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絡まる思惑 03
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「……アリス様を狙ったのは、ナゼールだったのでしょうか」
ぽつりとつぶやくと、アリスティードからは「わかりません」という答えが返ってきた。
「襲撃の狙いがあなたではなく俺だったと聞いた時、エリックは、王家の仕業かと思ったそうです。……だから、色々な可能性を考えて調査をすると」
「王家の、というのは私も考えました。結婚式にいらっしゃった時の様子を見るに、フェリクス殿下は、当家に強い関心をお持ちのようでしたから」
アリスティードが亡くなってネージュが未亡人になったら、恐らく爵位と資産目当てに求婚者が何人も現れる。
その時にフェリクスが再び名乗り出てきたら、次こそネージュは拒めない。
「俺はナゼールから、あなたが殿下の求婚を断ったのは、侯爵家を好き勝手に食い物にするためだと聞いていたんです……」
アリスティードの発言に、ネージュは呆気に取られた。
(あの男……!)
一拍遅れて怒りが込み上げる。
さすがは弁護士と言うべきか、大した口のうまさである。
「……殿下の求婚を受けていた方が良かった、とは思わないんですか?」
「はい」
即答すると、アリスティードは目を見張った。
「どうして……」
「それがマルセル様のご遺志でしたから」
「……そうでした。あなたはそういう人だ」
苦虫を嚙み潰したかのような顔を向けられてしまった。
「後悔はなかったんですか? 俺はあなたにずっと酷い態度を取り続けました」
「はい。受け入れて頂けなかったのは悲しかったですが、世間での私の評判が悪い事は存じ上げておりましたので仕方ないなと」
「殿下と結婚した方が幸せになれたのでは?」
「それはないと思います。あの方は私を蔑んでいらっしゃいますから」
ネージュの発言に、アリスティードは驚きの表情をした。
「普段の言動を注意深く聞いていればわかりますよ。あの方は特権意識の強い方なので」
ネージュは小さく息をついた。
「それよりも、マルセル様のお血筋であるあなたを、見守る方がずっといいと思っていました」
「……あなたの行動原理はどこまで行っても祖父なんですね」
「はい。マルセル様は私にとって絶対的な方でしたから」
ネージュの答えを聞くと、アリスティードは物言いたげな視線をこちらに向けて沈黙した。
「そもそも、マルセル様が王家との縁談を断ったのは、ダニエル様の所業を隠蔽したのと根本的には同じです。この家を王家に奪われたくなかったからです」
いい機会なので、ネージュはマルセルがフェリクスとの縁談を潰すために、王太后の力を借りた事を話しておく事にした。
いずれアリスティードは首都の社交界に出なくてはいけない。
親しくしておくべき相手が誰なのか、少しずつ覚えてもらう必要がある。
「そんな事情が……」
ネージュの説明を聞き終えると、アリスティードはぽつりとつぶやいた。
「貴族の結婚には王家の承認が必要です。マルセル様のご尽力がなければ、私はフェリクス殿下と結婚していたでしょうね」
「祖父は随分俺を買ってくれていたんですね。俺がフェリクス殿下より優秀な領主になれるとは限らないのに……」
アリスティードは不安そうにつぶやいた。
「マルセル様は、ご自身の血を継ぐあなたに、どうしても遺産を渡したかったのだと思います。ですからそんなに気負わないで下さい。領地の経営は、マルセル様が遺された人材を上手く使えばいいのです。エリックが居れば大丈夫ですよ」
ネージュはアリスティードに向かって微笑んだ。
「……もしかしたら、私はマルセル様にとって、駒の一つだったのかもしれません。手元に引き取る事が叶わなかったあなたに、爵位と資産を渡す為の。最初からそのような構想を描いていらっしゃったかどうかは生憎わかりかねますが……」
ふと頭に浮かんだ考えをぽつりとつぶやいたら、アリスティードは目を見開いた。
「たとえそうだったとしても、俺はあなたを駒だなんて思いませんから」
強い口調で言われ、ネージュはわずかに目を見開いた。
「大切にします。それが償いになるとは思いませんが……」
ややあって告げられたのは、そんな言葉である。
「償いなど不要です」
「……そうですね。過去のあやまちは何をしても消えません」
「あの、違うんです。そもそも私は怒っておりませんし、仕方なかったと思っていますので、そんな風にご自身を責めないで下さい」
「…………」
「大切にする、と仰って頂いて嬉しいです。でもご無理はなさらないで下さいね」
「無理……?」
「はい。人には相性というものがございますから……。もし私がお嫌になって、別の女性に心を奪われた時は遠慮なく仰ってください」
そう告げると、アリスティードは眉間に深く皺を寄せた。
「俺はそんな不誠実な真似はしません」
声が怖い。どうやら怒らせてしまったらしい。
「申し訳ありません。何か気に障る事を言ってしまいましたか……?」
恐る恐る尋ねると、「いえ」と不機嫌そうな返事が返ってきた。
「何となく理解はしていたつもりですが、あなたは自己評価が低すぎます」
発言の意味がわからなくて、ネージュは首を傾げた。
「……俺はあなたを大切にすると誓いました。少しずつでもわかってもうらう努力をします」
「えっと……はい。よろしくお願いします」
戸惑いながら答えると、何故か深いため息が返ってきた。
ぽつりとつぶやくと、アリスティードからは「わかりません」という答えが返ってきた。
「襲撃の狙いがあなたではなく俺だったと聞いた時、エリックは、王家の仕業かと思ったそうです。……だから、色々な可能性を考えて調査をすると」
「王家の、というのは私も考えました。結婚式にいらっしゃった時の様子を見るに、フェリクス殿下は、当家に強い関心をお持ちのようでしたから」
アリスティードが亡くなってネージュが未亡人になったら、恐らく爵位と資産目当てに求婚者が何人も現れる。
その時にフェリクスが再び名乗り出てきたら、次こそネージュは拒めない。
「俺はナゼールから、あなたが殿下の求婚を断ったのは、侯爵家を好き勝手に食い物にするためだと聞いていたんです……」
アリスティードの発言に、ネージュは呆気に取られた。
(あの男……!)
一拍遅れて怒りが込み上げる。
さすがは弁護士と言うべきか、大した口のうまさである。
「……殿下の求婚を受けていた方が良かった、とは思わないんですか?」
「はい」
即答すると、アリスティードは目を見張った。
「どうして……」
「それがマルセル様のご遺志でしたから」
「……そうでした。あなたはそういう人だ」
苦虫を嚙み潰したかのような顔を向けられてしまった。
「後悔はなかったんですか? 俺はあなたにずっと酷い態度を取り続けました」
「はい。受け入れて頂けなかったのは悲しかったですが、世間での私の評判が悪い事は存じ上げておりましたので仕方ないなと」
「殿下と結婚した方が幸せになれたのでは?」
「それはないと思います。あの方は私を蔑んでいらっしゃいますから」
ネージュの発言に、アリスティードは驚きの表情をした。
「普段の言動を注意深く聞いていればわかりますよ。あの方は特権意識の強い方なので」
ネージュは小さく息をついた。
「それよりも、マルセル様のお血筋であるあなたを、見守る方がずっといいと思っていました」
「……あなたの行動原理はどこまで行っても祖父なんですね」
「はい。マルセル様は私にとって絶対的な方でしたから」
ネージュの答えを聞くと、アリスティードは物言いたげな視線をこちらに向けて沈黙した。
「そもそも、マルセル様が王家との縁談を断ったのは、ダニエル様の所業を隠蔽したのと根本的には同じです。この家を王家に奪われたくなかったからです」
いい機会なので、ネージュはマルセルがフェリクスとの縁談を潰すために、王太后の力を借りた事を話しておく事にした。
いずれアリスティードは首都の社交界に出なくてはいけない。
親しくしておくべき相手が誰なのか、少しずつ覚えてもらう必要がある。
「そんな事情が……」
ネージュの説明を聞き終えると、アリスティードはぽつりとつぶやいた。
「貴族の結婚には王家の承認が必要です。マルセル様のご尽力がなければ、私はフェリクス殿下と結婚していたでしょうね」
「祖父は随分俺を買ってくれていたんですね。俺がフェリクス殿下より優秀な領主になれるとは限らないのに……」
アリスティードは不安そうにつぶやいた。
「マルセル様は、ご自身の血を継ぐあなたに、どうしても遺産を渡したかったのだと思います。ですからそんなに気負わないで下さい。領地の経営は、マルセル様が遺された人材を上手く使えばいいのです。エリックが居れば大丈夫ですよ」
ネージュはアリスティードに向かって微笑んだ。
「……もしかしたら、私はマルセル様にとって、駒の一つだったのかもしれません。手元に引き取る事が叶わなかったあなたに、爵位と資産を渡す為の。最初からそのような構想を描いていらっしゃったかどうかは生憎わかりかねますが……」
ふと頭に浮かんだ考えをぽつりとつぶやいたら、アリスティードは目を見開いた。
「たとえそうだったとしても、俺はあなたを駒だなんて思いませんから」
強い口調で言われ、ネージュはわずかに目を見開いた。
「大切にします。それが償いになるとは思いませんが……」
ややあって告げられたのは、そんな言葉である。
「償いなど不要です」
「……そうですね。過去のあやまちは何をしても消えません」
「あの、違うんです。そもそも私は怒っておりませんし、仕方なかったと思っていますので、そんな風にご自身を責めないで下さい」
「…………」
「大切にする、と仰って頂いて嬉しいです。でもご無理はなさらないで下さいね」
「無理……?」
「はい。人には相性というものがございますから……。もし私がお嫌になって、別の女性に心を奪われた時は遠慮なく仰ってください」
そう告げると、アリスティードは眉間に深く皺を寄せた。
「俺はそんな不誠実な真似はしません」
声が怖い。どうやら怒らせてしまったらしい。
「申し訳ありません。何か気に障る事を言ってしまいましたか……?」
恐る恐る尋ねると、「いえ」と不機嫌そうな返事が返ってきた。
「何となく理解はしていたつもりですが、あなたは自己評価が低すぎます」
発言の意味がわからなくて、ネージュは首を傾げた。
「……俺はあなたを大切にすると誓いました。少しずつでもわかってもうらう努力をします」
「えっと……はい。よろしくお願いします」
戸惑いながら答えると、何故か深いため息が返ってきた。
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