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「だからよー。お荷物は要らねえって言ってんだよ。役立たずの賢者さんよぉ」
「きゃはーっ。あんまりはっきり言ったら可哀想だよー。アエル~」
「いやいや、ずっとこいつには言ってきてただろー? リオ。俺もよぉ、堪忍袋の緒が切れたってやつ?」
「きゃー、アエルかっこいー」

 俺は一体……何を見せられているんだろう……。

「というわけでよ。王様からもらった装備やら金は全部置いてけよ、使えない賢者ローデンさん」

 勇者。
 王国が選んだ対魔王軍の決戦兵器が、目の前の男、アエルだった。

 だが共に冒険をしてみてわかった。
 勇者は剣の腕だけは確かではあったが、致命的に頭が悪いのだ。
 何度もこの力だけのバカにイライラさせられてきた。

 更にたちの悪いことに、剣の腕は確かなものの別に特段優れているというわけではなかったのだ。
 少なくとも、魔王軍相手に大立ち回りができるほどの実力は兼ね備えていない。

 俺は別に魔王を倒したいとも、勇者パーティーに入りたいとも思っていなかった。
 ある日突然衛兵に囲まれて、半ば脅されるようにこんな奴らと組まされたわけだが……。

「俺は国王陛下から何も受け取ってはいない。置いていくものはないな」

 まあ抜けろというのならそれでも良いんだが、それを王国が認めるだろうか。
 いや認めないだろう。実際これまでも俺は何度か王国に勇者パーティー離脱をかけあったのだ。だがその答えはひどいものだった。
 もしこの任を拒否するなら罪人としてこの国に居場所など失くすとまで宣言されていたくらいだ。

 国に戻って罪人扱いというのも居心地が悪いのだが……。
 と、そんなことを考えているとアエルがアホ面を近づけてきてこう叫ぶ。

「あぁ!? おめえは賢者とか名乗ってんのに察しがわりいんだよなぁ? いつも!」
「何の話だ」
「だから。その高そうな装備全部置いてけって言ってんだよ。わっかんねえやつだなぁ? これまで何の役にも立ってねえんだからそのくらいはやっていけや」
「きゃはっ! そうそう、アエルの言う通り~!」

 なるほど……。

「前にも言ったけど、俺の補助魔法なしじゃ四天王から逃げ切ることも出来なかったんだぞ?」
「あぁ? 良いんだよそういうホラはよぉ。俺が強くてお前は弱い。それだけだろぉ?」
「きゃー! アエルそのとおり~。クスクス~弱いくせに嘘ついてまで意地はっちゃって、ローデンちゃんってほんとあ・わ・れ」

 勇者は馬鹿。
 その女も一応教会の聖女とかだったはずなんだが……レベルは勇者よりひどい。
 国も教会も信用できないというわけだ。

「よし。決めた」
「よーしよし、最初からそうすりゃいいんだよ」

 俺はただ、魔法の研究をし続けたかっただけだ。
 馬鹿な勇者も、それ以上にひどい聖女も、俺にこいつらを無理やり押し付けた王国も……もう見切りをつけることにしよう。

「じゃあまずはその高そうな杖から……って……え?」
「えー? アエルどうしたの……って……きゃぁあああああああああああああ」

 勇者と聖女のペアの首というのが魔王軍にとってどの程度の価値があるかはわからないが、これを手土産に魔王軍の方につこう。

「ひっ……なんで……なんでアエルが……首が……ぁ……あんたなんかにっ⁉」
「不思議か? 俺相手にあっさり死んだのが」
「そうよ! アエルは強くて! あんたはずっと何もしてなかったのに!」
「何もしてない……か。仮にも魔法を使うお前が認識すらしていなかったわけか」
「へ?」
「どうせ死ぬんだ。知っても時間の無駄だろう」
「待って! ねえそうだ、私前からあんたのことかっこいい……って……かはっ」

 馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、俺がずっと何をしていたのかも、本気で理解していなかったようだ。
 補助魔法を何重にもかけて仮にも王国が擁した最高戦力があっさり死なないように保護してきてやったわけだが……。

「まあいい。これで首が二つだ」

 ちょうどよく魔王軍領地に進軍してきていてよかった。
 ここからなら魔王城はすぐだからな。

 生まれ育った国に特に感慨もなく別れを告げ、俺は魔王城へと飛び立った。

 ◇

「これが勇者と聖女の首です。魔王様にとってどの程度の脅威であったかは不明ですが、これを手土産に私が魔王軍に降ることをお許し頂きたい」

 勇者と聖女の首をもって魔王軍にやってきた俺はあっさり魔王様に謁見を許され、首実検へと至った。

 魔王様は竜種を彷彿とさせるほど巨大で、玉座を見上げてもその顔が影に包まれてよく視えないほどだ。
 威厳も風格も十分。
 そしてあの勇者のようなハリボテではない正真正銘の実力を兼ね備えている。
 圧倒的な強者である魔王様が、突然訪ねた俺に直々に対応してくださるとは思いもしなかった。

「よ、よく来たな。人間よ。まずは面を上げ、名を名乗るが良い」

 玉座の魔が震えるような威厳ある低音が響く。
 ちょっと最初噛んだ気がするが気のせいだろう。気のせいに違いない。

「ローデンです。人間には賢者と呼ばれておりました」
「そ、そうか。賢者か……」
「はっ。手土産が足りなければ私自ら王国を滅ぼして来ますが……」
「え、人間の賢者ってこんな好戦的なの……?」

 まずい。魔王様に引かれてしまった。

「いえ……出過ぎた真似を……」
「ごほん……いや、良い。して、お主の望みはなんだ?」
「望み? すでにお伝えしましたが」

 魔王様が寛大な方で良かった。
 まあそもそも素性のわからない俺をこんなところまで招き入れたんだ。実力も器量も相当なものだということは間違いないのだが……。

「いや⁉ 勇者だぞ! 我らが長年大陸攻略を目論んでいたというのに、ここ数年動きを封じられ続けてきた勇者だぞ⁉ それを討伐してきたのがもし魔族であったなら! 余はすでに現役を退いていたくらいだ!」
「なるほど……」

 玉座に執着する様子もなく後継のことまで気にかけているとは流石魔王様である。

「お待ち下さい魔王様。まずはこのものが本当に信用できるか確かめねば……」
「うむぅ……そうであったな。まずはそれらが本物の勇者と聖女であるかを確かめねばなるまい」
「はっ……」

 側近と思しき年老いた魔族の進言を受け、俺の持ってきた二人の首が運ばれる。

「….…四天王バーンズよ」
「こちらに」
「余は勇者の顔を知らぬ。直接戦ったお主ならわかるであろう」

 そう言って呼び出されたのは炎を全身にまとう魔族。
 そうだ。あのとき勇者が命からがら逃げ出した四天王の一角だ。

「これは……間違いなく勇者と聖女のものなのですが……」
「なんだ?」
「いえ……その……」
「何を言おうが余は動じぬぞ。臆せず話すが良い」

 流石は魔王様だな。
 動揺する部下を優しく受け入れ言葉を促している。
 間違いない。王国よりも良いところだ、ここは。

 王国で無理やり衛兵に連れ出されて戦わされ、支給品も給金も一切出なかったくせに離脱しようとすれば罪人扱いにするという脅しはまさに世に言うブラックな現場だっただろう。

 それがどうだ。
 魔王様は実力があり、寛大で、部下思いで……間違いない。ここがホワイトなのだ。

 そんな事を考えていたらようやくバーンズが口を開いた。

「申し上げます。勇者も聖女も、大した実力ではございませんでした」
「ほう? ではなぜお主ほどの実力者がこの二人を一度取り逃したのだ」
「それは……」

 バーンズがこちらを一瞬見て、すぐに顔を戻した。
 ああ! 気を使わせてしまったかもしれない。
 俺が勇者や聖女に手を貸していたことを進言することをためらってくれたのかもしれない。

 ここでは先輩となる四天王のバーンズにそんな気を使わせるわけには行かないだろう。

「申し上げます。当時私は勇者たちを逃すためバーンズ様に幻術をかけ、勇者、聖女両名にバフをかけることで逃れました。罰は何卒、私に」
「いやいや待て待て。ということはあれか? バーンズは……いや魔王軍が対峙していた勇者パーティーというのは……」
「はい。すべてあの賢者一人の功績と考えていただいて良いかと。魔王様も感じておられると思いますが、私程度見逃されたのが幸運であってあの者がその気であれば今この場にはいなかったでしょう」

 なんということだ。
 魔王様だけでなく四天王もまた人格者だった。
 魔王軍に仇なしていた私をかばうどころか持ち上げてくれるとは……。

 バーンズは幸運と言ったが、上位の魔族は変身を行うと文献で学んでいる。
 それも一度ではなく、二度、三度変身を行うのだ。
 変身とはいわば脱皮のようなもの。そのたびにそれまでとは比べ物にならないほどの力を有するという。
 その変身を残していたはずのバーンズにとって私など大した障害ではなかっただろうに……本当に暖かい場所だった。

「ふむぅ……バーンズにここまで言わしめるか。これは厚遇をもって迎え入れねばならんな」
「はっ……ご慧眼恐れ入ります」

 側近も魔王様の判断に口出しすることはなかった。

「では賢者ローデンよ。余は、我ら魔王軍は貴殿を歓迎する。十二階のうち第三位の称号を与えるゆえ、次期四天王を見据えて動くが良い。指示役兼案内係にバーンズをつける。ここの生活に不自由することがあれば何でも言え。支度金も持たせる。人間に必要なものはわからぬが城下で揃わぬものはいつでも言うが良い」

 魔王軍の第三位階……。文字通り四天王に次ぐ階級だと……?
 いやそれよりも、支度金や生活の配慮まで……。

「粉骨砕身、魔王軍のために取り組ませていただきます」
「うむ」


 玉座の間を離れた俺は魔王軍四天王、バーンズ様のもとで参謀を務め、生まれの王国を一週間で滅ぼすことに成功する。
 その後も立派な書斎を与えられ、何不自由ないホワイトな環境で趣味の魔法研究に勤しみながら、魔王軍の大陸制覇に向け、活躍の機会をいただくことになっていった……。
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