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王都での休日03

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翌日。
(蕎麦屋のかつ丼ってなんであんなに美味しいのかしら)
と昨日の昼食のことを思い出しながら、ひとり王宮を目指す。
そして、小さな門の前に着くと、さっそく衛兵さんに案内されて中へと入っていった。

「ジルちゃん!」
と、私は部屋へ通されるなり、リリエラ様が抱き着いてくる。
私がそれを受け止めて、
「ご無沙汰してます」
と苦笑いでそう言うと、リリエラ様は、
「本当よ、もう…」
と少し拗ねたような顔でそう言った。
「でも、ありがとう。あのお薬取って来てくれたのジルちゃんなんでしょ?」
と言うリリエラ様に、
「はい。効きましたか?」
と聞く。
「ええ。なんだか最近調子がいいのよ」
と答えてくれたリリエラ様のその本当に可愛らしい笑顔を見て、私は、
(良かった…。あとでみんなにもちゃんと伝えてあげないとね)
と心の底から嬉しさを感じ、
「それは良かったです」
と満面の笑みでそう答えた。

「やぁ、ジュリエッタ。この間はありがとう」
と奥からエリオット殿下も声を掛けてくる。
私はリリエラ様から、少し離れると、
「こちらこそ、なにかとご尽力いただけたようで、感謝申し上げます」
と言って礼を取った。
エリオット殿下はそんな私の態度に少し苦笑いを浮かべると、
「ははは。たいしたことはしてないよ。それよりもさっそく午餐にしようじゃないか」
と言って、私たちを席に促す。
私が、
「失礼します」
と言って、席に着くと、さっそく午餐というよりも楽しい昼食会が始まった。

ワイバーンの肉が美味しかったとか、下町の蕎麦はズズッと音を立ててすすりながら食べるのが正解だとか、庶民は牛の内臓もきちんと処理して食べるのですよ。
という話をすると、リリエラ様は驚いて興味深そうにその話を聞いてくれる。
その様子をエリオット殿下も微笑ましく眺めながら、私の話を聞いてくれた。
ややあって、
「うふふ。ジルちゃんったら食べ物のお話ばっかりね」
と笑いながらリリエラ様に指摘されて、少し照れつつ、
「リリエラ様も調子が良い時はたくさん食べてくださいね。食事は力の源ですから」
と、なんとなく医者っぽいことを言って、その場をごまかした。
「うふふ。わかったわジルちゃん」
と言ってリリエラ様が楽しそうに微笑む。
エリオット殿下も、
「本当にあの薬は良く効いてね。だんだん食べられる量も増えてきたみたいなんだ。もう少し体力がついてきたら、次の段階、軽い運動なんかも始めさせる予定だよ」
と言って心の底から嬉しそうな笑顔でそう言った。
私も、この上なく嬉しい気持ちで微笑む2人を眺める。

やがて食事が終わりお茶の時間。
そこでリリエラ様が、
「そうそう。ジルちゃん。あのね、聖女様の魔法って光るって言ってたでしょ?それってどんな感じで光るの?」
とやや唐突に、聖女の魔法について聞いてきた。
私はどう答えた物かと思って、エリオット殿下を見るが、エリオット殿下も困ったような顔で笑うのみ。
そこで、私は、
「えーっと、普段は専用の道具を使ってやるんですけど…」
と答えつつもポケットの中を探って、緊急用に持ち歩いている小さな浄化石を取り出し、リリエラ様に見せる。
そして、
「これを使えば少しは光ります。やってみますか?」
と聞いてみた。
「あら。私にもできるの!?」
と驚くリリエラ様に、
「ええ。聖女の魔法とは少し違いますけど、その場を浄化する力があります。魔力を流せば誰でもできるように作られたものですから、コツを覚えればリリエラ様でもお使いになれますよ」
というと、リリエラ様は、なぜかちょっとムッとした顔をして、
「今日はリリーちゃんって呼んでいい日よ?」
と言ってきた。
そこで私は苦笑いしつつ、
「ごめんなさい。リリーちゃん。やってみる?」
と聞き直す。
すると、リリエラ様は満足げ気に、
「うん!」
と子供っぽく答えてさっそくやってみることになった。

さっそく、リリエラ様の正面に移動して、掌に浄化石を乗せる。
私はその手に優しく手を添えて、
「いいですか、最初は私が魔力を流しますから、その感覚がつかめたらご自身の魔力を少しずつ流してみてくださいね」
と言って、緊張気味のリリエラ様に、
「大丈夫ですよ」
と軽く言葉を掛けると、さっそくほんの少し魔力を流してみた。
すると、リリエラ様の手を伝って、私の魔力が浄化石に流れる。
ぼんやりと光り始めた浄化石を見て、リリエラ様が、
「まぁ…」
と目を見開いた。
私はそんなリリエラ様の様子を微笑ましく思いつつ、
「さぁ、リリエラ様もやってみてください」
と言ってリリエラ様を促がす、
リリエラ様は、また少し緊張気味に、コクンとうなずくと、
「こうかしら…」
と言いながら、ゆっくりと自身の魔力を浄化石に流し始めた。

浄化石が先ほどよりもやや強く光を放つ。
「きれい…」
とリリエラ様がつぶやいた。
リリエラ様はしばらくその様子を楽しそうに見つめていたが、やがて、
「あら。なんだか体がぽかぽかするわ…」
と不思議な感想を言った。

私はエリオット殿下に視線を向ける。
すると、エリオット殿下も不思議そうな視線を私に向けてきた。
そんな私たちの様子に気が付かないリリエラ様は、
「きれいで温かくて気持ちいいわねぇ…」
とうっとりした表情でぼんやりと光る浄化石を眺めている。
そこへエリオット殿下が、
「ジュリエッタ。この浄化石っていうのはどういうものなんだい?」
と聞いてきた。
私は少し考えて、
「えっと…。教会が作ってます。とは言っても、見習いの聖女が稽古のついでに作るような物です。ゴブリンや角ウサギなんかの小さな魔石を使ってそこに聖魔法の力を込めただけの簡単なもので、教会にとってはお小遣い程度の収入源という感じですね。普通にギルドで銀貨1枚くらいで売ってますから…」
と答える。
すると、エリオット殿下は顎に手を当てて何やら考え始めた。

私がそんな様子をどうしたものかと思って見ていると、エリオット殿下が、
「たしか、浄化というのは魔素の流れを整えるものだったね?」
と聞いてくる。
私は正直に、
「ええ…」
と答えて、気が付いた。
「まさか!?」
と驚いてエリオット殿下に目を向けると、エリオット殿下は、
「まだわからない」
と首を横に振りながらも、
「しかし、試してみる価値はありそうだ」
と言い、しっかりとした視線を私に向けてきた。

やがて、浄化石が光を弱め、その効力が消える。
すると、リリエラ様は、
「あら。もう終わっちゃったの?」
と少し残念そうな顔でそれを見つめ、
「気持ちがいいからもう少しやってみたかったのに、残念ですわ」
と困ったような顔で微笑んだ。

「この浄化石っていうのは大きな魔石で作ればその分長持ちするものなのかい?」
と聞いてくるエリオット殿下に、
「ええ、理論的にはそうです。ただ、大きな魔石を浄化石にしようと考える人はいませんし、実際に発動させるとなると大きな魔力が必要になりますから、現実的ではないと思います」
と答える。
すると、エリオット殿下は、
「浄化石は聖女なら作れると言ったね。じゃぁ、次に何かの魔石、そうだね、これよりも少し大きい程度で、リリエラの魔力でも発動できそうなやつがいいだろう。それを取ったら、浄化石にして送ってくれないかい?それまでは教会から仕入れて経過を観察してみよう」
と言って、私に大きな魔石で浄化石を作ってくれと依頼してきた。
私は、もちろん、
「かしこまりました」
と答える。
おそらく、エリオット殿下の考えはこうだ。
浄化石に魔素の流れを整える効果があるのであれば、それは温浴治療のようにヒトの体内の魔素の流れを調整する効果があるのではないか?
だとすれば、病人の体力回復や薬の効きを良くするための補助になるに違いない。
おそらくそんな理論を思いついたのだろう。
私は、そう理解した。

やがて、ぽかんとしているリリエラ様にも同じような説明をする。
「すまないが、しばらくの間は実験に付き合ってくれ。上手くいけばもっと元気になれるよ」
と言うと、リリエラ様は、
「まぁ、それは素敵ですわね。うふふ。私も元気になったらジルちゃんと一緒に冒険に行けるようになるかしら?」
と冗談を言って笑った。
「あはは。それはちょっと元気になり過ぎだね」
とエリオット殿下が笑う。
私も、
「せめて、お庭でボール遊びをするくらいにしておきましょう」
と微笑んで、その日の食事会は楽しく、希望に満ちたままお開きとなった。

「ありがとうジュリエッタ」
「ええ。ありがとう。ジルちゃん。元気になったらボール遊びですわよ」
という2人に見送られて離れを後にする。
私は心の底から明るい気持ちで小さな門をくぐった。
(私も治療のお手伝いができる)
そう思うと、いつか感じた無力感が私の心の中で小さくなっていく。
午後の柔らかい日差しに照らされた石畳の道を、下町を目指して歩く私の瞳には、希望の色しか浮かんでいなかった。

さっそく宿に戻ってみんなと合流すると、詳しいことは伏せて、あの薬草を届けた相手の体調が良くなったと事、少し大きな浄化石を作りたいから、少し大きな魔石が取れたら融通して欲しいということを伝える。
もちろんみんなは喜んで協力してくれると言ってくれた。
「じゃぁ、今夜はお祝いだね!」
とアイカが言って、みんなもそれに賛同してくれる。
私はその気持ちが嬉しくて、
「ありがとう!」
と笑顔で答えた。
その日は、少しいい店でおしゃれなおつまみをたくさん頼んで酒宴を開く。
みんなも私も笑顔でその私たちにしてみればずいぶんと瀟洒な宴会を楽しんだ。

いつにも増してふわふわとした気持ちで王都の石畳を叩く。
軽やかに響くブーツの音と楽しいおしゃべりが月夜の明るい王都の空に響き渡った。
明日は一日休み。
(さて、みんなで何をして遊ぼうかしら?露店を冷やかしてもいいし、チト村へのお土産をたくさん買ってもいいわね。小さい子達には本だけじゃなくっておもちゃも欲しいし、アンナさんには洋服かしら?いえ、綺麗な布とか毛糸なんかが喜ばれるかも…)
と考えて自然と顔を綻ばせる。
思えば今回の休日はいいことずくめだった。
教会の体制は少しずつ変わりつつある。
リリエラ様の未来にも希望が見えてきた。
私たちも自分たちの成長を実感できたし、これからの未来に明るさを感じている。
こんなにも素晴らしいことがいくつも重なっていいのだろうか、と不安にさえ思うほどだ。
(なんだか貧乏性ね)
とそんなことを思っている自分に苦笑いを送る。
「よかったね、ジル」
とアイカが嬉しそうな顔でそう言ってきた。
「ええ。怖いくらい」
と苦笑いで、答える。
「うふふ。ジルったら」
とユナが笑い、
「きっと頑張ってきたことが報われたのよ」
とベルが嬉しい言葉を掛けてくれた。
「ええ。みんなのおかげよ。…本当に出会えてよかったわ」
と、素直に感謝の気持ちを伝える。
「あはは。それを言うなら私もだよ」
「ええ。良い武器ももらえたし、楽しい冒険もさせてもらってるわ」
「そうね。チト村っていう新しい拠点にも恵まれたし、いい出会いだったって感謝しているのはこっちもよ」
とアイカ、ユナ、ベルもそれぞれに嬉しそうに答えてくれた。
月灯りに照らされた明るい道を明るい気持ちで歩く。
(私は幸せ者ね…)
と、ありきたりな言葉が浮かんできた。

チト村で待つユリカちゃんやアンナさんの顔を思い出す。
また、
(うふふ。幸せってこういうものだったのね)
という言葉が浮かんできた。
(父さん、母さん、ありがとう。私見つけたよ)
と両親への感謝の気持ちを心の中でつぶやく。
ほろ酔いでほんのりと温かい体に胸の奥からじんわりと温かさが加わった。

「いい夜ね」
とベルがつぶやいた。
「ええ。とってもいい夜になったわ」
とつぶやき返す。
「あはは。いい夢が見られそうだよ」
とアイカが笑って、そんなアイカを、
「うふふ。食べ物以外で?」
とユナがからかった。
「まったく。なによそれ」
とアイカがまた笑いながら返す。
そんな楽しい会話で私の心はもっと楽しくなって、気が付けば、
「よし、もう一軒行っちゃおうか!」
とみんなに提案していた。
「お。いいね!」
「あらあら」
「うふふ」
と返事が返ってきて、私たちはまた楽しくおしゃべりをしながら、王都の路地へと戻って行く。
また楽しい靴音が響き、私たちの明るい声が王都の夜空に溶けていった。
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