上 下
424 / 435
第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

48.夢想を手に

しおりを挟む
 魔弾の射手、それこそがミステアの渾名だ。

 尤も我々がオペラでよく知るような魔弾の射手とは異なり、彼女の魔弾は必中ではない。ただ速く、強力なだけ。しかしその単純さ故の隙のなさが彼女の強みでもあった。
 絶え間なく飛んでくる魔弾のせいで、大魔法を準備する事は難しい。だからといって結界を張って時間を稼いでも、並の結界では一瞬で壊されてしまう。何とか魔法を撃ち返したと思ったら逆に利用されて一撃を返される。
 彼女を倒し方は単純明快で、彼女の魔弾が追いつかないほどの物量を用意するか、掻い潜って接近戦に持ち込むかだけだ。ほとんどの魔法使いには不可能ではあるが――

(やはり、強いな。)

 ――アルス・ウァクラートには可能である。
 口には絶対しないが、その強さをミステアは認めていた。魔法の六大要素である魔力量、魔力制御、展開速度、同時展開数、魔法想像力、魔法緻密性。アルスは基本的にどれも冠位の平均を下回る。
 彼が真に優れるのは魔力量だ。魔力量に関しては平均以上どころか、全魔法使いの中でも一二を争う程である。
 その圧倒的な魔力量でアルスは無理矢理に魔弾へ対処してみせていた。あまりに乱暴な魔力の使い方だが、アルスの魔力量ならそれは可能となる。

 レーツェルの言う通り、アルスは優れた魔法使いだ。実力はあるし研究者としても悪くはない。加えて賢神では珍しい人格者だ。
 理性では納得していても、ミステアは感情の一点でそれら全てを否定した。ラウロ・ウァクラートという光を見てしまったから、アルス・ウァクラートにも同じものを求めてしまった。
 その不合理な感情に決着をつけるための今日だ。正直言って、勝敗は彼女にとってどうでも良い。勝っても別にアルスの邪魔をする事はないだろう。

 正式な場所で、キッチリと結論を出したかった。ただ、それだけのこと。

「『雷皇戦鎚ミョルニル』」

 アルスは雷と炎の戦鎚を握る。それは分かりやすい攻めへの合図だ。当然、ミステアは相手の魔法への警戒を強める。
 ミステアの方へ一歩、その足を踏み込むのに合わせて魔弾を放つ。そして避けるだろう方向へと直ぐに杖を向けて――

(いや、避けない?)

 アルスは直撃を喰らった。本来なら結界が割れて、そのまま勝負は終わりになるはずである。しかしそうはならない。このアルスは指輪をつけていないのだから。
 ミステアが空を見ると三人に分裂したアルスがいた。魔眼を持つミステアであっても見分けがつかない程に精巧な分身だ。本体を的確に狙う時間はない。
 全員撃って、動きが鈍かったのが偽物だ。ミステアはそれを即座に判断して実行する。

 三連の魔弾がアルスの体へと放たれる。この距離で放たれる魔弾を回避することは機動力に優れるアルスであっても困難だ。
 大きく隙をさらせば僥倖、一度仕切り直しになっても別に構わない。相手の手札を切らせたと考えらればむしろプラスだ。
 ただ、最悪なのは――

「この中に本物はいないか!」

 魔弾によって弾けたアルスの偽物は炎をまき散らす。その炎はミステアには当たらないで落ちていくが、ミステアの周囲の地面に火が広がる。
 その炎を消すのは容易い。ただ、そんな事の為に魔法を使えば自ら隙をさらす事になる。足場の安全を確保するより先に敵の動きを見るべきである。

「――啼け。」

 アルスが手に持つのは必中必殺の槍、白く鋭き世界樹グングニル。刃の先に3重の魔法陣が展開され、槍は逃げ場を失ったミステアへと向けられる。
 ミステアはその魔法を知っていた。ラウロが使う魔法の中でもそれは奥義といっても差し支えのない代物だ。喰らえば間違いなく負ける。
 逆にそれさえ防げば、勝機はミステアに訪れる。

「『魔弾』」

 槍を放つ前に勝負を決める。今まで見せなかった隠し玉、より強固に構築した最速の弾丸がアルスに迫る。槍を放とうとすれば逆に魔弾が腕を穿つだろう。
 だからアルスは、槍を躊躇いなく捨てた。そうなると分かっていたかのように。

「……親父はどんな化け物だったんだか。」

 反対の手から伸びた火の剣が魔弾を切り裂く。そして雷のようにアルスは前へと飛び出た。
 こんな短時間でそんなに強力な魔法が使えるはずがない。アルスは使うフリをしただけ。その魔法を知っていたが故に、ミステアは自分の魔力的感覚より知識を信じてしまった。
 アルスとしても想定外だ。こんな簡単なフェイントに引っかかるだなんて思いもしなかった。それでも一度隙をさらせば、アルスは絶対にそれを逃さない。

「――全身全霊をこの一撃に。」

 二度目は絶対にこんな隙をさらす事はない。これは一度目、ラウロという影に怯えたが故に生まれた隙だ。

「『最後の一撃ラスト・カノン』」

 巨神炎剣レーヴァテインはアルスの魔力を焚べて強さを増し、巨人の剣に相応しき煌めきを放つ。

(――ああ、やはり棟梁とは違うな。)

 剣を前にして心のなかでそう思う。防ぐために魔力を回していたが、さっきの魔弾に意識を回し過ぎていた。これは防げない。
 確かに似ている所はあるが、アルスはラウロと違う。違う強さをアルスは持っている。

 結界が割れる音がした。ヴィリデニアがミステアの敗北を告げる。

(それでも、まあ、悪くはない。)

 あの時代は終わった。その代わりなんてこの世にどこにもいない。それでいいのかもしれないと、子どものように喜ぶアルスを見てミステアはそう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。 主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。 今年で33歳の社畜でございます 俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう 汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。 すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。 そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな

『付与』して『リセット』!ハズレスキルを駆使し、理不尽な世界で成り上がる!

びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
ハズレスキルも組み合わせ次第!?付与とリセットで成り上がる! 孤児として教会に引き取られたサクシュ村の青年・ノアは10歳と15歳を迎える年に2つのスキルを授かった。 授かったスキルの名は『リセット』と『付与』。 どちらもハズレスキルな上、その日の内にステータスを奪われてしまう。 途方に暮れるノア……しかし、二つのハズレスキルには桁外れの可能性が眠っていた! ハズレスキルを授かった青年・ノアの成り上がりスローライフファンタジー! ここに開幕! ※本作はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

処理中です...