上 下
92 / 137
03

エリシア共和国へ05

しおりを挟む
翌朝。
早くに目覚め、みんなで夜明けを待つ。
やがて、空がぼんやりと白み始めるとさっそく「うん」とお互いにうなずき合って森の奥へと進んで行った。
淀みの中心がある方へ向かって迷いなく進んで行く。
進むにつれて私たちの緊張感は増していった。
徐々に重たくなる空気の中、先頭のベルが突然足を止める。
そして、少し先の方を指さしながら、
「大きいわね…」
と、ひと言つぶやいた。
私も見ると、藪の中を突っ切って大きな獣道が出来ている。
私はそんな痕跡を作る魔物に心当たりが無かったので、
「なんだと思う?」
と正直に聞いてみた。
しかしベルは首を横に振る。
アイカもその獣道をのぞき込むが、同様に首を横に振った。
ユナが、
「とりあえず、大物なのは間違いなさそうね…」
とつぶやく。
未知の魔物、それも大物。
その可能性に突き当たって私たちの緊張は一層高まった。

その広い獣道を辿っていく。
すると、途中から足跡もはっきりと残っているのが散見されるようになった。
その足跡がはっきりと残っている地点で少し足を止めて小休止を取る。
「なに、この足跡…」
「熊…よりも大きい?」
「ええ、少なくとも1.5倍はありそう」
「それも複数いるっぽいね」
と会話を交わし、みんなその謎の足跡に少し不安を抱えながら眺めた。

しばし沈黙のあと、
「とにかく進んでみましょう」
というユナの声で再び歩を進める。
空気はさらに重たくなり、私たちの緊張も最高潮に達しつつあった。

やがて、やや高台になった場所に出る。
「少し様子を見てみようか」
という私の提案で、木陰から慎重に辺りを見回すと少し離れた草地に大きな体の魔物の姿が見えた。
遠めに見るが、初めて見る魔物だ。
私はその姿を見て、図鑑の記録を思い出す。
それと同時に、ユナが、
「…象?」
とつぶやいた。
毛むくじゃらで鼻が長く、大きな牙がある。
数は3。
大きな個体が2匹で、小さな個体が1匹。
おそらく親子連れだろう。
ただし、その小さい個体でもちょっとした熊くらいはありそうだ。
私たちはただただ呆然とした。
「こりゃぁ…また…」
とアイカが一見呑気にも聞こえる感想を口にする。
そのくらいその魔物との遭遇は衝撃的な物だった。

「どうする?」
という問いにハッとして、ベルを見ると、ベルの目は真剣そのものだ。
おそらく、撤退という選択肢は考えていないのだろう。
私はそのことを感じて、みんなに、
「まずはみんなであの大きな個体をなんとか自分たちの方に引き付けてもらえるかな?上手くいけばその間に聖魔法で弱体化できるかも」
と思いついた作戦を伝える。
すると、ユナが顎に手を当てて考え込みながら、
「そうね。まともにぶつかっていくよりも賢明かもしれない」
と、その作戦に賛同してくれた。

「よし。じゃぁ、ユナは遠めから牽制で私とベルが前衛でかき乱す、って感じかな?」
とアイカが私の意を汲んで簡単に行動計画を立て、ベルもそれにうなずく。
私はユナに、
「いざという時の判断は任せていい?」
と確認し、力強くうなずいてくれるユナにうなずき返すと、
「じゃぁ、作戦開始ね」
と言って慎重にその場からの移動を開始した。

慎重に移動することおよそ1時間。
こちらの射程まで、あと少しという所まで近づく。
いったんその場に身を潜め、お互いにうなずき合うと、アイカの、
「行くよ」
という、小さい声を合図に、私たちはいっせいにその草地に飛び出して行った。
象の魔物がこちらを振り向く。
どうやら、察知していたらしい。
(あの鼻と耳は伊達じゃなかったのね…)
と、そんなことを思いながら、真っ直ぐに突っ込んでいくみんなの後で私は薙刀を地面に突き刺した。
(早く、強く、深く…)
そう意識しながら集中して魔力を流していく。
そして、いつにも増して大きな魔力を流し込むと、一気にその場を浄化しにかかった。

~~ユナ視点~~
(的が大きい分当てやすい…)
そう思って思いっきり矢を放つ。
案の定、矢は簡単に象の魔物に突き刺さった。
(よし!)
と思わず心の中で声を上げる。
しかし、象の魔物は何事も無かったようにアイカとベルに突っ込んで行った。
(効いてない!?)
そう気が付いて私は慌てて次の矢を構える。
今度は小さな個体を守るような位置にいる、おそらく母親だと思われる方に矢を向けた。

(慎重に、魔力を練って、狙いを定めて…)
そんなことを言い聞かせながら、今度は顔の辺りに狙いを絞って、全力の矢を放つ。
すると、今度は過たず眉間に辺りに矢を当てることができた。
「パオォォーン!」
と聞いたこともない鳴き声が辺りに響き、象の魔物がのけぞる。
(よし、今度は効いた)
そう思って再びアイカとユナの方に目を向けると、ちょうどアイカが象の魔物の突進を受けて軽く突き飛ばされた所だった。

その隙を狙ってベルが象の魔物の足の辺りを切り裂く。
しかし、浅いようだ。
「かなり硬い!」
とベルがいったん飛び退さりながらそう叫んだ。
足を斬られた象の魔物が、
「パオォォーン!」
と、また聞いたことも無い鳴き声を上げる。
(こっちは大丈夫そうね)
そう思った私は次に小さい個体へ目を向けた。
小さい個体はまだかろうじて立っている母親の影に隠れて狙いがつけられない。
(…やっかいね)
と心の中でつぶやきながら、再び母親と思しき個体に狙いをつける。
そして、また集中して魔力を練ると、思いっきり矢を放った。

その瞬間、辺りを青白い光が包み込む。
(ジルの魔法が本格的に発動したのね)
と背中にジルの大きな魔法の気配を感じながら、次の矢を構えると、今度こそ母親と思われる個体が膝をついた。
私の矢はまた眉間の辺りに当たっている。
それに見れば小さい個体も苦しそうだ。
(やっぱりジルの魔法が効いてる)
私はそう直感しつつも、素早く、アイカとベルが相手をしている大きな個体のほうへと目を向けた。

その刹那。
大きな個体がこちらを向く。
どうやらジルを狙っているらしい。
(なるほど…。本能的にジルのあの魔法が危険だって覚ったのね…)
と少し感心しながら、次の矢をつがえて弓を引き絞った。
突っ込んでこられればどうしようもない。
しかし、そこは仲間を信じる。
そう思って真っすぐその大きな個体を見据え、アイカとベルが隙を作ってくれるのを待った。

やがて、大きな個体が痛む足を引きずってこちらに体を向けた。
「させないよ!」
というアイカの声がして象の魔物の正面にアイカが陣取る。
その後ろにベルも控えていつでも飛び出せる位置を取っていた。

私もさらに集中を高める。
すると、またあの聞いたこともない、奇妙な鳴き声を上げて象の魔物がアイカに突っ込んで行った。
アイカが一気に魔力を高めてその突進を受け止める。
今度はなんとか持ちこたえたようだ。
次にまたベルがその隙を突いて飛び出し、同じように脚の辺りを斬り払う。
象の魔物の体勢が崩れた。
ガクリと膝をつく。
そして、動きが止まったその隙を突いて、私は眉間に矢を当てた。

ベルが首筋に剣を突き立てトドメを刺す。
「くっ…」
と言って顔をしかめているから、かなり硬かったのだろう。
しかし、ベルは素早く剣を引き抜くともう1匹の大きな個体と小さな個体がいる方へと素早く走っていった。
アイカもそれに続く。
もう一方の大きな個体はすでに動く体力は無さそうだがそれでも用心して、アイカが当て身をかまし、ベルがその脇から飛び出してトドメを刺した。
小さい個体にも同じようにトドメを刺す。
そして、完全に動く気配がなくなった所で、戦いが終わった。

私がほっと息を吐いたのとほぼ同時にあの青白い光が収まる。
どうやらジルの仕事も終わったらしい。
私がそう思って振り返ると、いつもとは少し違って、額に汗をかき、少し息の上がっているジルが、
「こっちも終わったよ」
と苦笑いでそう言った。

やがてみんながジルのもとに集まってハイタッチを交わす。
私が、
「…とりあえず、お茶にしましょうか」
と笑いながらそう言うと、アイカとベル、ジルが、
「賛成…」
「ええ、そうね…」
「喉がからからだよ…」
と疲れた声でそう言った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...