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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

50.敵の正体

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 時間はアルスが冠位になるほんの少し前、アローニアによる賢者の塔防衛システムのおおよそが完成した頃の事だ。
 当然、その頃になると共同で開発していたハーヴァーンも自由にできる時間が生まれる。

 彼が訪れていたのは刑務所だ。国の中でも最北端の、誰も寄り付かない寒冷地にその刑務所はある。
 トゥーレ刑務所。犯罪者の中でも取り分け高い戦闘能力を持つ危険な人物を収容する刑務所だ。魔法的な細工が施された高い塀に、許可なしに通過することが許されない結界、そして囚人に対抗するための強力な看守。世界の中でもトップクラスに厳重な刑務所であった。
 彼がここを訪れたのは面会の為である。丁度、数週間前にここに収容されたばかりの犯罪者に用があった。

「裏切り者のお前にはお似合いの格好だな。案外、こっちの方が住みやすいんじゃないか?」

 ハーヴァーンは開口一番に皮肉を飛ばす。
 その視線の先には、囚人服に身を包んだ女がいた。両腕は背中に回された状態で手枷がつけられており、後ろからは監視の目が常に飛んでいる。というのに、その女は薄笑いを浮かべている。
 それが痩せ我慢でないことをハーヴァーンは知っている。かつて消去法とはいえ冠位に至ったロロスが、この程度の環境で音をあげるはずがないと。

「見て分からないのかな。私、どう見ても満身創痍だと思うんです。」
「満身創痍の奴がそんな体型をしているわけがあるか。」
「あー! 言った! 女の子に絶対言ってはいけない事を君は言ったよ!」

 芝居じみた大袈裟な反応をするロロスを、呆れた様子でハーヴァーンは無視する。刑務所に入れられれば少しは大人しくなると思っていたが、現実はそうも上手くいかないようだ。
 本当に厳しい刑務所なのかと、そう疑問に思うぐらい彼女は元気である。

「……え、黙らないでよ。まさか本当に太ってる? 最近確かに鏡は見ていないけど。」
「どうでもいい。お前の頭がイカれている事を思い出しただけだ。」
「そっか、なら大丈夫そうだ。いくら世間の敵でも見た目には気を使わないと面目が立たないというものです。」

 こんな雑談をしにハーヴァーンは来たわけじゃない。いや、確かに弱っている姿を嘲笑ってやろうという気持ちがなかったわけじゃないが、もうその目的は果たされないので重要じゃない。
 ハーヴァーンが知りたいのは情報だ。一体何があってこんな事が起きたのか、人として生まれながらに備わる知的好奇心が彼を狩り立たせていた。

「……本題に入るぞ。俺はお前がどこの誰と協力して、どんな計画で動いているのかを知りに来た。全て包み隠さずに言え。」
「教えたところでそれ、私のメリットある? 減刑とかしてくれるの?」
「待遇を良くするよう口添えする事ぐらいならできる。その後は知らん。」

 ロロスは悩み込む様子を見せ、うんうんと唸り始める。どうやら真剣に悩んでいるようである。正直、ハーヴァーンは一蹴される事も想定していた。その時は大人しく帰ろうと思ったのだが――

「まあ、教えてもいいか。どうせ大体見当はついているんだろう?」

 ――その必要はなさそうである。
 ハーヴァーンは懐からマッチ箱を取り出して、1本のマッチに火をつけて机の上に置いた。

「私は名も無き組織に所属している。賢者の塔でスパイとして働いていたわけです。ハデスも私が誘ったら直ぐに協力してくれたよ。」
「お前の仲間は塔の中にまだいるか?」
「少なくとも私の知る限りではいない。まあ、私はずっと賢者の塔にいたわけだから、組織の計画なんてぜんっぜん知らないからね。」

 ロロスが名も無き組織側に立っている事を知るのはアルスとハーヴァーンだけだ。ハーヴァーンはあえてロロスの事を隠した。
 裁判でも塔において混乱に乗じ、私怨でハーヴァーンを殺そうとした、という風に片付けられている。彼女から名も無き組織の情報を聞き出そうとした奴はいないし、彼女自身も都合が良いから黙っていた。
 ハーヴァーンは自分の推測が当たっていたとしたら、他の冠位にそれを知られる事を嫌ったのだ。

「それなら、あの魔物の軍勢は何だ?」
「予想通り魔王軍だよ。デルタ大陸にいるし戦力を集めて攻め込んでみたら?」

 無論、そんな事ができないと知っての発言である。名も無き組織は居場所が分からないからこそできないが、魔王に関しては別の理由がある。

「ふざけるな。例え精霊王でも、『神域』のオルグラーであってもできるものか。あの荒れ果てた魔力環境と、大量の魔物を越えて、竜王マスター・ドラゴンを従える怪物を殺すなど十大英雄であっても困難だ。加えてこちらの被害が大きければ、名も無き組織が攻め込む事など分かりきっている。誰がそんな貧乏くじを引きたがる。」

 未だ人の手が届かぬ唯一の地、デルタ大陸は天然の要塞だ。故にこそ人は後手に回らざるをえない。そこに無策で突っ込むのは集団自殺に他ならない。

「それに、どうせ罠もあるだろう?」
「……本当につまんないね、君。正論ばかり言ってちゃモテないぜ。」

 全て言い当てられたのがつまらなかったのか、ロロスはいじけたように口を尖らせる。それを意に介さずにそのままハーヴァーンは質問を続ける。

「それと、これが一番重要な事なんだが、名も無き組織の首魁の名前は何だ?」

 そこでやっと、ロロスは口を噤む。わざとらしく悩むこともなく、勿体ぶる風でもなく、ただ言いたくないと、そう意思表示しているかのように。
 それを見て逆にハーヴァーンは笑った。

「――もう十分だ。」
「……何が?」
「人という生物を物としか思わないお前が、名を出す事すら躊躇う奴など一人しかいない。答えはもう知れている。外れていて欲しかった推測だったがな。」

 マッチの火を消し、背後にいる看守の肩を一度叩いて鉄の扉を開ける。

「それなら、ラウロの死も納得がいく。」

 ロロスの呼び止める声が出るよりも早く、一人だけ納得してハーヴァーンは面会室を後にした。





 戴冠式を終えた直ぐ後、俺はオーディンと一緒に工房に来ていた。どうにも人に聞かせたくない話らしく、ヒカリにはレーツェルの工房に行ってもらっている。
 オーディンは手に一冊の本を持って、工房の中をざっと見渡す。

「……ふむ。アルス、ラウロの置き手紙のようなものはないか?」
「ああ、あるよ。ちょっと待ってくれ。」

 俺は引き出しの中にしまっておいた手紙の、俺の読めない暗号で書かれた2枚目を渡した。オーディンはそれを読んで、それから手に持つ本を開いた。

「わしは元より、ある男の所在を追うためにここに来た。お主にも関係のない事ではない。知っておいて損はないじゃろう。」

 床にチョークを使って魔法陣を書いていく。手に迷いはなく、それ程に魔法陣というものに慣れ親しんでいる事が一目で分かる。あっという間に複雑な魔法陣を描き終えると、俺の方に視線を飛ばした。

「魔力を流してくれ。」

 俺はこれが何かも尋ねずに、魔法陣の形に沿って魔力を流し込む。
 魔法陣は淡く光を放ち、地面が微かに揺れ始める。何かが擦れるような音が数十秒鳴り続け、揺れが収まる頃には魔法陣は光を失っていた。
 オーディンは数ヶ所の床を叩き、その内の一つに本を叩きつけた。すると脆くなっていたのか、その床は簡単に壊れて穴があく。

「……そんな風に本を扱っていいのか?」
「いいんじゃよ。どうせ情報を辿られんようにこの本は燃やす。どうせ燃やすなら有効活用した方が本の為じゃ。」

 その理論はよく分からない。けど、本人が良いと言っているなら気にするべきではないのかもしれない。
 それよりも重要なのはあいた穴の向こう側だ。その先には小さな空間が広がっていて、一冊の手記がポツンと置かれていた。その手記をオーディンは取り出して、中を開く。

「お主の親の世代、ラウロの世代は正に黄金世代じゃった。あらゆる分野で百年に一度の天才が揃った。しかし人が集まれば必ず、闇も同時に生まれ出る。」

 とあるページを開いて、オーディンは手記を俺に渡した。

「奴は、優秀な魔法使いじゃった。学園で最も優れた成績を残し、ラウロやアルドールと一緒に互いを高め合った。果てには冠位魔導生命科ロード・オブ・ソウルにまで至り、そして――禁忌を犯して塔を去った。」

 手記は親父の日記のようで、日々のことが情緒豊かに綴られている。俺の開くページに書いてあるのは親友が塔を去った事、それを追うためにシルード大陸に向かう事、自分が無事に帰れる保証がない事。そして、それでも行かなくてはならないという事。

「ラウロは知っていたんじゃ。奴がシルードに向かった事を。それをわしにも、アルドールにすら知らせずに追いかけた。その結果、死を迎えた。」

 その手記にはラウロの行動について調べた結果が事細かに記載されている。ここから、ある一つの結論をくだす事は難しくもなかった。

「断言する。ラウロを殺し名も無き組織を作り上げたのは、『冥王』ファズアじゃ。」
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