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悪女との結婚式 02
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神殿での挙式、挨拶回り、晩餐など、結婚式に関わる諸々の『儀式』がようやく終わった。
入浴をして気軽な服に着替えたネージュは、介助をしてくれたミシェルが退出して一人になると、これまで使ってきた自分の部屋を見回し一息ついた。
ここは、歴代の女主人が使ってきた部屋である。
ネージュはこの屋敷に引き取られてからこれまで、マルセルの好意でこの部屋を使わせて貰っていた。
女主人の部屋は、出入口とは別のドアがあり、夫婦の寝室に繋がっている。
更にその奥にあるのは、かつてマルセルが使っていた主人の部屋だ。
現在そこは、家具と内装を一新し、アリスティードの部屋に変わっていた。
彼はネージュに手を出さないと宣言しているから、夫婦の寝室に繋がる扉は固く閉ざされ、鍵がかけられている。
開け放たれるのは日に一度、使用人が掃除に入る時だけだ。
アリスティードがやってきた日、主人の部屋に案内して、構造を説明した時の顔を思い出したら苦笑いが漏れた。
ネージュの事を、彼は男を取っかえ引っ変えしてきた悪女と思い込んでいるので、体で誘惑するつもりだと勘違いしていたのである。
夫婦の寝室は、マルセルの妻が亡くなってからは使われていない。
最低限の家具は設置されているものの、殺風景で、掃除の手間を省くために、ベッドには寝具すら置かれていない。
内鍵をかければ夜這いも防げる構造になっている。
ここまで説明して、ようやくアリスティードは主人の部屋を使うのを承知した。
この部屋を使うのもあと少しだと思うと寂しかった。
ネージュは、アリスティードの恋人が屋敷にやって来る前に、この部屋を引き払って別の部屋に移る予定だった。
女主人の部屋も、夫婦の寝室も、実質的な妻となる恋人が、好きなように整えればいい。
その日が来れば、マルセルが病に倒れて以来、どこか陰鬱な雰囲気が漂っていた屋敷の空気も一新されるだろう。
ネージュはそれが楽しみで、口元に淡い笑みを浮かべた。
今のところ、全て彼と話し合った予定通り、順調に進んでいる。
――と考えた所で、一人の招待客の姿が脳裏にちらついた。
この国の第三王子、フェリクスだ。
ネージュに彼との縁談があったのは本当だ。
現在王家は財政難に喘いでいるので、世襲貴族から資産を接収する機会があれば手を出してくる。
しかし、王家からの打診は、アリスティードに爵位と財産を譲りたいと考えていたマルセルが暗躍して白紙に戻した。
現国王、リシャール二世の母親、イザベル王太后と取引をしたのである。
王太子である第一王子と、第二、第三王子は母親が違う。
現王妃は前王妃が早逝したため迎えられた後妻で、イザベル王太后の生家と対立状態にある。
第三王子とレーネ侯爵家が結び付いたら、現王妃の影響力が強くなるので、王太后にとって都合が悪い。
だから王太后は、彼女が推す王太子につく事を条件に、国王に圧力をかけて縁談を潰してくれたのである。
こんな経緯があったにも関わらず、王族からの出席者としてフェリクスが現れたからネージュは驚いた。
(まだこの家の財産を諦めていないという意思表示かしら)
ネージュは眉間に皺を寄せた。
彼はどうにも好きになれない。ネージュに直接嫌な言葉をかけてきた事はないが、何度か階級主義的な発言をしているのを耳にした事がある。
そんな人物に嫁いだら、恐らく待っているのは賎しい女と蔑まれる日々である。
歴史の中で滅びた少数民族を引き合いに出し、ネージュの容姿に興味があるような素振りを見せているが、珍獣扱いしているだけに違いない。
マルセルの血を色濃く受け継ぎ、後継者として指名されたアリスティードとは比較にならない。
たとえネージュを受け入れて貰えず、すっかり嫌われてしまった現状でも。
結婚式でも、その後の晩餐でも、腹立たしい事にフェリクスはアリスティードを攻撃し続けた。
彼に敵意を向けた招待客は第三王子だけではなかったが……。
平民の母から産まれた私生児でありながら、レーネ侯爵家を手に入れたアリスティードは、あちこちから妬まれている。
それは、出自が分からない元孤児のネージュも同じだから、共感はできても、彼を護る盾にはなれない。それがもどかしくて申し訳なかった。
酷い態度を取られても、ネージュはアリスティードを嫌えないでいた。
あの顔は卑怯だ。どうしたってマルセルが重なる。
ネージュは目を伏せるとソファの背もたれに身を預けた。
招待客だけでなく、使用人からも祝福されない結婚式だった。アリスティードが恋人を愛人として迎えると宣言したせいだ。
さすがに肉体的にも精神的にも、ひどく疲れて果てていた。
遠方からの招待客は、今日は屋敷の客室に泊まっている。
彼らに対して白い結婚という疑いを抱かせないために、明日はアリスティードもネージュも示し合わせて昼まで私室からは出ない予定である。
ゆっくりと何もせずに休めるのは正直有難かった。
入浴をして気軽な服に着替えたネージュは、介助をしてくれたミシェルが退出して一人になると、これまで使ってきた自分の部屋を見回し一息ついた。
ここは、歴代の女主人が使ってきた部屋である。
ネージュはこの屋敷に引き取られてからこれまで、マルセルの好意でこの部屋を使わせて貰っていた。
女主人の部屋は、出入口とは別のドアがあり、夫婦の寝室に繋がっている。
更にその奥にあるのは、かつてマルセルが使っていた主人の部屋だ。
現在そこは、家具と内装を一新し、アリスティードの部屋に変わっていた。
彼はネージュに手を出さないと宣言しているから、夫婦の寝室に繋がる扉は固く閉ざされ、鍵がかけられている。
開け放たれるのは日に一度、使用人が掃除に入る時だけだ。
アリスティードがやってきた日、主人の部屋に案内して、構造を説明した時の顔を思い出したら苦笑いが漏れた。
ネージュの事を、彼は男を取っかえ引っ変えしてきた悪女と思い込んでいるので、体で誘惑するつもりだと勘違いしていたのである。
夫婦の寝室は、マルセルの妻が亡くなってからは使われていない。
最低限の家具は設置されているものの、殺風景で、掃除の手間を省くために、ベッドには寝具すら置かれていない。
内鍵をかければ夜這いも防げる構造になっている。
ここまで説明して、ようやくアリスティードは主人の部屋を使うのを承知した。
この部屋を使うのもあと少しだと思うと寂しかった。
ネージュは、アリスティードの恋人が屋敷にやって来る前に、この部屋を引き払って別の部屋に移る予定だった。
女主人の部屋も、夫婦の寝室も、実質的な妻となる恋人が、好きなように整えればいい。
その日が来れば、マルセルが病に倒れて以来、どこか陰鬱な雰囲気が漂っていた屋敷の空気も一新されるだろう。
ネージュはそれが楽しみで、口元に淡い笑みを浮かべた。
今のところ、全て彼と話し合った予定通り、順調に進んでいる。
――と考えた所で、一人の招待客の姿が脳裏にちらついた。
この国の第三王子、フェリクスだ。
ネージュに彼との縁談があったのは本当だ。
現在王家は財政難に喘いでいるので、世襲貴族から資産を接収する機会があれば手を出してくる。
しかし、王家からの打診は、アリスティードに爵位と財産を譲りたいと考えていたマルセルが暗躍して白紙に戻した。
現国王、リシャール二世の母親、イザベル王太后と取引をしたのである。
王太子である第一王子と、第二、第三王子は母親が違う。
現王妃は前王妃が早逝したため迎えられた後妻で、イザベル王太后の生家と対立状態にある。
第三王子とレーネ侯爵家が結び付いたら、現王妃の影響力が強くなるので、王太后にとって都合が悪い。
だから王太后は、彼女が推す王太子につく事を条件に、国王に圧力をかけて縁談を潰してくれたのである。
こんな経緯があったにも関わらず、王族からの出席者としてフェリクスが現れたからネージュは驚いた。
(まだこの家の財産を諦めていないという意思表示かしら)
ネージュは眉間に皺を寄せた。
彼はどうにも好きになれない。ネージュに直接嫌な言葉をかけてきた事はないが、何度か階級主義的な発言をしているのを耳にした事がある。
そんな人物に嫁いだら、恐らく待っているのは賎しい女と蔑まれる日々である。
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マルセルの血を色濃く受け継ぎ、後継者として指名されたアリスティードとは比較にならない。
たとえネージュを受け入れて貰えず、すっかり嫌われてしまった現状でも。
結婚式でも、その後の晩餐でも、腹立たしい事にフェリクスはアリスティードを攻撃し続けた。
彼に敵意を向けた招待客は第三王子だけではなかったが……。
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それは、出自が分からない元孤児のネージュも同じだから、共感はできても、彼を護る盾にはなれない。それがもどかしくて申し訳なかった。
酷い態度を取られても、ネージュはアリスティードを嫌えないでいた。
あの顔は卑怯だ。どうしたってマルセルが重なる。
ネージュは目を伏せるとソファの背もたれに身を預けた。
招待客だけでなく、使用人からも祝福されない結婚式だった。アリスティードが恋人を愛人として迎えると宣言したせいだ。
さすがに肉体的にも精神的にも、ひどく疲れて果てていた。
遠方からの招待客は、今日は屋敷の客室に泊まっている。
彼らに対して白い結婚という疑いを抱かせないために、明日はアリスティードもネージュも示し合わせて昼まで私室からは出ない予定である。
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