殿にて祭礼用具の後片付けを行う『後宴祭』と呼ばれる儀式が行われる。
それだけではない。ナゼールの処遇や市街地で起こった火災など、確認しなければいけない事が山積みだ。
ネージュは慌てて飛び起きようとして、体の痛みに顔をしかめた。
人にはとても言えない場所がまだズキズキするけれど、行為自体は……。
と、思い出しかけて、慌てて思考を振り払った。
顔が熱い。きっと今自分は全身が赤くなっているに違いない。
(綺麗だって言ってくれた)
あちこち傷痕だらけの体なのに。
そして、それを裏付けるように、誓いの口付けのやり直しから始まって、壊れ物のように優しく触れてくれた。
嬉しい。
最初は嫌われていたのが嘘みたいだ。
そして、アリスティードの温もりを感じながら眠ったら、久しぶりに色の付いた夢を見た。
夢の中で、ネージュは新生児を抱いていた。
性別はわからなかったが、アリスティードと同じストロベリーブロンドの赤ちゃんだった。
もしかして、既にここに宿っていたりするのだろうか。
ネージュはお腹に触れ、幸せな夢の記憶に浸る。
しかしすぐに我に返り、慌てて壁に掛けられた時計を確認した。
そして目を大きく見開く。
時計の短針は二時を差していた。
(お昼の二時という事、よね……)
辺りは明るい。
昨夜眠りについた時間を考えると、間違いなく昼間だ。
ネージュは焦りを覚え、ベッド脇の棚に置かれた使用人を呼ぶためのベルを鳴らした。
アリスティード付きの従者が来たらどうしようかと思っていたのだが、幸い既に側仕えの使用人達には周知されていたらしく(それも恥ずかしいのだが)、ベルの音に応じて室内に入ってきたのはミシェルだった。
「よい午後ですね、ネージュ様」
「そうね、ありえないくらい寝過ごしてしまったわ」
ネージュは頬を赤らめた。
「今日はゆっくりお休み頂いて大丈夫ですよ。面倒なお仕事は全部旦那様に押し付ければいいんです」
ミシェルは相変わらずアリスティードに手厳しい。
渋い表情をしながらも、ミシェルはネージュの身支度を手伝ってくれた。
「昨日ネージュ様を危機から助け出したのは旦那様ですし、ネージュ様のお気持ちも知ってはいるから、祝福するべきなんでしょうけど……遂に、と思うと複雑です……」
悲しげに告げられ、ネージュは思わず苦笑いを浮かべた。
「アリス様の妻としては窘めないといけないんでしょうね。でも、ミシェルが私に寄り添ってくれるのは嬉しいの。だから何も言えないわ。駄目よね」
「お、奥様が、駄目なんて事は絶対にないです! 今後は……その、気を付けます」
ミシェルはしゅんと項垂れた。そして深くため息をつく。
「もう! そんなに幸せそうなお顔を見たら、旦那様を認めるしかないじゃないですか! おめでとうございます」
やけくそのようなミシェルの祝福に、ネージュは思わず笑みを漏らした。
「そうだ。アリス様は?」
「後宴祭の為に神殿に行かれてます。さすがは元軍人というか、体力のある方ですね」
ミシェルによると、いつも通りの時間に起きて、午前中から予定通りに活動しているそうだ。
(ほとんど眠っていらっしゃらないのでは……)
ネージュは心配で表情を曇らせる。
「きっと早めにお帰りだと思いますよ。旦那様のお疲れを癒して差し上げるためにも、奥様は今日はゆっくりなさって下さい」
「そうもいかないでしょう。火災やナゼールの事もあるのに……どんな状況か、知ってる範囲で教えてくれない?」
尋ねると、ミシェルはため息をついて、彼女が把握している情報を教えてくれた。
「火災の事後処理は領都の警邏隊に委ねています。残念ながら何名か死者が。死傷者数や被害状況は、後日警邏隊から報告があるのではないかと思います」
「ありがとう。ナゼールは?」
「あの悪徳弁護士は屋敷の地下牢です。取り調べは旦那様が直々になさると」
「妥当ね」
ナゼールについては内々に取り調べ、おそらく私的に『処理』する事になるだろう。
侯爵家の当主を騙し、その妻を攫おうとしただなんて明るみになったら、この家の名誉に関わる。
尋問の結果アリスティードがどのような決断を下しても、当主の妻としてネージュは支持するつもりだった。
44
お気に入りに追加
2,063
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる