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十二 長州周旋

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こうして月形は福岡藩を代表して、長州周旋に乗り出すことになった。しかし事は容易には進まなかった。今や長州では俗論派が幅を利かせていた。そんな中、長州でも名が聞こえている月形である。

「大方、正義派を復権させるために工作しているのだろう」

そんな警戒もあったのだ。
周旋が難航する中、征長軍はいよいよ長州総攻撃の日にちを決め、進軍を開始した。
これを受け斉溥は、長州が大人しく降伏した場合は攻撃を止めるよう建白した。月形が無事長州をまとめ、征長軍に恭順させることを信じての建白であった。

ところが、事態は予想外の方向に進む。長州の正義派でも、徹底抗戦を叫ぶ奇兵隊士たちが、五卿の身柄を自分たちの元に移動させたのである。
五卿。尊王攘夷派の公家達である。天皇の逆鱗に触れた彼らは京を追い落とされ、長州に落ち延びていたが、その筆頭である三条実美は、今なお絶大な名声を持ち、長州の正義派たちにとっても最後の拠り所であった。ゆえに征長軍としても、彼らの引き渡しは降伏を認めるための絶対条件であった。
強硬な抗戦派は、対立する俗論派が早々に五卿を征長軍に引き渡すことを恐れたのだ。
彼らは易々と五卿を手放さないだろう。

では降伏条件が満たせなければどうなるか?長州総攻撃である。

「何とかしなければならん」

この事態に、周旋を行っていた月形たちは覚悟を決めた。彼らは独断で、征長軍にこうかけあったのだ。
「五卿は九州諸藩にて預かるということで如何か?もし五卿の処置を我々福岡藩に任せてくれるならば、絶対に五卿を長州から引き取ってみせる」
「福岡藩が責任をもって実現するならば、征長軍として異存はない」
その答えは、征長軍総督からの命令として、斉溥の下に届いた。この急展開に斉溥も絶句したが、月形の言葉が頭に浮かび上がった。
「皇国を守るため、無益な血を流すべきに非ず」
どのみち、長州周旋が成し遂げられなければ日本の未来はない。
背に腹は代えられん。日本の命運に福岡藩の未来も託してやる。

こうして福岡藩の長州周旋は、征長軍の正式な活動になった。藩として絶対に失敗が許されない一大事となったのである。

斉溥が総督命令を受け入れたと聞き、月形も覚悟を決めた。それまでの周旋活動は、彼が同志たちを指揮して行っていたが、もはや一刻の猶予もない。自ら乗り込まねばならない。乗り込む先はどこか?無論、五卿の下である。そこは死をも厭わない狂信的な奇兵隊士たちに囲まれている。

失敗は許されない。月形は、まず小倉で西郷吉之助に面会。説得への協力をこぎつけた上で、いよいよ五卿が待つ長府へと向かった。
「福岡から使者が来たらしい」
その知らせは、奇兵隊士たちにも伝わっていた。
道中「何しに来やがった」とばかりに、鋭い眼を向けてくる隊士もいた。無言で刃をかざし恫喝してくる者もいた。さすがに彼らも、話を聞かないうちから威嚇以上のことをしてくることはなかったが、月形の目的を知れば話は変わるであろう。
そう思った月形は、諸隊が求めてきた面会を、頑なに断った。
「まずは五卿の説得じゃ。わが使命を果たした後なら、命なぞくれてやる」
そんな心持ちであった。そしていよいよ五卿側から面会に応じるとの知らせが届いた。
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