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冒険者ジル、最大の冒険06
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~アイン視点~
俺の目の前を駆けていくジルを見送る。
(無茶だ!)
そう思ったが、ジルはものすごい速さで振り回される竜の脚をかいくぐると一気に突っ込み、首元に薙刀を突き刺した。
同時に、ベルも竜の首に飛び掛かって剣を突き刺す。
その瞬間、俺はこの戦いが終わったということを覚った。
「ジル!」
とベルが叫ぶ声がして、ハッとする。
見ると、ジルが倒れ込んでいる。
俺は、体の痛みをとりあえず忘れてジルに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
と言って、ベルに支えられてぐったりとしているジルを見る。
どうやら意識を失っているだけのようだ。
俺はほっとしてジルを抱き上げた。
とりあえず荷物のある場所まで連れて行って寝かせる。
そして、肩で息をしながらも比較的元気そうなサーシャとユナに後のことを頼むと俺は再び竜の首元に向かった。
ジルが突き刺した薙刀を引っこ抜く。
途端に血が飛び出してきて、慌てて飛び退さったが、返り血を少し浴びてしまった。
(なにやってんだよ…)
と、おっちょこちょいな自分に苦笑いを浮かべる。
そして、薙刀を持ってまたジルが寝ている場所に戻ると、集まっていたみんなと静かにハイタッチを交わした。
やがて、日が暮れようかという頃。
ジルが目を覚ます。
「う、うーん…」
と頭を押さえているが大丈夫だろうか?
俺がそう思っていると、サーシャとアイカがすぐに近寄って、ジルを抱き起した。
「えっと…」
というジルに、
「良かった!」
と言って、アイカが抱き着く。
「ちょっ…。つっ!」
と言って、ジルが頭を抑えた。
「だ、大丈夫?」
と慌ててアイカが謝るようにそう言うと、
「ええ…。すっごい二日酔いって感じ…」
とジルが苦笑いを浮かべる。
「うふふ。とりあえずほっとしたわ」
とサーシャが安堵の表情でそう話しかけると、ジルが、
「とりあえず、お水もらえるかな?」
と言って、本当に二日酔いのようなことを言った。
~ジル視点~
まるで二日酔いのように頭が痛む。
「う、うーん…」
思わずそう唸ったところで、私は目を覚ました。
「良かった!」
と言って、アイカが抱き着いてくる。
私は、びっくりするのと同時に、頭の痛みを覚えて、
「ちょっ…。つっ!」
と頭を押さえてしまった。
「だ、大丈夫?」
と慌ててアイカが謝るようにそう言って来るのに、なんとか笑顔を浮かべながら、
「ええ…。すっごい二日酔いって感じ…」
と言って安心させる。
すると、
「うふふ。とりあえずほっとしたわ」
とサーシャさんが、心底ほっとしたような表情でそう言ってくれた。
私はなんだか照れてしまって、
「とりあえず、お水もらえるかな?」
と冗談交じりにそう言うと、
「ふふっ。本当に良かった。心配したのよ」
と言って、ベルが水を差し出してくれる。
私はそれを受け取り、
「ありがとう」
と言って、ひと口飲むと、ようやく自分に何があったのかをおぼろげながら思い出し始めた。
(確か大きな魔物がいて、アインさんが倒れて、私は反射的に飛び出して…)
と段々思い出してくる。
そして、ふと魔物がいたと思しき方に目を向けると、何か巨大な物がそこにあった。
「えっと…」
と思わず言葉に詰まる。
「竜だな」
とアインさんが笑いながら、その巨大な物の正体を教えてくれた。
「え?」
と思わず聞き返す。
すると、アインさんは呆れたような顔で、
「トドメを刺したのはお前だぞ?」
と言って苦笑いを浮かべた。
なんとなく思い出す。
たしかに、何か巨大な魔物に突っ込んで薙刀を突き刺した。
しかし、まさかそれが竜だったとは、全くの予想外だ。
私は今更怖気を覚えつつ、
「覚えてないんだよね…」
と、引きつった笑いを浮かべる。
「はっはっは。なんだそりゃ。それじゃぁまるで本当の二日酔いみたいじゃねぇか」
とガンツのおっさんが大きな声で笑う。
私はそんなガンツのおっさんに、
「頭に響くから止めて」
とジト目を返しつつ、私は自分がしでかしてしまったことを今更ながらに認識した。
「はっはっは。竜を殺すと二日酔いになるのか」
と言ってアインさんが本当におかしそうに笑う。
「あははっ。なんだかジルっぽいっちゃ、ジルっぽいね」
とアイカも笑った。
ユナが、
「うふふ。本当にジルっぽいわね」
と言って笑い、ベルも、
「ふふっ」
と堪えきれないと言った様子で笑っている。
そんなみんなを見て私は、
(まぁ、とりあえずみんな笑顔だから良かったってことよね)
と思って、苦笑いを浮かべた。
とりあえず、行動食を少しかじり、自分の荷物から痛み止めを出して飲む。
そして、その日はゆっくりと休ませてもらえることになった。
少し申し訳なさを感じつつも目を閉じる。
(良かった…)
という感想しか出てこない。
そして、私は今更ながら、自分の行動がいかに無茶だったかを思って少し反省した。
(反省しても後悔はしない)
そんな父さんの謎の言い訳を思い出す。
私は心の中で、
(ふふっ)
と笑い、父さんや母さんの顔を思い出すと、そのままいつの間にか眠りに落ちてしまった。
翌朝。
ややすっきりとした気持ちで目を覚ます。
体調の方はすっかり元に戻っていた。
「おはよう。昨日はありがとう。もう大丈夫よ」
とみんなに朝の挨拶と礼を言う。
「おはよう。安心したわ」
と言って、ユナがお茶を差し出してくれた。
また
「ありがとう」
と言って、お茶を受け取る。
ひと口飲むとなんだかやっと人心地着いたような気がした。
それからみんなでお茶を飲みつつ会議を始める。
「どうする?」
というアインさんに、
「とりあえず、俺は食うぜ!」
「私も!」
とガンツのおっさんとアイカが手を挙げてそう主張した。
「…本当にたべるの?」
「伝説の中の話なのよ?」
「興味はあるけど…」
と、ユナ、サーシャさん、ベルがそれぞれ慎重論を唱える。
そんな話を聞き、
(伝説の中ではものすごく美味しいって話だったわよね。…たしかに食べてみたいかも)
と思った私は、みんなに向かって、
「お腹の薬なら全員分持ってきてるわよ」
と苦笑いで告げてみた。
「はっはっは。わかった。じゃぁ、まずは、俺がひと口食ってみる。異常が無ければみんなで焼肉だ」
というアインさんの提案を全員が了承する。
そして、私たちは竜の解体に向かった。
分厚くて硬い皮を首の傷の所から何とかこじ開け一塊の肉を取り出す。
持った感じ、肉は意外にも柔らかく、色は綺麗な赤色をしていた。
(あんまり脂は無さそうね…)
と思いながら、小さく切って塩を振り、まずは毒見用に一切れだけ焼く。
念のため、しっかりと火を通した。
「いいわよ」
と言って、アインさんに渡す。
全員の目が釘付けになった。
アインさんがおもむろに肉を口に入れる。
ひと噛みして、アインさんが目を見開いた。
全員がゴクンと唾を呑み込む。
アインさんは、もう何回か口をもぐもぐすると、ゴクリと飲み込んで、ひと言、
「…美味い」
とつぶやいた。
「よし、俺の分も焼いてくれ」
「あ、ずるい!私も!」
とさっそくガンツのおっさんとアイカが反応する。
私はそれに苦笑いを返して、
「焦らないの」
と言うと、さっそくみんなの分の肉を切り始めた。
(アインさんは美味しいっていったけど、どんな味なのかしら)
と興味津々で切った肉をさっそく焼く。
みんなの待ちきれないという顔を見ながら、私も待ちきれない気持ちで、肉が焼けるのを待った。
やがて、肉の表面に肉汁が浮いて、良い感じに焼けた合図を出してくる。
「そろそろなんじゃない?」
とワクワクした顔で言って来るアイカに、
「そうね。はい」
と言って最初の一切れを渡した。
「あっ」
とガンツのおっさんが大人気ない声を上げる。
「はい。お待たせ」
と言って、ガンツのおっさんにも肉を取ってやると、ガンツのおっさんは本当に嬉しそうな顔をして、さっそくその肉を口に放り込んだ。
「うっまー!」
とアイカが目を見開いて叫び声をあげる。
「ぬぉぉ!こいつぁいい!」
と続いてガンツのおっさんが雄叫びをあげた。
私はみんなにも肉を渡し、さっそく自分の分を口に運ぶ。
やや緊張しながら、口に入れると、途端に華やかな香りが口いっぱいに広がった。
(なにこれ…。肉なのにまるでワインみたいにフレッシュな香りがする!ああ、でも。味はしっかり肉だわ。脂も程よいし、柔らかいからすぐに嚙み切れる。なにこの肉肉しい感じと上品な感じの絶妙な組み合わせ…)
私の心に、いや、思考全体に感動が広がる。
(今まで食べた肉の中でも最高の肉だわ。いえ、この肉を肉の範疇に入れていいのかしら?もはや別次元の食べ物と言った方がいいのかもしれないわ…)
と思いながら、私はどんどん次の肉をスキレットの上に乗せていった。
竜の肉という最高の食材を競い合うようにして食べた後。
思い出したかのように、魔石を取り出す作業に取り掛かる。
竜の解体は当然難航し、結局昼にもう一度、今度はステーキを挟んだ後、夕方近くまでかかってしまった。
メロンより一回り大きいくらいの魔石と何とか荷物に収まる分の皮を剥ぎ取った所で、
「あとはギルド任せだな」
とアインさんが言って、私たちはそれ以上の解体を諦める。
そしてまた私たちはまた竜の肉を堪能すると、その日は早々に体を休めた。
翌朝。
出来る限りの肉を持って帰路に就く。
帰りは行きより早く。10日で村に辿り着いた。
村に着くとさっそく村長に報告に行く。
竜とかミノタウロスという言葉に村長は愕然としていたが、
「これからしばらくは村に冒険者が溢れますよ」
と言うと、本当に嬉しそうな顔になって、私たちに何度もお礼を言ってくれた。
村で久しぶりのお風呂に浸かり冒険の疲れを癒す。
いつものように、
「ふいー…」
と言葉を漏らすと、冒険の疲れがどんどんお湯に溶けていった。
お風呂から上がりさっそく食堂へ赴く。
すると、
「お。やっと来たか!」
と言ってガンツのおっさんが、
「姉ちゃん、ビールだ!」
と威勢よく注文を出した。
「肉は適当に頼んどいたぜ」
というガンツのおっさんの言う通り、次から次に肉がやって来る。
そしてその肉はどんどんみんなの胃袋に吸い込まれていった。
「美味しいけど、物足りなく感じちゃうわね」
と言って、サーシャさんが苦笑いを浮かべる。
「はっはっは。あれと比べればワイバーンだって霞んじまうからなぁ」
とガンツのおっさんが言うと、
「でも、また戦うのは勘弁かな」
と言って、アイカが「あはは」と笑った。
明るい笑顔が小さな村の小さな宿屋の食堂に広がる。
私は、このお酒を飲み、肉を食べるという、当たり前の日常を何よりも嬉しく、尊く感じた。
途中の村でも村長に報告して、ヨークの町に戻ると、さっそくギルドに報告に行く。
当然「竜」という言葉にギルドの職員は大慌てになった。
さっそく詳しい事情聴取や場所の確認が始まる。
そんな慌ただしい時間を半日近くも過ごし、私たちはやっと質問攻めから解放された。
ヨークの町でもなぜかもう一度打ち上げをした翌朝。
町の門で王都のギルドに直接報告に行くという「烈火」の3人と別れる。
「またな」
「楽しかったぜ」
「ええ。とっても楽しかったわ。また一緒に冒険しましょう」
と言う3人と私たちはそれぞれに言葉を交わし別れを惜しんだ。
慣れ親しんだ裏街道を進む。
「楽しかったわね」
「ええ。楽しかったわ」
「そうね、楽しかったわ」
「あはは。私は美味しかったかな?」
と会話を交わしながらの楽しい帰路。
気が付けば秋の気配が強まっている風を心地よく頬に感じながら、私たちは意気揚々とチト村を目指した。
進むこと半月余り。
ようやくチト村の門が見えてくる。
私はその光景に思わず泣きそうになってしまった。
何とか涙をこらえて門まで辿り着き、詰所の中に声を掛ける。
「帰ったわよ」
という声に、詰所の奥から、
「おう。遅かったな」
と呑気な声が返ってきた。
(これはこれで、帰って来たって感じするわね)
と苦笑いしながら、
「たまには仕事しなさいよ」
と冗談を言って門をくぐる。
そして、そこでみんなといったん別れると、今にも走り出しそうなエリーをなんとか速足程度に抑えながら、さっそくアンナさんの家へと向かった。
裏庭に回り、勝手口を開ける。
「ただいま!」
という声に、バタバタという足音と、
「ジルお姉ちゃん」
という声が重なって、ユリカちゃんがいつものように飛びついてきた。
「おかえり、ジルお姉ちゃん!」
と言うアイカちゃんにもう一度、
「ただいま」
と言葉を掛け、抱きしめる。
「おかえりなさい」
と言ってくれるアンナさんにも、笑顔で、
「ただいま」
と返事をした。
久しぶりに見るいつもの光景といつもの匂い。
いつもの温もりを抱きしめた瞬間、私は無事に帰って来られたのだということを心の底から実感した。
ついに私の目から涙がこぼれる。
「どうしたの?どこか痛いの?」
と心配そうに私を見上げるユリカちゃんに、
「ううん。とっても嬉しかっただけよ」
と答えて、またユリカちゃんを抱きしめた。
「今日はクリームシチューね」
というアンナさんの言葉に微笑みに、また少し涙がこぼれた。
「あらあら」
と微笑んでアンナさんが私を抱きしめてくれた。
「おかえりなさい」
という言葉に、
「ただいま」
と返す。
私はたったそれだけの言葉の中にある大きな幸せを感じて、今回の大冒険を締めくくった。
俺の目の前を駆けていくジルを見送る。
(無茶だ!)
そう思ったが、ジルはものすごい速さで振り回される竜の脚をかいくぐると一気に突っ込み、首元に薙刀を突き刺した。
同時に、ベルも竜の首に飛び掛かって剣を突き刺す。
その瞬間、俺はこの戦いが終わったということを覚った。
「ジル!」
とベルが叫ぶ声がして、ハッとする。
見ると、ジルが倒れ込んでいる。
俺は、体の痛みをとりあえず忘れてジルに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
と言って、ベルに支えられてぐったりとしているジルを見る。
どうやら意識を失っているだけのようだ。
俺はほっとしてジルを抱き上げた。
とりあえず荷物のある場所まで連れて行って寝かせる。
そして、肩で息をしながらも比較的元気そうなサーシャとユナに後のことを頼むと俺は再び竜の首元に向かった。
ジルが突き刺した薙刀を引っこ抜く。
途端に血が飛び出してきて、慌てて飛び退さったが、返り血を少し浴びてしまった。
(なにやってんだよ…)
と、おっちょこちょいな自分に苦笑いを浮かべる。
そして、薙刀を持ってまたジルが寝ている場所に戻ると、集まっていたみんなと静かにハイタッチを交わした。
やがて、日が暮れようかという頃。
ジルが目を覚ます。
「う、うーん…」
と頭を押さえているが大丈夫だろうか?
俺がそう思っていると、サーシャとアイカがすぐに近寄って、ジルを抱き起した。
「えっと…」
というジルに、
「良かった!」
と言って、アイカが抱き着く。
「ちょっ…。つっ!」
と言って、ジルが頭を抑えた。
「だ、大丈夫?」
と慌ててアイカが謝るようにそう言うと、
「ええ…。すっごい二日酔いって感じ…」
とジルが苦笑いを浮かべる。
「うふふ。とりあえずほっとしたわ」
とサーシャが安堵の表情でそう話しかけると、ジルが、
「とりあえず、お水もらえるかな?」
と言って、本当に二日酔いのようなことを言った。
~ジル視点~
まるで二日酔いのように頭が痛む。
「う、うーん…」
思わずそう唸ったところで、私は目を覚ました。
「良かった!」
と言って、アイカが抱き着いてくる。
私は、びっくりするのと同時に、頭の痛みを覚えて、
「ちょっ…。つっ!」
と頭を押さえてしまった。
「だ、大丈夫?」
と慌ててアイカが謝るようにそう言って来るのに、なんとか笑顔を浮かべながら、
「ええ…。すっごい二日酔いって感じ…」
と言って安心させる。
すると、
「うふふ。とりあえずほっとしたわ」
とサーシャさんが、心底ほっとしたような表情でそう言ってくれた。
私はなんだか照れてしまって、
「とりあえず、お水もらえるかな?」
と冗談交じりにそう言うと、
「ふふっ。本当に良かった。心配したのよ」
と言って、ベルが水を差し出してくれる。
私はそれを受け取り、
「ありがとう」
と言って、ひと口飲むと、ようやく自分に何があったのかをおぼろげながら思い出し始めた。
(確か大きな魔物がいて、アインさんが倒れて、私は反射的に飛び出して…)
と段々思い出してくる。
そして、ふと魔物がいたと思しき方に目を向けると、何か巨大な物がそこにあった。
「えっと…」
と思わず言葉に詰まる。
「竜だな」
とアインさんが笑いながら、その巨大な物の正体を教えてくれた。
「え?」
と思わず聞き返す。
すると、アインさんは呆れたような顔で、
「トドメを刺したのはお前だぞ?」
と言って苦笑いを浮かべた。
なんとなく思い出す。
たしかに、何か巨大な魔物に突っ込んで薙刀を突き刺した。
しかし、まさかそれが竜だったとは、全くの予想外だ。
私は今更怖気を覚えつつ、
「覚えてないんだよね…」
と、引きつった笑いを浮かべる。
「はっはっは。なんだそりゃ。それじゃぁまるで本当の二日酔いみたいじゃねぇか」
とガンツのおっさんが大きな声で笑う。
私はそんなガンツのおっさんに、
「頭に響くから止めて」
とジト目を返しつつ、私は自分がしでかしてしまったことを今更ながらに認識した。
「はっはっは。竜を殺すと二日酔いになるのか」
と言ってアインさんが本当におかしそうに笑う。
「あははっ。なんだかジルっぽいっちゃ、ジルっぽいね」
とアイカも笑った。
ユナが、
「うふふ。本当にジルっぽいわね」
と言って笑い、ベルも、
「ふふっ」
と堪えきれないと言った様子で笑っている。
そんなみんなを見て私は、
(まぁ、とりあえずみんな笑顔だから良かったってことよね)
と思って、苦笑いを浮かべた。
とりあえず、行動食を少しかじり、自分の荷物から痛み止めを出して飲む。
そして、その日はゆっくりと休ませてもらえることになった。
少し申し訳なさを感じつつも目を閉じる。
(良かった…)
という感想しか出てこない。
そして、私は今更ながら、自分の行動がいかに無茶だったかを思って少し反省した。
(反省しても後悔はしない)
そんな父さんの謎の言い訳を思い出す。
私は心の中で、
(ふふっ)
と笑い、父さんや母さんの顔を思い出すと、そのままいつの間にか眠りに落ちてしまった。
翌朝。
ややすっきりとした気持ちで目を覚ます。
体調の方はすっかり元に戻っていた。
「おはよう。昨日はありがとう。もう大丈夫よ」
とみんなに朝の挨拶と礼を言う。
「おはよう。安心したわ」
と言って、ユナがお茶を差し出してくれた。
また
「ありがとう」
と言って、お茶を受け取る。
ひと口飲むとなんだかやっと人心地着いたような気がした。
それからみんなでお茶を飲みつつ会議を始める。
「どうする?」
というアインさんに、
「とりあえず、俺は食うぜ!」
「私も!」
とガンツのおっさんとアイカが手を挙げてそう主張した。
「…本当にたべるの?」
「伝説の中の話なのよ?」
「興味はあるけど…」
と、ユナ、サーシャさん、ベルがそれぞれ慎重論を唱える。
そんな話を聞き、
(伝説の中ではものすごく美味しいって話だったわよね。…たしかに食べてみたいかも)
と思った私は、みんなに向かって、
「お腹の薬なら全員分持ってきてるわよ」
と苦笑いで告げてみた。
「はっはっは。わかった。じゃぁ、まずは、俺がひと口食ってみる。異常が無ければみんなで焼肉だ」
というアインさんの提案を全員が了承する。
そして、私たちは竜の解体に向かった。
分厚くて硬い皮を首の傷の所から何とかこじ開け一塊の肉を取り出す。
持った感じ、肉は意外にも柔らかく、色は綺麗な赤色をしていた。
(あんまり脂は無さそうね…)
と思いながら、小さく切って塩を振り、まずは毒見用に一切れだけ焼く。
念のため、しっかりと火を通した。
「いいわよ」
と言って、アインさんに渡す。
全員の目が釘付けになった。
アインさんがおもむろに肉を口に入れる。
ひと噛みして、アインさんが目を見開いた。
全員がゴクンと唾を呑み込む。
アインさんは、もう何回か口をもぐもぐすると、ゴクリと飲み込んで、ひと言、
「…美味い」
とつぶやいた。
「よし、俺の分も焼いてくれ」
「あ、ずるい!私も!」
とさっそくガンツのおっさんとアイカが反応する。
私はそれに苦笑いを返して、
「焦らないの」
と言うと、さっそくみんなの分の肉を切り始めた。
(アインさんは美味しいっていったけど、どんな味なのかしら)
と興味津々で切った肉をさっそく焼く。
みんなの待ちきれないという顔を見ながら、私も待ちきれない気持ちで、肉が焼けるのを待った。
やがて、肉の表面に肉汁が浮いて、良い感じに焼けた合図を出してくる。
「そろそろなんじゃない?」
とワクワクした顔で言って来るアイカに、
「そうね。はい」
と言って最初の一切れを渡した。
「あっ」
とガンツのおっさんが大人気ない声を上げる。
「はい。お待たせ」
と言って、ガンツのおっさんにも肉を取ってやると、ガンツのおっさんは本当に嬉しそうな顔をして、さっそくその肉を口に放り込んだ。
「うっまー!」
とアイカが目を見開いて叫び声をあげる。
「ぬぉぉ!こいつぁいい!」
と続いてガンツのおっさんが雄叫びをあげた。
私はみんなにも肉を渡し、さっそく自分の分を口に運ぶ。
やや緊張しながら、口に入れると、途端に華やかな香りが口いっぱいに広がった。
(なにこれ…。肉なのにまるでワインみたいにフレッシュな香りがする!ああ、でも。味はしっかり肉だわ。脂も程よいし、柔らかいからすぐに嚙み切れる。なにこの肉肉しい感じと上品な感じの絶妙な組み合わせ…)
私の心に、いや、思考全体に感動が広がる。
(今まで食べた肉の中でも最高の肉だわ。いえ、この肉を肉の範疇に入れていいのかしら?もはや別次元の食べ物と言った方がいいのかもしれないわ…)
と思いながら、私はどんどん次の肉をスキレットの上に乗せていった。
竜の肉という最高の食材を競い合うようにして食べた後。
思い出したかのように、魔石を取り出す作業に取り掛かる。
竜の解体は当然難航し、結局昼にもう一度、今度はステーキを挟んだ後、夕方近くまでかかってしまった。
メロンより一回り大きいくらいの魔石と何とか荷物に収まる分の皮を剥ぎ取った所で、
「あとはギルド任せだな」
とアインさんが言って、私たちはそれ以上の解体を諦める。
そしてまた私たちはまた竜の肉を堪能すると、その日は早々に体を休めた。
翌朝。
出来る限りの肉を持って帰路に就く。
帰りは行きより早く。10日で村に辿り着いた。
村に着くとさっそく村長に報告に行く。
竜とかミノタウロスという言葉に村長は愕然としていたが、
「これからしばらくは村に冒険者が溢れますよ」
と言うと、本当に嬉しそうな顔になって、私たちに何度もお礼を言ってくれた。
村で久しぶりのお風呂に浸かり冒険の疲れを癒す。
いつものように、
「ふいー…」
と言葉を漏らすと、冒険の疲れがどんどんお湯に溶けていった。
お風呂から上がりさっそく食堂へ赴く。
すると、
「お。やっと来たか!」
と言ってガンツのおっさんが、
「姉ちゃん、ビールだ!」
と威勢よく注文を出した。
「肉は適当に頼んどいたぜ」
というガンツのおっさんの言う通り、次から次に肉がやって来る。
そしてその肉はどんどんみんなの胃袋に吸い込まれていった。
「美味しいけど、物足りなく感じちゃうわね」
と言って、サーシャさんが苦笑いを浮かべる。
「はっはっは。あれと比べればワイバーンだって霞んじまうからなぁ」
とガンツのおっさんが言うと、
「でも、また戦うのは勘弁かな」
と言って、アイカが「あはは」と笑った。
明るい笑顔が小さな村の小さな宿屋の食堂に広がる。
私は、このお酒を飲み、肉を食べるという、当たり前の日常を何よりも嬉しく、尊く感じた。
途中の村でも村長に報告して、ヨークの町に戻ると、さっそくギルドに報告に行く。
当然「竜」という言葉にギルドの職員は大慌てになった。
さっそく詳しい事情聴取や場所の確認が始まる。
そんな慌ただしい時間を半日近くも過ごし、私たちはやっと質問攻めから解放された。
ヨークの町でもなぜかもう一度打ち上げをした翌朝。
町の門で王都のギルドに直接報告に行くという「烈火」の3人と別れる。
「またな」
「楽しかったぜ」
「ええ。とっても楽しかったわ。また一緒に冒険しましょう」
と言う3人と私たちはそれぞれに言葉を交わし別れを惜しんだ。
慣れ親しんだ裏街道を進む。
「楽しかったわね」
「ええ。楽しかったわ」
「そうね、楽しかったわ」
「あはは。私は美味しかったかな?」
と会話を交わしながらの楽しい帰路。
気が付けば秋の気配が強まっている風を心地よく頬に感じながら、私たちは意気揚々とチト村を目指した。
進むこと半月余り。
ようやくチト村の門が見えてくる。
私はその光景に思わず泣きそうになってしまった。
何とか涙をこらえて門まで辿り着き、詰所の中に声を掛ける。
「帰ったわよ」
という声に、詰所の奥から、
「おう。遅かったな」
と呑気な声が返ってきた。
(これはこれで、帰って来たって感じするわね)
と苦笑いしながら、
「たまには仕事しなさいよ」
と冗談を言って門をくぐる。
そして、そこでみんなといったん別れると、今にも走り出しそうなエリーをなんとか速足程度に抑えながら、さっそくアンナさんの家へと向かった。
裏庭に回り、勝手口を開ける。
「ただいま!」
という声に、バタバタという足音と、
「ジルお姉ちゃん」
という声が重なって、ユリカちゃんがいつものように飛びついてきた。
「おかえり、ジルお姉ちゃん!」
と言うアイカちゃんにもう一度、
「ただいま」
と言葉を掛け、抱きしめる。
「おかえりなさい」
と言ってくれるアンナさんにも、笑顔で、
「ただいま」
と返事をした。
久しぶりに見るいつもの光景といつもの匂い。
いつもの温もりを抱きしめた瞬間、私は無事に帰って来られたのだということを心の底から実感した。
ついに私の目から涙がこぼれる。
「どうしたの?どこか痛いの?」
と心配そうに私を見上げるユリカちゃんに、
「ううん。とっても嬉しかっただけよ」
と答えて、またユリカちゃんを抱きしめた。
「今日はクリームシチューね」
というアンナさんの言葉に微笑みに、また少し涙がこぼれた。
「あらあら」
と微笑んでアンナさんが私を抱きしめてくれた。
「おかえりなさい」
という言葉に、
「ただいま」
と返す。
私はたったそれだけの言葉の中にある大きな幸せを感じて、今回の大冒険を締めくくった。
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政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
女神に頼まれましたけど
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雷が光る中、催される、卒業パーティー。
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「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
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情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
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「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
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