上 下
397 / 435
第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

21.先輩の師匠

しおりを挟む
 アルスが工房を空けるのは珍しい事ではない。だからアルスがハデスに会いに行って一人になっても、ヒカリは慣れたように過ごしていた。
 異世界に来てからもう数年経つ。不安感や孤独感は未だあれどマシになり、それより退屈だと感じるようになった。毎日本を読んで勉強をするか、剣を振るかの繰り返しで飽きてしまうのも無理はない。
 しかし自分の立場を理解してもいる。個人の感情より、アルスに迷惑をかけない事の方がヒカリにとっては重要だった。

 だから今日も、彼女はいつも通りに本を読んで剣を振っている。

 ヒカリは自分のスキルで聖剣を呼び出し、それを片手で何度か振るい、その後に両手で持って更に振るう。その剣に流派はないが、フランに教えられた振るい方を守って、敵をイメージして剣を振るう。
 力の入れ方、足捌き、剣の持ち方に振るい方。一人であっても見直す点は十分にある。集中していれば時間は直ぐに過ぎた。

「ふぅ――」

 それは一区切りついて、一呼吸置いた瞬間の事であった。

「あ、終わったかい?」

 ヒカリしかいないはずの工房の中から、声が響いたのだ。錆び付いた機械のように頭が回り、この工房にいる黒髪の男の姿を捉える。
 非常に整った中性的な顔立ちをしていて、髪は腰に届くぐらいに長い。まるで自分の家かのように椅子に座って寛いでいた。

「ああ、別に怪しい者じゃない――っていうのは無理があるか。怪しいけれど悪い人じゃないの方が正しい。」
「だ、誰ッスか?」

 ヒカリは手に持つ剣を強く握る。工房に音もなく侵入できるような者から逃げ切れるはずもない。頼みの綱は聖剣だけだった。

「僕の名前はレイ。賢神第一席にして冠位魔導化学科ロード・オブ・ケミストリー、そして精霊王でもありアルスの師匠でもある存在さ。」

 ヒカリはその名前に聞き覚えがあった。かつて嫌そうな顔をしながらアルスが教えてくれていたのだ。
 最も強い魔法使いでありながら、最も何もできない魔法使い。そして何よりアルスの師匠であると。アルスの話から凶悪そうな人相をヒカリは想像していた為、その顔が優しそうで少し驚いた。
 とにかく、敵でないのならば問題はない。ヒカリは警戒度を少しだけ緩めた。

「先輩は、アルスさんはいないッスよ。」
「そうみたいだね。だけど、今日は賢者の塔に来た挨拶って感じだから。ここに来た事をアルスに伝えておいてくれれば十分だよ。」

 レイはそう言いながら、辺りの机やタンスの引き出しを適当に漁り始める。別にヒカリに何か言うでもなく、淡々と。

「あの……帰らないんスか?」
「いやあ、そう思ったんだけどね。折角の機会だし帰るのは勿体ない気がしてきた。ほら、僕の事が気になるものだろう?」
「あんまり気にならないッスけど……」

 どことなく会話が噛み合っていない。ずっと独り言を話されているような感覚がヒカリにはあった。
 レイは引き出しの机の引き出しの底から一冊の本を取り出した。その本をパラパラとめくって、その後にヒカリの方へと目を向けた。

「それじゃあ授業をしてあげよう。弟子の後輩となれば、それは僕の弟子みたいなものだからね。」

 ヒカリは一冊の色褪せた本を手渡される。『ゆうしゃのほん』と表紙に書かれた子供向けの絵本のようだった。

「君は異世界から来て、神々から『勇者』のスキルを賜った。たまたまこの絵本を見つけたけど、君にとっても関係のある題材だね。」

 さらりと、ヒカリの身の上を知っているようにレイは発言した。しかしそれで逆に信用できると思ったのか、ヒカリは手から聖剣を消した。
 そんなヒカリの心情を知ってか知らずか、レイはニコニコと笑みを浮かべている。

「まあ、座りなよ。生徒は座ってノートを取るのが授業ってもんだ。」

 気付けばヒカリの隣には木で作られた椅子があり、レイはそれに座るように促す。ヒカリは大人しくその椅子に座り、その対面にレイが立った。

「勇者は英雄とは違う。人々を救わなくても、誰の記憶に残らなくても勇者は生まれる。聖剣に選ばれた者は、どんな悪人だって勇者になる。」

 ヒカリにとって初めて聞く話だった。今まで色んな勉強をしてきたが、そのほとんどが魔法や言語、そして現代の国の事に留まる。過去の歴史の事に関しては疎かった。
 ここに来た時から当たり前のようにあった自分の力、勇者の力とは何か、聖剣とは何か、それはヒカリにとっても気になる話であった。

「初代勇者ピースフルは神から聖剣を賜った。その聖剣をもって魔王を倒して、世界最初の人間による国家であるグレゼリオンが建国された。」

 この話はグレゼリオンの建国神話として有名な一節である。故にこそグレゼリオンは神に選ばれた一族であり、数千年にも渡り王国を統治し続けてきた

「それから数十年、再び魔王が現れた。そして当然、人々は聖剣を持った勇者を求める。しかし聖剣っていうのは誰にでも扱える代物じゃない。グレゼリオンは聖剣を扱える事ができる新たな勇者を求めたわけだ。」
「それで次の勇者が見つかったんスか?」
「いや、見つからなかったよ。」

 あっけらかんとレイはそう言った。それでは話が繋がらない。聖剣に選ばれた者が勇者となるのならば、二代目の勇者がそこで見つかっていないとおかしいはずだ。

「二代目勇者は聖剣を鍛造した。神の鉱石と呼ばれるものを利用してね。そして新しい勇者となり、十代まで続く勇者制度を作り出したんだ。」
「……それじゃあ、初代勇者の聖剣はどこにいったんスか?」
「さあ。多分、今も王家の国庫にしまわれているはずだけど、詳しくは僕も知らない。」

 この世に知られる聖剣は二種類。初代勇者が持っていた聖剣と、二代目勇者が作った聖剣の二つだ。この内で聖剣と言えば基本的に後者を指す。
 初代勇者が成し遂げた事は確かに偉業である。しかしそれは神代に起きた神話の出来事だ。今や聖剣が存在したかどうかも定かではないし、初代勇者に関する記述が真実かどうかも分からない。

「君がスキルで出す聖剣は、そのどれでもない新しい聖剣だ。」
「そんなに、特別なものなんスね。」

 ヒカリにはいまいちその凄さが分からない。だって聖剣を持っていたって、そこら辺の騎士にすら勝てない。それと同じ名を冠する聖剣が強いとは到底思えなかった。
 レイはそのヒカリの様子を察して、少し笑みを深める。

「ああ、特別さ。君の聖剣にはまだ隠された力がある。それこそ魔王ぐらいなら倒せるぐらいの、強力な力がね。」
「本当ッスか!」
「――ただ、目覚めるかどうかは君次第だ。」

 ヒカリは興奮した心に水を差される。それは想像はできていた事であるが、彼女の心を落胆させるには十分だった。

「君の聖剣は今までの聖剣と違ってスキルの一部だ。聖剣は君の精神力と共に成長する。もしかしたら、君が死ぬその瞬間まで目覚めないかもね。」

 どれだけ都合の悪い事でも、どれだけ苦しい現実だってレイは容赦なく告げる。だからこそアルスは彼の下でエルディナに勝てる程に成長したわけだが、それがいつだって良いように働くとは限らない。

「話の続きをしようか。聖剣は十代目勇者まで受け継がれていって、その代で壊れてなくなった。それから魔王は一度も現れていないし、勇者だって当然現れていない。今や勇者は数百年前の伝説の存在になりつつある。」

 しかしそれでも今、ここに勇者はいる。誰に知られなくても、誰に語られなくても、天野光は勇者である。

「もし、もしもの話だ。魔王が再び現れたとして、君はどうしてみたい?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。 主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

異世界へ全てを持っていく少年- 快適なモンスターハントのはずが、いつの間にか勇者に取り込まれそうな感じです。この先どうなるの?

初老の妄想
ファンタジー
17歳で死んだ俺は、神と名乗るものから「なんでも願いを一つかなえてやる」そして「望む世界に行かせてやる」と言われた。 俺の願いはシンプルだった『現世の全てを入れたストレージをくれ』、タダそれだけだ。 神は喜んで(?)俺の願いをかなえてくれた。 希望した世界は魔法があるモンスターだらけの異世界だ。 そう、俺の夢は銃でモンスターを狩ることだったから。 俺の旅は始まったところだが、この異世界には希望通り魔法とモンスターが溢れていた。 予定通り、バンバン撃ちまくっている・・・ だが、俺の希望とは違って勇者もいるらしい、それに魔竜というやつも・・・ いつの間にか、おれは魔竜退治と言うものに取り込まれているようだ。 神にそんな事を頼んだ覚えは無いが、勇者は要らないと言っていなかった俺のミスだろう。 それでも、一緒に居るちっこい美少女や、美人エルフとの旅は楽しくなって来ていた。 この先も何が起こるかはわからないのだが、楽しくやれそうな気もしている。 なんと言っても、おれはこの世の全てを持って来たのだからな。 きっと、楽しくなるだろう。 ※異世界で物語が展開します。現世の常識は適用されません。 ※残酷なシーンが普通に出てきます。 ※魔法はありますが、主人公以外にスキル(?)は出てきません。 ※ステータス画面とLvも出てきません。 ※現代兵器なども妄想で書いていますのでスペックは想像です。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

転生先が森って神様そりゃないよ~チート使ってほのぼの生活目指します~

紫紺
ファンタジー
前世社畜のOLは死後いきなり現れた神様に異世界に飛ばされる。ここでへこたれないのが社畜OL!森の中でも何のそのチートと知識で乗り越えます! 「っていうか、体小さくね?」 あらあら~頑張れ~ ちょっ!仕事してください!! やるぶんはしっかりやってるわよ~ そういうことじゃないっ!! 「騒がしいなもう。って、誰だよっ」 そのチート幼女はのんびりライフをおくることはできるのか 無理じゃない? 無理だと思う。 無理でしょw あーもう!締まらないなあ この幼女のは無自覚に無双する!! 周りを巻き込み、困難も何のその!!かなりのお人よしで自覚なし!!ドタバタファンタジーをお楽しみくださいな♪

処理中です...