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幕間〜王選の幕は落ちる〜

碌でもないない師匠

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 王選から既に二週間経った。もう結果は決まり、アースも大分落ち着いてきて俺にも暇な時間ができている頃だ。
 俺は王城から離れて、師匠のいる場所へと向かっていた。学園を卒業してからはあまり会っていないが、それでも定期的には訪ねて色々とアドバイスを貰っているのだ。
 今回もまあ、そんな感じの理由だ。

 相変わらず師匠の本拠地は山の奥で、辿り着くには魔物を掻い潜りながら進まなくちゃいけない。もっと会いやすい場所に住んでて欲しいものだが、精霊王に人の道理を説いてもしょうがない。
 それにもう慣れたものだ。今なら別に、ここにいる魔物に手こずる事だってない。

「やあ、久しぶりだねアルス。」

 小屋に辿り着いた俺を師匠であるレイが出迎える。
 初めて会った日からその容姿に変わりはない。学園長もそうだが、まるで時間から切り取られて別に存在するかのような、そう感じる程にずっと変わっていない。
 少なくとも、先代の精霊王は三千年は生きたらしい。師匠はまだ数百年しか生きていないから新米らしいが、俺からすればどちらも化け物だ。

「用件は分かっているよ。冠位を取るための推薦状を貰いに来たんだろう。」

 単刀直入に師匠はそう言った。実際、間違いではないので俺も頷く。

「ただ、それ以外の悩みもあるみたいだね。違うかい?」
「……そんなに分かりやすいか、俺。」
「分かりやすいよ。君は根本が単純な性格だからね。ちょっと意識して見れば何を考えているか直ぐに分かる。」

 実際、かなりの人にそう言われる。特にお嬢様は完全に俺の心を読んでくる。個人的にはそんなに分かりやすい顔をしているつもりはないのだが、これだけ言い当てられるのだからそうなのだろう。
 ただ、話が早いのは良いことである。わざわざ説明をしなくてもいいのは楽だ。

「ほら、何だい。言ってみなよ。僕が相談に乗ることなんて稀なんだぜ。」

 ……聞く人物を間違えたような気もしてきた。まともな言葉が返ってくる気がしない。推薦状をもらうついでに相談しておこうと思ったのが間違いだったのかもしれない。
 できればアルドール先生に聞きたかったんだが、師匠と違って先生は忙しい。流石に気が引けたのだ。

「……やっぱりやめた。忘れてくれ。推薦状だけくれればいい。」

 一時の心の迷いだった。寄りにもよって師匠に、魔法以外の相談を持ちかけようとしたのが俺の過ちだった。

「よし、それなら当ててやろう。可愛い弟子の悩みだ。」

 しまった。話しかけた時点で詰んでいた。この人にデリカシーとかそういう類のものがないのを忘れていた。
 人の心にズケズケと入り込んで、そして一寸の狂いもなく本人が自覚していないレベルの深層心理を言い当てる。まるで自分を本にして読まれているような感覚である。
 程なくして再び師匠は口を開く。

「――なるほど。君、人を殺したのは初めてだったか。」

 それはこれ以上ないほどに端的であり、正確に俺の悩めるところを突き刺した。俺の表情を見て当たった事が分かったのか、嬉しそうに師匠は笑う。

「『性欲』のニレアを殺したんだっけか。正解だったとは言わないけど、合理的な判断だと思うぜ。アレを捕まえるコストと利益が釣り合わない。」

 緊急時であったし俺の判断を咎める奴はいなかった。国王陛下からは直々にお褒めの言葉をいただいた。あいつはあそこで、死ななくちゃいけなかった。
 それでも、俺は目の前で命乞いをする人間を殺した。魔物なら数え切れないほどに殺したが、人を殺したのは初めてだった。

「……あまりにも、簡単に死んだんだ。」

 俺は観念して口を開く。ここまで来たなら逆に相談に乗ってもらわねば損だ。

「別に大量の魔力だとか、難しい魔法だとか、そんなもの何も必要なかった。ただ使い慣れた魔法を振り下ろせば、それだけで死んだ。それが怖かったんだ。」

 知識としてはあった。しかしそれが経験となれば、また見方は変わってくる。俺の魔法は、どれだけ雑に扱っても人の命を奪うのだと。
 それからは、魔法を使うのが少し怖くなった。何かの間違いで魔法が暴発して命を奪ったらと思うと、魔法はいつもより何倍も動きが悪くなった。

「一種のトラウマってわけか。確かに大きな問題だね。魔法使いはイメージの中に生きる。心理的な弱さはそのまま魔法にまで影響する。」
「……何か解決する方法を知らないか?」
「経験はないけど、知識ならある。実際、君と同じようにトラウマのせいで停滞していく魔法使いを何度も見てきた。そこから辞めていった奴もね。」

 時間が解決するような問題じゃない。魔法は使えないイメージが頭の中に少しでもあれば綻びが生まれてしまう。一度使えなかったという経験はその後に必ず響いてくるのだ。

「トラウマの治療法は、大きくは2つ。慣れるか、乗り越えるかだ。前者であれば簡単だよ、もっと多くの人を殺せばいい。いつか、きっと慣れる。」

 それは、嫌だな。
 俺がニレアを殺したのは、あいつは生きているだけで脅威だと判断した為だ。本来ならばニレアは、法の下で裁かれなくてはならなかったはずだ。
 その考えは今でも変わりない。これから先も、できれば人は殺したくない。こんな殺伐とした世界において、甘い考えと分かっていてもそう思わずにはいられない。

「後者は少し面倒だし、余計に悪化する奴もいる。過去を冷静に分析して、自分の中で上手く消化する必要があるわけだからね。」

 魔法と向き合う、というのは幼少の頃にも一度経験した。魔法を暴走させて、ベルセルクに助けてもらった時の事だ。
 その時は何か犠牲が出ていたわけじゃないし、自分の中で結論を出すのも早かった。
 今回は違う。あの時より俺の魔法は遥かに強くなった。その気になれば街一つだって簡単に潰せてしまう。そんな魔法と向き合わなくちゃいけない。

「そこで! 僕に良い案がある!」

 急に大声を出して声高らかに師匠は宣言した。

「僕は君のために推薦状を。」
「……え、何で?」

 どうしてそんな話になるんだ。それとこれとは全く話の関わりがないはずだ。意味がわからない。

「君には経験が足りない。だからこそ、先輩の冠位に色々と話を聞いてきなよ。推薦状をお願いするついでにさ。」
「いや、それでもし貰えなかったどうするんだよ。」
「ハッハッハ! 良いじゃないか、面白くて!」

 何が面白いんだよ、マジで。この人は弟子のことを玩具か何かだと勘違いしているんじゃないだろうか。
 本当にありえるぞ。いや、むしろそうに違いない。

「きっとおも、良い経験になるさ。特に僕は生命科と機械科の冠位がおすすめだな。」
「今、面白いって言いかけなかったか?」
「何言ってるんだい。僕は真剣な話をしてるんだぜ。」

 キョトンとした顔で、悪びれもせずに師匠はそう言った。
 何でこの人が賢神第一席なんだろう。絶対に学園長とかの方が第一席に相応しいと思うけどな。こんなのがトップとか、魔導会の恥だろ。

「……もういい! いつか絶対に師匠より強くなって吠え面かかせてやる!」
「何万年後かな、楽しみにしてるよ。」

 最後の瞬間まで憎たらしかった師匠に背を向けて、俺はこの山を降りていく。ただでさえ忙しいのに、余計に忙しくなってしまった。
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