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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

2.幻想の魔法

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 特にレーツェルの言葉を断る理由も見当たらず、この土地に慣れていないのは事実のため、案内を頼むことにした。

「そういや、二人はどういう関係なんだ。アルスと違ってヒカリは魔法使いには見えないし。」

 初っ端から答えづらい事をレーツェルは聞いてきた。
 ロギアとグレゼリオンでは服装が異なる。その服装から俺達が他国から来たのは分かったのだろうが、魔法使いでもないヒカリが賢者の塔に来る理由は分からなかったのだろう。
 実際、その事情やらを説明するのは難しい。だからこそ事前にどう答えるかは決めていた。

「遠い親戚の子でな、今は俺が預かっているんだ。下手なところに預けるより賢神に任せた方が安心って言われてな。」
「なるほどな、確かにそうだ。」

 俺が賢神と言った事にレーツェルは驚かない。この街では賢神は珍しいものではないからだろう。

「アルスの部門は何だ。戦闘科か? それとも属性科?」
「いや、レーツェルと同じで神秘科だよ。」
「おお、俺の後輩だったか! なんとも奇妙な縁だなそれは!」

 それは俺も思う。神秘科は十大部門の内の一つだが、現在は冠位が十数年いないのもあって落ち目の部門だ。既存の部門では扱いきれない特殊なものを扱うのが神秘科の役割であり、研究内容が複雑になりやすいのも人が少ない理由である。
 そんな神秘科の賢神が、街中でこうやって偶然に出会うのはレーツェルにとっても珍しいのだろう。

「それなら、ついでに神秘科まで案内しよう。丁度俺も帰るところだったしな。」

 レーツェルは上機嫌に笑う。

「レーツェルさんは、何を研究しているんですか?」

 ヒカリはそう尋ねた。するとレーツェル更に上機嫌になり、大きな笑い声まであげ始めた。

「だーはっはっは! やはり気になるか! それならば教えてやろう!」
「はい、気になるッス!」

 レーツェルにつられてヒカリまで声が大きくなっていく。
 ヒカリの聞き上手な性格とレーツェルの相性が良いからか、二人は周囲の視線を気にせずに盛り上がっていく。

「『幻の小刀ファンタジック・ナイフ』」

 一言唱えると、どこからともなくレーツェルの手にナイフが現れた。大体十数センチ程度の小さなナイフだ。
 そのナイフを使って左の手のひらを小さく切り、当然手からは血が流れ始める。その手のひらを開いて、俺達に見せた。

「どう見える?」
「どうって、血が流れてますけど、大丈夫なんスか?」
「大丈夫大丈夫。アルスはどうだ?」
「……俺も同じだ。血が流れているように見える。」

 レーツェルは「そうか。」と嬉しそうに言って、ナイフを消して手のひらを合わせる。

「じゃあ、今度はどう見える?」

 両手を開いて突き出すが、その手にはどこにも血の跡はなく傷もない。
 回復魔法を使った様子もなく、何か手品をしたわけでもなく、綺麗な手のひらがそこにあるだけだった。

「答えは簡単な話だ。ナイフなんてそもそも存在しなかったし、ナイフがないんだからそもそも傷なんてつけようがなかった。」

 レーツェルはそう言ったが、どう考えても納得できる話ではない。
 ただの魔法使いならばともかく、賢神を相手に幻覚の魔法がそう効くものか。魔力の流れに異常があれば直ぐに分かる。だから幻覚の魔法は映像技術や芸術の方面では使われるが、実戦における有用性はないと結論付けられている。

「アルスも知ってるだろうが、既存の魔法理論だとそれは不可能だ。だけどできるんだよ、俺の魔法ならな。」

 その言葉でやっと俺は察した。

「――幻想魔法ファンタジック・マジック、これが俺の研究内容だよ。」

 つまりは希少属性だ。希少属性は既存の魔導理論が当てはまらない未知の属性である。本来ならあり得ない事だって起こすことができる。
 確かにこれは神秘科の領分である。一部ではスキルの一つであると、そう片付けられて属性とすら認められていないケースがある。それ程に特殊なものなのだ。神秘科のテーマとしてはぴったりだろう。

「幻を見せる魔法、ってことッスか?」
「その通り。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、その他。全ての感覚器をもってしても、そこに存在するとしか思えない完璧な幻覚だ。」

 あのレベルの幻を見せることができるのなら、それは十分に強力であると言えるだろう。
 少し考えるだけでも応用の幅はいくらでもある。

「まあ、厳密には幻っていうにはちょっと違うんだが――」

 レーツェルは足を止める。気付くと遠くに感じていた賢者の塔が、もう目の前にあった。

「――到着したし、その説明はまた今度だな。」

 賢者の塔の入口に扉はない。その代わりのように結界が張ってある。しかしこの結界は人の出入りを禁じるものではなく、微細なゴミを塔の中に入れないためのものだ。
 だから、賢者の塔にはいつでも誰でも、好きな時に入れるようになっている。
 入れるだけだがな。魔法使いの総本山で悪事など働けるはずがないのだ。だから一見無防備に見える入口でも問題がないのだ。

「ヒカリは許可証を発行してもらわないとな。ほら、あっちが受付だぜ。」

 そう言って先導するレーツェルの後ろを俺達はついていく。
 偶然の出会いではあったが、レーツェルに案内してもらえたのは幸運だった。俺とヒカリだけだったら、もっと手間取っていたに違いない。
 レーツェルが受付の人に説明をすると、直ぐに手続きの用紙を取り出してくれた。賢神以外が塔に入りたいというのはよくある事らしく手慣れていた。

「名前と住所、目的を記入してください。それと登録料をいただきます。」

 ヒカリは頷いて、手早くその四項目を記入した。金は俺が払う。これは経費だから、まとめて後で精算しなくちゃいけない。
 すると今度は裏の方に歩いていって、水晶が上部に取り付けられた少し大きめの箱を持ってきた。

「それでは、今度はこの水晶に手を置いてください。」

 ヒカリが手を置くと水晶は仄かに光り始め、少し経った後にガーッという機械音が鳴って下の箱から紙が出てきた。受付の人はそれを取って目で確認する。

「……はい、これで登録完了です。」

 書類とさっきの魔道具をしまって、一枚のカードだけを持ってまた戻ってくる。

「それでは注意事項の説明をさせていただきます。まず、こちらが入場許可証です。」

 名刺程度の大きさのカードが受付のテーブルに置かれる。
 小さいがこれも魔道具であるためか少し分厚い。やっぱりこういうのは刻印科が作っているのだろうか。

「こちらの入場許可証を所持する事で塔内の転移魔法陣を使えるようになります。しかし全ての階層に行けるわけではないのでご注意ください。その階層への移動を許可されている者の同伴がある場合は、移動することが可能です。また、万が一許可証を紛失した場合は再発行時には十倍の料金がかかりますので注意してください。許可証を他者に譲渡するのは禁じられている為、必ず行う事のないようお願いいたします。詳しくはパンフレットをご覧ください。」

 そう言って受付の人は受付台に置かれているパンフレットへ手を向けた。

「説明は以上となります。何か他に質問はございますか?」
「大丈夫ッス。」
「それでは、お気をつけてお過ごしください。」

 登録は想像より異様に早く終わった。こんな雑な対応だったら犯罪者も簡単に入れるが、まあ大丈夫なのか。ただの犯罪者ならまず間違いなくここの魔法使いに勝てないだろうし。

「よし、それじゃあ行こうぜ。我らが神秘科によ!」

 レーツェルの言葉に頷いて、俺達は移動用の魔法陣へと向かった。
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