385 / 435
第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜
9.教会での一息
しおりを挟む
「だーはっはっは! 全治一週間だそうだ! 派手にやったな、アルス!」
喧しい声が病室の中で響き渡った。
ここは賢者の塔21階、医療科の本部にして教会がある場所だ。ここで俺は治療と検診を受けていた。ここに俺を連れてきたのはレーツェルである。
ヒカリは俺を引っ張って教会に連れて行こうとしたんだが、当然ながら土地勘もないしどこに行けば良いか分からない。そこに音がしてやって来たレーツェルが助け舟を出したという感じだ。
医者がいなくなった今、この部屋に残ったのはレーツェルとヒカリだけである。
「笑い事じゃないッスよ。私は本当に肝が冷えたんスから。」
「おお、そうか? 俺としてはよく見る事だから驚いていないぞ。この俺も既に何度もここに運ばれているしな。」
それを聞いて信じられない、というような怪訝な視線をヒカリはレーツェルへ向けた。
「しかしまあ、変な怪我をしたな。こんな物理的な怪我を魔法使いがするなんざ珍しい。」
俺は笑ってそれを誤魔化す。俺が話したくないのを察してか、何故こんな怪我をしたかをレーツェルは聞いてこなかった。
実際、俺も何が起きたのかよく分かっていない。戻ったら調べなくてはいけないな。
「とにかく、今日は絶対安静ッスよ。」
「わかってるわかってる。俺は研究の為に見えてる危険に突っ込んだりはしない。」
こんな事が何回もあれば流石に死んでしまう。まずは実験結果をまとめて、考察した後でないと同じことをやっても意味がないしな。
それにこの教会でもできる事はある。別に急いで工房に戻る必要もない。
「そう言えばアルス、あんたの研究は何なんだ?」
「俺の研究は希少属性の原理解明だ。厳密に言うなら、希少属性のみに存在する要素とは何か、って感じだな。」
「へえ、面白そうだな。内容も神秘科らしい研究だ。」
レーツェルは明るく笑う。
そうだ、折角レーツェルがいるのだから今の内に気になることを聞いておこう。レーツェルだっていつもは研究に忙しいはずだし、こんな機会はもうないかもしれない。
「……なあ、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「お、研究の事か? いいぜ、何でも俺に聞いてくれ。」
気前良くレーツェルはそう返してくれる。その眼差しはどこか楽しそうで、俺の研究に興味があるのだろうと推測できた。
「基本属性を使う時と希少属性を使う時、何か魔法の感覚に違いはあるのか?」
ついさっき見たアレが希少属性特有のものであるのなら、魔法を使う際に何らかの違和感があるはずである。こればかりは希少属性を持っていない俺には分からない。
レーツェルはそう聞かれて一度キョトンとした顔を浮かべ、その後に天井を仰ぎながら腕を組んで考え込む。
「……難しい、な。基本属性の方は違和感があるってのはそうなんだが、その違和感が何かまでは分からねえんだ。魔力が動きづらくなるっていうか、なんというか……やっぱりわからねえ。」
あまり考えた事はなかったらしい。感覚的な部分が多いことだから無理もない事である。
特に最近、希少属性と基本属性の違いの研究がされていないというのも大きい。手がかりはないし、その殆どが推論の域を出ないからな。
「もしかしたら俺に聞くよりも、生命科に行った方がいいかもな。魂と希少属性の関係性について研究している奴がいたはずだぜ。」
「そうか……それならその人を探してみるか。」
情報は少しでも多い方が良い。ついでに生命科の冠位に会えたら尚良いだろう。
「それなら先輩がいない間、私はレーツェルさんの工房に行ってみたいッス!」
ヒカリの言葉に俺は少し顔を顰める。
意図は分かる。きっと前に俺がいなかった時も暇だったからレーツェルの研究を見てみたいのだろう。しかし、流石に人の工房に入るというのはいかがなものだろうか。
いくらお人好しに見えるレーツェルでも同じ賢神の関係者である者を工房に入れるのは嫌がるのではないだろうか。
「俺は別に構わんが、アルスはどうなんだ?」
しかしそんな俺の心配はレーツェルの言葉で杞憂となった。
俺も別に困りはしない。この数日でレーツェルが悪人でない事は分かっている。きっとヒカリに害をなす事はしないだろう。
「……いいけど、レーツェルに迷惑をかけないようにな。」
「勿論ッス、邪魔はしません。」
「別に余程の事をしない限り、俺は迷惑だなんて思わないがな。」
最初に会った日から思っていたが、レーツェルとヒカリは波長が合うらしい。二人とも口数が多くて社交的だからだろうか。きっとここにエルディナを足しても仲良く話せるだろう。
「それじゃあ行けそうになったらまた連絡するよ。」
「おうよ、待ってるぜ。」
とにかく次の予定は決まったわけだ。生命科に行って、少しでも希少属性の情報を手に入れる。できる事なら関係者に会って、更に欲を言うなら冠位にも会いたい。取り敢えずはそんなところか。
ハデスと会う話はどうやらかなり後になりそうな気がするし、今週の間にできるような事はその程度だろう。
「ああ、そうだアルス。ミステアから伝言がある。」
レーツェルは立ち上がりながらそう口を開いた。
「好きにやってもいいが私の工房には決して近付くな、だってよ。あいつ怒らしたら怖いから気をつけとけよな。」
俺に背を向けてレーツェルは部屋を出ていった。
何だろう、余計に怖くなった気がする。許されることが怖いっていう事もあるんだな。初めて知った。
喧しい声が病室の中で響き渡った。
ここは賢者の塔21階、医療科の本部にして教会がある場所だ。ここで俺は治療と検診を受けていた。ここに俺を連れてきたのはレーツェルである。
ヒカリは俺を引っ張って教会に連れて行こうとしたんだが、当然ながら土地勘もないしどこに行けば良いか分からない。そこに音がしてやって来たレーツェルが助け舟を出したという感じだ。
医者がいなくなった今、この部屋に残ったのはレーツェルとヒカリだけである。
「笑い事じゃないッスよ。私は本当に肝が冷えたんスから。」
「おお、そうか? 俺としてはよく見る事だから驚いていないぞ。この俺も既に何度もここに運ばれているしな。」
それを聞いて信じられない、というような怪訝な視線をヒカリはレーツェルへ向けた。
「しかしまあ、変な怪我をしたな。こんな物理的な怪我を魔法使いがするなんざ珍しい。」
俺は笑ってそれを誤魔化す。俺が話したくないのを察してか、何故こんな怪我をしたかをレーツェルは聞いてこなかった。
実際、俺も何が起きたのかよく分かっていない。戻ったら調べなくてはいけないな。
「とにかく、今日は絶対安静ッスよ。」
「わかってるわかってる。俺は研究の為に見えてる危険に突っ込んだりはしない。」
こんな事が何回もあれば流石に死んでしまう。まずは実験結果をまとめて、考察した後でないと同じことをやっても意味がないしな。
それにこの教会でもできる事はある。別に急いで工房に戻る必要もない。
「そう言えばアルス、あんたの研究は何なんだ?」
「俺の研究は希少属性の原理解明だ。厳密に言うなら、希少属性のみに存在する要素とは何か、って感じだな。」
「へえ、面白そうだな。内容も神秘科らしい研究だ。」
レーツェルは明るく笑う。
そうだ、折角レーツェルがいるのだから今の内に気になることを聞いておこう。レーツェルだっていつもは研究に忙しいはずだし、こんな機会はもうないかもしれない。
「……なあ、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「お、研究の事か? いいぜ、何でも俺に聞いてくれ。」
気前良くレーツェルはそう返してくれる。その眼差しはどこか楽しそうで、俺の研究に興味があるのだろうと推測できた。
「基本属性を使う時と希少属性を使う時、何か魔法の感覚に違いはあるのか?」
ついさっき見たアレが希少属性特有のものであるのなら、魔法を使う際に何らかの違和感があるはずである。こればかりは希少属性を持っていない俺には分からない。
レーツェルはそう聞かれて一度キョトンとした顔を浮かべ、その後に天井を仰ぎながら腕を組んで考え込む。
「……難しい、な。基本属性の方は違和感があるってのはそうなんだが、その違和感が何かまでは分からねえんだ。魔力が動きづらくなるっていうか、なんというか……やっぱりわからねえ。」
あまり考えた事はなかったらしい。感覚的な部分が多いことだから無理もない事である。
特に最近、希少属性と基本属性の違いの研究がされていないというのも大きい。手がかりはないし、その殆どが推論の域を出ないからな。
「もしかしたら俺に聞くよりも、生命科に行った方がいいかもな。魂と希少属性の関係性について研究している奴がいたはずだぜ。」
「そうか……それならその人を探してみるか。」
情報は少しでも多い方が良い。ついでに生命科の冠位に会えたら尚良いだろう。
「それなら先輩がいない間、私はレーツェルさんの工房に行ってみたいッス!」
ヒカリの言葉に俺は少し顔を顰める。
意図は分かる。きっと前に俺がいなかった時も暇だったからレーツェルの研究を見てみたいのだろう。しかし、流石に人の工房に入るというのはいかがなものだろうか。
いくらお人好しに見えるレーツェルでも同じ賢神の関係者である者を工房に入れるのは嫌がるのではないだろうか。
「俺は別に構わんが、アルスはどうなんだ?」
しかしそんな俺の心配はレーツェルの言葉で杞憂となった。
俺も別に困りはしない。この数日でレーツェルが悪人でない事は分かっている。きっとヒカリに害をなす事はしないだろう。
「……いいけど、レーツェルに迷惑をかけないようにな。」
「勿論ッス、邪魔はしません。」
「別に余程の事をしない限り、俺は迷惑だなんて思わないがな。」
最初に会った日から思っていたが、レーツェルとヒカリは波長が合うらしい。二人とも口数が多くて社交的だからだろうか。きっとここにエルディナを足しても仲良く話せるだろう。
「それじゃあ行けそうになったらまた連絡するよ。」
「おうよ、待ってるぜ。」
とにかく次の予定は決まったわけだ。生命科に行って、少しでも希少属性の情報を手に入れる。できる事なら関係者に会って、更に欲を言うなら冠位にも会いたい。取り敢えずはそんなところか。
ハデスと会う話はどうやらかなり後になりそうな気がするし、今週の間にできるような事はその程度だろう。
「ああ、そうだアルス。ミステアから伝言がある。」
レーツェルは立ち上がりながらそう口を開いた。
「好きにやってもいいが私の工房には決して近付くな、だってよ。あいつ怒らしたら怖いから気をつけとけよな。」
俺に背を向けてレーツェルは部屋を出ていった。
何だろう、余計に怖くなった気がする。許されることが怖いっていう事もあるんだな。初めて知った。
0
お気に入りに追加
286
あなたにおすすめの小説
辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~
有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。
主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。
残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)
SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。
しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。
相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。
そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。
無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜
上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】
普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。
(しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます)
【キャラクター】
マヤ
・主人公(元は如月真也という名前の男)
・銀髪翠眼の少女
・魔物使い
マッシュ
・しゃべるうさぎ
・もふもふ
・高位の魔物らしい
オリガ
・ダークエルフ
・黒髪金眼で褐色肌
・魔力と魔法がすごい
【作者から】
毎日投稿を目指してがんばります。
わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも?
それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。
レジェンドテイマー ~異世界に召喚されて勇者じゃないから棄てられたけど、絶対に元の世界に帰ると誓う男の物語~
裏影P
ファンタジー
【2022/9/1 一章二章大幅改稿しました。三章作成中です】
宝くじで一等十億円に当選した運河京太郎は、突然異世界に召喚されてしまう。
異世界に召喚された京太郎だったが、京太郎は既に百人以上召喚されているテイマーというクラスだったため、不要と判断されてかえされることになる。
元の世界に帰してくれると思っていた京太郎だったが、その先は死の危険が蔓延る異世界の森だった。
そこで出会った瀕死の蜘蛛の魔物と遭遇し、運よくテイムすることに成功する。
大精霊のウンディーネなど、個性溢れすぎる尖った魔物たちをテイムしていく京太郎だが、自分が元の世界に帰るときにテイムした魔物たちのことや、突然降って湧いた様な強大な力や、伝説級のスキルの存在に葛藤していく。
持っている力に振り回されぬよう、京太郎自身も力に負けない精神力を鍛えようと決意していき、絶対に元の世界に帰ることを胸に、テイマーとして異世界を生き延びていく。
※カクヨム・小説家になろうにて同時掲載中です。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
異世界転生は、0歳からがいいよね
八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。
神様からのギフト(チート能力)で無双します。
初めてなので誤字があったらすいません。
自由気ままに投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる