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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜
6.ギルドマスター
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工房をヒカリに任せて、俺は目的地に向かった。
それは賢者の塔二階、賢神魔導会本部である。所属する全ての賢神を管理し、その下位組織である魔導士ギルドの運営も兼ねる場所だ。その重要度の高さは語るまでもない。
では、その重要な賢神魔導会の運営者は誰だろうか。当然ながら半端なものには務まらない。賢神相手にも臆せず、それでいて理性的で公平な人物が求められる。
それに最も適するのは冠位だが、冠位とは同時に研究者でもある。そんな役職は貧乏くじでしかない。
そこで目をつけられたのが戦闘科である。
魔法を剣のような武器として扱うこの部門は異色であり、研究や実験を盛んに行うような学問ではない。言ってしまえば、手が空いているのだ。
加えて仮にも魔法使いであるからこそ、決して馬鹿ではない。それこそ魔導会の管理を行えるぐらいには頭が良い。
そんな事情で、魔導士ギルドのギルドマスターから賢神魔導会の運営まで、その全てが冠位魔導戦闘科に押し付けられているのである。
「――酷いと思わない?」
と、そんな風に当人から説明を受けた。
実際この人、ヴィリデニア・ガトーツィアは苦労人であると思う。ただでさえ冠位はそこそこ忙しいのに、それに加えてギルドマスターまでやっていれば自由な時間はあまりないだろう。
今日の俺みたいに、予約をとって会いに来る人も多いはずだろうしな。こうやって応接室で話さなくてはならない機会も多いはずだ。
「……答えにくい事を聞かないでくれ。」
表立ってこの体制を酷いと言ってしまえば、じゃあお前がなんとかしろと言われるのは目に見えている。何を言っても角が立つ話はしたくない。
「ああ、ごめんなさい。久しぶりにまともな人と話したからつい、ね……この話は忘れてちょうだい。」
ほんの少し顔に疲労を浮かばせながらヴィリデニアはそう言った。きっとアースと話してみたら凄く気が合うと思う。
せめて俺にできることは、できる限り簡潔に用事を済ませるぐらいだ。
「さて、それじゃあ本題に入ろうかしら。何でわざわざ予約まで取って、アルスちゃんがアタシに会いに来たのか。」
ヴィリデニアは厚化粧な顔でニコリと笑った。
声さえ聞こえなければ女性と勘違いしてもおかしくないだろう。こんなに個性が強い人が冠位一の常識人なのだから、魔法使いというものがいかに碌でもないかが分かる。
「用件はいくつかある。1つ目は冠位になる為に推薦状を書いてもらえないかって事だ。」
学園長は前に、ヴィリデニアが推薦状を売っていると言っていた。だから一番手に入る可能性が高いと踏んで来た。
何度か話した事がある、というのも大きい。他の冠位とはあまり話した事がないし、だからといってグラデリメロスに頼むのは癪だった。
「……なるほどね。」
「頼めないか?」
「できるのかと頼まれればできるのだけど……ちょっとタイミングが悪かったわね。」
タイミングが悪かった、その一言で嫌な汗が流れる。だってそれは、ほとんど無理と言っているようなものだ。申し訳なさそうなヴィリデニアの顔が余計のその考えを後押しする。
「アタシは推薦状を売っている。勿論、普通の人じゃ永遠に買えないような額だけど。それでも賢神の中には欲しがる人は大勢いるわ。だから一年に何枚までか決めているの。」
「まさか、売り切れたのか?」
「その通り。だから欲しいならあと半年は待ってくれないと書けないわね。」
半年か。待てなくもない微妙な期間だ。研究を始めたらそれぐらいはかかってもおかしくないし、半年待つのもアリかもしれない。
しかし推薦状という不安の種を抱えながら研究に身が入るかは怪しい所である。できる限り何の憂いもなく研究に没頭したい気持ちもある。
「……一応、他の冠位にも聞いてみて、無理そうだったら半年後に頼む。」
「わかったわ。それじゃあ来年はアルスちゃんの為に一枚は残しておくわね。」
とにかく、手に入る保証はできた。それだけで今回は良しとしておこう。
「二つ目の用事なんだが、異世界へ渡る魔法を知らないか?」
「不思議な事を聞くわね。アタシが知っているわけないでしょう。あれを意識的に扱えるのはこの世には神だけよ。」
予想通りの言葉が返ってきて、それでも俺は少し落胆した。ギルドマスターだから何らかの情報が入っているんじゃないか、という一縷の望みに託したわけだが、やはり知らないようだ。
まあ、この塔には優秀な魔法使いが無数にいる。何らかの情報を得る機会ぐらいはあるだろう。
取り敢えず、急ぎで聞きたかったのはこの程度である。他にも聞きたいこと自体はいくつかあるが、わざわざ時間を使わせるのは少し申し訳ない。
聞くか迷っているのは親父の工房の事と、後は俺の至って個人的な悩みについての事である。どちらも個人的な話過ぎて聞く気になれない。そもそもこんな話聞いてくれているだけでありがたいのだから、これ以上を望むのは贅沢というものだろう。
「……この後も冠位を巡るつもりなの?」
少し悩んでいると、ヴィリデニアが先にそう尋ねた。当然俺はその質問に頷く。
「それなら次はハデスさんのところに行くといいわ。今、賢者の塔の中にいる冠位の中で一番話がわかるから。」
第三席、『術式王』ハデスか。確かオリュンポスにも所属していた魔法使いだったはずだ。別枠である師匠やオーディンを除けば、最高齢の冠位であったと記憶している。
その分、近付きがたいようなイメージがあったのだが、ヴィリデニアが薦めるのなら悪い人でないのは確かだろう。
「行くんだったらアタシが連絡しておくわよ。ハデスさんは親しい人の連絡以外は全て遮断して、研究に没頭しているから。」
「そうしてくれると助かる。」
「任せなさい。いけそうになったらまた連絡するわね。」
本当に頼りになる人だ。頼りになり過ぎた結果、こんなに忙しい事になっているのだろうけど。
やっぱり世の中は理不尽だな。真面目な人が苦労して、頭のおかしい人が何の悩みもなく暮らしているのだから。せめて俺はあまり迷惑をかけないようにしないといけないな。
「他に何か聞きたいことはある?」
「……いや、ないな。今日はありがとう。また今度、何か俺に頼みたいことがあったら言ってくれ。」
そう言って俺は席を立つ。
「アルスちゃん、あまり気負わないようにね。」
直ぐに出て行こうとしたのだが、その一言で足が止まった。
「心に余裕がないと世界が狭くなっていく。魔法使いは自分の心に正直じゃないと、その力の半分も発揮できないわ。」
その言葉には重みがある。この人は賢神第四席にして、あの戦闘科で冠位の名を背負って立つ人間だ。
俺より何倍も多くの経験をしてきたのだろう。俺より何倍も多くの挫折をしてきたのだろう。魔法教本の1ページ目に書いてあるような当たり前の事が、何故かとても頭に響く。
「もっとやりたい事を、好きなようにしなさい。先輩からのアドバイスよ。」
「……忠告感謝する。それでは失礼する。」
俺は部屋を出た。
それは賢者の塔二階、賢神魔導会本部である。所属する全ての賢神を管理し、その下位組織である魔導士ギルドの運営も兼ねる場所だ。その重要度の高さは語るまでもない。
では、その重要な賢神魔導会の運営者は誰だろうか。当然ながら半端なものには務まらない。賢神相手にも臆せず、それでいて理性的で公平な人物が求められる。
それに最も適するのは冠位だが、冠位とは同時に研究者でもある。そんな役職は貧乏くじでしかない。
そこで目をつけられたのが戦闘科である。
魔法を剣のような武器として扱うこの部門は異色であり、研究や実験を盛んに行うような学問ではない。言ってしまえば、手が空いているのだ。
加えて仮にも魔法使いであるからこそ、決して馬鹿ではない。それこそ魔導会の管理を行えるぐらいには頭が良い。
そんな事情で、魔導士ギルドのギルドマスターから賢神魔導会の運営まで、その全てが冠位魔導戦闘科に押し付けられているのである。
「――酷いと思わない?」
と、そんな風に当人から説明を受けた。
実際この人、ヴィリデニア・ガトーツィアは苦労人であると思う。ただでさえ冠位はそこそこ忙しいのに、それに加えてギルドマスターまでやっていれば自由な時間はあまりないだろう。
今日の俺みたいに、予約をとって会いに来る人も多いはずだろうしな。こうやって応接室で話さなくてはならない機会も多いはずだ。
「……答えにくい事を聞かないでくれ。」
表立ってこの体制を酷いと言ってしまえば、じゃあお前がなんとかしろと言われるのは目に見えている。何を言っても角が立つ話はしたくない。
「ああ、ごめんなさい。久しぶりにまともな人と話したからつい、ね……この話は忘れてちょうだい。」
ほんの少し顔に疲労を浮かばせながらヴィリデニアはそう言った。きっとアースと話してみたら凄く気が合うと思う。
せめて俺にできることは、できる限り簡潔に用事を済ませるぐらいだ。
「さて、それじゃあ本題に入ろうかしら。何でわざわざ予約まで取って、アルスちゃんがアタシに会いに来たのか。」
ヴィリデニアは厚化粧な顔でニコリと笑った。
声さえ聞こえなければ女性と勘違いしてもおかしくないだろう。こんなに個性が強い人が冠位一の常識人なのだから、魔法使いというものがいかに碌でもないかが分かる。
「用件はいくつかある。1つ目は冠位になる為に推薦状を書いてもらえないかって事だ。」
学園長は前に、ヴィリデニアが推薦状を売っていると言っていた。だから一番手に入る可能性が高いと踏んで来た。
何度か話した事がある、というのも大きい。他の冠位とはあまり話した事がないし、だからといってグラデリメロスに頼むのは癪だった。
「……なるほどね。」
「頼めないか?」
「できるのかと頼まれればできるのだけど……ちょっとタイミングが悪かったわね。」
タイミングが悪かった、その一言で嫌な汗が流れる。だってそれは、ほとんど無理と言っているようなものだ。申し訳なさそうなヴィリデニアの顔が余計のその考えを後押しする。
「アタシは推薦状を売っている。勿論、普通の人じゃ永遠に買えないような額だけど。それでも賢神の中には欲しがる人は大勢いるわ。だから一年に何枚までか決めているの。」
「まさか、売り切れたのか?」
「その通り。だから欲しいならあと半年は待ってくれないと書けないわね。」
半年か。待てなくもない微妙な期間だ。研究を始めたらそれぐらいはかかってもおかしくないし、半年待つのもアリかもしれない。
しかし推薦状という不安の種を抱えながら研究に身が入るかは怪しい所である。できる限り何の憂いもなく研究に没頭したい気持ちもある。
「……一応、他の冠位にも聞いてみて、無理そうだったら半年後に頼む。」
「わかったわ。それじゃあ来年はアルスちゃんの為に一枚は残しておくわね。」
とにかく、手に入る保証はできた。それだけで今回は良しとしておこう。
「二つ目の用事なんだが、異世界へ渡る魔法を知らないか?」
「不思議な事を聞くわね。アタシが知っているわけないでしょう。あれを意識的に扱えるのはこの世には神だけよ。」
予想通りの言葉が返ってきて、それでも俺は少し落胆した。ギルドマスターだから何らかの情報が入っているんじゃないか、という一縷の望みに託したわけだが、やはり知らないようだ。
まあ、この塔には優秀な魔法使いが無数にいる。何らかの情報を得る機会ぐらいはあるだろう。
取り敢えず、急ぎで聞きたかったのはこの程度である。他にも聞きたいこと自体はいくつかあるが、わざわざ時間を使わせるのは少し申し訳ない。
聞くか迷っているのは親父の工房の事と、後は俺の至って個人的な悩みについての事である。どちらも個人的な話過ぎて聞く気になれない。そもそもこんな話聞いてくれているだけでありがたいのだから、これ以上を望むのは贅沢というものだろう。
「……この後も冠位を巡るつもりなの?」
少し悩んでいると、ヴィリデニアが先にそう尋ねた。当然俺はその質問に頷く。
「それなら次はハデスさんのところに行くといいわ。今、賢者の塔の中にいる冠位の中で一番話がわかるから。」
第三席、『術式王』ハデスか。確かオリュンポスにも所属していた魔法使いだったはずだ。別枠である師匠やオーディンを除けば、最高齢の冠位であったと記憶している。
その分、近付きがたいようなイメージがあったのだが、ヴィリデニアが薦めるのなら悪い人でないのは確かだろう。
「行くんだったらアタシが連絡しておくわよ。ハデスさんは親しい人の連絡以外は全て遮断して、研究に没頭しているから。」
「そうしてくれると助かる。」
「任せなさい。いけそうになったらまた連絡するわね。」
本当に頼りになる人だ。頼りになり過ぎた結果、こんなに忙しい事になっているのだろうけど。
やっぱり世の中は理不尽だな。真面目な人が苦労して、頭のおかしい人が何の悩みもなく暮らしているのだから。せめて俺はあまり迷惑をかけないようにしないといけないな。
「他に何か聞きたいことはある?」
「……いや、ないな。今日はありがとう。また今度、何か俺に頼みたいことがあったら言ってくれ。」
そう言って俺は席を立つ。
「アルスちゃん、あまり気負わないようにね。」
直ぐに出て行こうとしたのだが、その一言で足が止まった。
「心に余裕がないと世界が狭くなっていく。魔法使いは自分の心に正直じゃないと、その力の半分も発揮できないわ。」
その言葉には重みがある。この人は賢神第四席にして、あの戦闘科で冠位の名を背負って立つ人間だ。
俺より何倍も多くの経験をしてきたのだろう。俺より何倍も多くの挫折をしてきたのだろう。魔法教本の1ページ目に書いてあるような当たり前の事が、何故かとても頭に響く。
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