372 / 435
幕間〜王選の幕は落ちる〜
女子会(前編)
しおりを挟む
王国中を舞台とした王選は、アースの勝利によって幕を閉じた。
しかし王選自体は終わってもアースはしばらく忙しいままだ。次代の王と関係を持とうとする商人や、元々アースと関わりがあった貴族がそれを祝福する為に王城へ来るのだ。新聞社による取材の申請だってある。
小さな相手なら無視しても良いが、大きいものであれば無碍にはできない。これから先、共に国を盛り上げる相手を乱雑に扱えば、いつかこの国を出て行く可能性だってある。
アルスはアルスで忙しい。今回の一件でまた活躍したという事で、アルスにも会いたいという人が少なくない数いるのだ。その為、アースの護衛も兼ねて様々な場所に引っ張り出されている。
フランは罪滅ぼしも兼ねて、無償でスカイの護衛を名乗り出た。スカイも王選に負けはしたが、王族である以上は暇ではいられない。
そんなわけで、この状況下で手の空いている人物は割と限られていた。
ちなみに、どうでも良い事かもしれないが、四大公爵も一つの家を除いて既に領地へ戻っている。それは色々と用事が多いのもあるが、何より――
「……ねえ、ヒカリ。本当に私にして欲しい事ってないの?」
――その娘が帰ろうとしないからである。
最終演説が終わった翌日に目覚めたエルディナは、その日からずっとヒカリの部屋に来てこんな風にしていた。
「だから、ないッスよ。こうやって話し相手になってくれるだけで十分ッス。」
「ええ~……なんかスッキリしない。」
洗脳された状態とはいえ、エルディナはアースとヒカリを殺す一歩手前までいった。気に病むのは当然のことである。
むしろ、一週間経ってやっと落ち着いたのだ。起きたばかりの時は泣きじゃくって謝るだけで会話すら成り立たなかった。アルスやアース、父親であるオーロラと何度も話して平常心を取り戻したのである。
それでも、罪悪感だけは拭えなかったが。
「空飛んでみたくない?」
「あれは一回きりでいいッスね。」
「それじゃあ魔法を教えてあげようか?」
「今は剣で手一杯ですし……」
「じゃあじゃあ、私と模擬戦してみる?」
「いや、絶対に勝てないッスよ。」
エルディナは良い案を考え出そうとするが思いつかず、ただうんうん唸るだけだった。
「……前も言いましたけど、別に気にすることじゃないッスよ。あの時は洗脳されていて、仕方がなかったんスから。」
「そうなんだけど……それで、ヒカリとアースは死ぬかもしれなかったわけでしょ。えーと、何て言えばいいんだろう……」
再びエルディナは言い悩み始めた。自分の思っていることを上手く表現できない様子で、とてもむず痒そうな表情を浮かべている。
「あ、そう! 私だったら許さないから、妙に気持ち悪いの!」
合点がいってエルディナは肩から力を抜く。
それはフランが納得できない理由とはまた別だった。フランは命に対する責任を取らなくてはならないと考えていて、その為に謝っていた。
しかしそんな小難しい事を考えないエルディナにとっては、自分なら文句を言うだろうに、言われないという事に落ち着かなかったのだ。
「皆、人が良すぎるのよ。もしアルスが私みたいになったら、絶対にこき使うわ。だから私もそうされて然るべきじゃない。」
「えーと、だけど、別に何もされないならそれでいいんじゃ……?」
「良くないわ! それだと私が嫌な奴みたいでしょ!」
別にそんなこと誰も思わないとは思うが、こればかりは本人が納得するかどうかの話である。
「だからヒカリ、私を少し貶してみてよ。そうしたら満足するかもしれない。」
そうは言われてもいきなり罵倒の言葉なんて出てくるはずもない。そもそも言いたいとすら思わない。そもそもヒカリは小学生以来、他人に悪口を言った記憶すらない。
加えてそんな言葉をヒカリはわざわざ勉強していない。だから思いつくのは幼稚な悪口ばかりである。
「――あら、そうだったのね。それなら私が言ってあげてもいいわよ。」
音もなく、気付いたらそこにもう一人いた。その赤い髪を見れば誰であるかは一目瞭然である。フィルラーナ・フォン・リラーティナだった。
エルディナはお化けでも見たみたいに椅子から転げ落ちて、そのまま後ずさる。
「い、いつからそこに?」
「ついさっきよ……ああ、これをつけていたから気付かなかったのね。」
そう言ってフィルラーナは指輪を外して適当なテーブルの上に置く。つい最近にそれを見ていたヒカリは直ぐわかった。認識阻害の指輪である。
そのままエルディナが座っていた倒れた椅子を直して、そこにフィルラーナが座る。エルディナは急いで立ち上がって二人のいるところに戻った。
「どうしてラーナが王城にいるの!? 帰ったんじゃないの!?」
「用事があって戻って来たのよ。むしろ、ディナがまだ帰ってない事の方に驚いたわ。」
エルディナは驚いてはいるが嬉しそうだ。
ヒカリは二人の間の関係をよく知らないが、それでも互いに公爵家の令嬢である事から仲が良いのだろうと察した。タイプとしては真逆に位置するが、性格が似ていなくとも気が合うことはある。
エルディナは部屋の中から魔法で椅子を引き寄せて座る。フィルラーナが自分の椅子を取った事に対しては気にする様子すら見せない。
「だけどまあ、好都合ね。あなたにもきっと会いたがるだろうし、手間が省けたわ。」
ヒカリとエルディナ、二人揃って顔を見合わせる。わざわざフィルラーナが間に立ってまで合わせようとする人物、そんなものに予想がつかなかったからだ。
加えて次期当主であるエルディナはまだ分かるが、ヒカリに会いたがる人物ともなれば余計に想像がつかない。
「二人ともついて来なさい、どうせ暇でしょう?」
そう言ってフィルラーナは立ち上がる。実際、二人はやる事がなくて部屋にいたわけで、フィルラーナの言った事は間違いではなかった。
二人は大人しくフィルラーナについて行った。
しかし王選自体は終わってもアースはしばらく忙しいままだ。次代の王と関係を持とうとする商人や、元々アースと関わりがあった貴族がそれを祝福する為に王城へ来るのだ。新聞社による取材の申請だってある。
小さな相手なら無視しても良いが、大きいものであれば無碍にはできない。これから先、共に国を盛り上げる相手を乱雑に扱えば、いつかこの国を出て行く可能性だってある。
アルスはアルスで忙しい。今回の一件でまた活躍したという事で、アルスにも会いたいという人が少なくない数いるのだ。その為、アースの護衛も兼ねて様々な場所に引っ張り出されている。
フランは罪滅ぼしも兼ねて、無償でスカイの護衛を名乗り出た。スカイも王選に負けはしたが、王族である以上は暇ではいられない。
そんなわけで、この状況下で手の空いている人物は割と限られていた。
ちなみに、どうでも良い事かもしれないが、四大公爵も一つの家を除いて既に領地へ戻っている。それは色々と用事が多いのもあるが、何より――
「……ねえ、ヒカリ。本当に私にして欲しい事ってないの?」
――その娘が帰ろうとしないからである。
最終演説が終わった翌日に目覚めたエルディナは、その日からずっとヒカリの部屋に来てこんな風にしていた。
「だから、ないッスよ。こうやって話し相手になってくれるだけで十分ッス。」
「ええ~……なんかスッキリしない。」
洗脳された状態とはいえ、エルディナはアースとヒカリを殺す一歩手前までいった。気に病むのは当然のことである。
むしろ、一週間経ってやっと落ち着いたのだ。起きたばかりの時は泣きじゃくって謝るだけで会話すら成り立たなかった。アルスやアース、父親であるオーロラと何度も話して平常心を取り戻したのである。
それでも、罪悪感だけは拭えなかったが。
「空飛んでみたくない?」
「あれは一回きりでいいッスね。」
「それじゃあ魔法を教えてあげようか?」
「今は剣で手一杯ですし……」
「じゃあじゃあ、私と模擬戦してみる?」
「いや、絶対に勝てないッスよ。」
エルディナは良い案を考え出そうとするが思いつかず、ただうんうん唸るだけだった。
「……前も言いましたけど、別に気にすることじゃないッスよ。あの時は洗脳されていて、仕方がなかったんスから。」
「そうなんだけど……それで、ヒカリとアースは死ぬかもしれなかったわけでしょ。えーと、何て言えばいいんだろう……」
再びエルディナは言い悩み始めた。自分の思っていることを上手く表現できない様子で、とてもむず痒そうな表情を浮かべている。
「あ、そう! 私だったら許さないから、妙に気持ち悪いの!」
合点がいってエルディナは肩から力を抜く。
それはフランが納得できない理由とはまた別だった。フランは命に対する責任を取らなくてはならないと考えていて、その為に謝っていた。
しかしそんな小難しい事を考えないエルディナにとっては、自分なら文句を言うだろうに、言われないという事に落ち着かなかったのだ。
「皆、人が良すぎるのよ。もしアルスが私みたいになったら、絶対にこき使うわ。だから私もそうされて然るべきじゃない。」
「えーと、だけど、別に何もされないならそれでいいんじゃ……?」
「良くないわ! それだと私が嫌な奴みたいでしょ!」
別にそんなこと誰も思わないとは思うが、こればかりは本人が納得するかどうかの話である。
「だからヒカリ、私を少し貶してみてよ。そうしたら満足するかもしれない。」
そうは言われてもいきなり罵倒の言葉なんて出てくるはずもない。そもそも言いたいとすら思わない。そもそもヒカリは小学生以来、他人に悪口を言った記憶すらない。
加えてそんな言葉をヒカリはわざわざ勉強していない。だから思いつくのは幼稚な悪口ばかりである。
「――あら、そうだったのね。それなら私が言ってあげてもいいわよ。」
音もなく、気付いたらそこにもう一人いた。その赤い髪を見れば誰であるかは一目瞭然である。フィルラーナ・フォン・リラーティナだった。
エルディナはお化けでも見たみたいに椅子から転げ落ちて、そのまま後ずさる。
「い、いつからそこに?」
「ついさっきよ……ああ、これをつけていたから気付かなかったのね。」
そう言ってフィルラーナは指輪を外して適当なテーブルの上に置く。つい最近にそれを見ていたヒカリは直ぐわかった。認識阻害の指輪である。
そのままエルディナが座っていた倒れた椅子を直して、そこにフィルラーナが座る。エルディナは急いで立ち上がって二人のいるところに戻った。
「どうしてラーナが王城にいるの!? 帰ったんじゃないの!?」
「用事があって戻って来たのよ。むしろ、ディナがまだ帰ってない事の方に驚いたわ。」
エルディナは驚いてはいるが嬉しそうだ。
ヒカリは二人の間の関係をよく知らないが、それでも互いに公爵家の令嬢である事から仲が良いのだろうと察した。タイプとしては真逆に位置するが、性格が似ていなくとも気が合うことはある。
エルディナは部屋の中から魔法で椅子を引き寄せて座る。フィルラーナが自分の椅子を取った事に対しては気にする様子すら見せない。
「だけどまあ、好都合ね。あなたにもきっと会いたがるだろうし、手間が省けたわ。」
ヒカリとエルディナ、二人揃って顔を見合わせる。わざわざフィルラーナが間に立ってまで合わせようとする人物、そんなものに予想がつかなかったからだ。
加えて次期当主であるエルディナはまだ分かるが、ヒカリに会いたがる人物ともなれば余計に想像がつかない。
「二人ともついて来なさい、どうせ暇でしょう?」
そう言ってフィルラーナは立ち上がる。実際、二人はやる事がなくて部屋にいたわけで、フィルラーナの言った事は間違いではなかった。
二人は大人しくフィルラーナについて行った。
0
お気に入りに追加
286
あなたにおすすめの小説
辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~
有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。
主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。
残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)
SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。
しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。
相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。
そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。
無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!
拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。
ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった
16歳の少年【カン】
しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ
これで魔導まで極めているのだが
王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ
渋々それに付き合っていた…
だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう
この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである
※タイトルは思い付かなかったので適当です
※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました
以降はあとがきに変更になります
※現在執筆に集中させて頂くべく
必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします
※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください
気がついたら異世界に転生していた。
みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。
気がついたら異世界に転生していた。
普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・
冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。
戦闘もありますが少しだけです。
異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか
片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生!
悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした…
アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか?
痩せっぽっちの王女様奮闘記。
鑑定や亜空間倉庫がチートと言われてるけど、それだけで異世界は生きていけるのか
はがき
ファンタジー
異世界トラックに轢かれるでもなく、いきなり転移した異世界はハードモードだった。
チートは異世界主人公のド定番、鑑定と亜空間倉庫のみ。いったいこれだけでどうしろと?
だが、工夫に工夫を重ねることでなんとか生きる道筋を見つけたが、色んな所から狙われるように・・
強い仲間を味方にひっさげて脇役として異世界を生きていく。
初投稿です。拙い文章ですがよろしくお願いいたします。
よろしければ、感想、叱責、激励等お待ちしております。
騎士志望のご令息は暗躍がお得意
月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。
剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作?
だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。
典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。
従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。
【TS転生勇者のやり直し】『イデアの黙示録』~魔王を倒せなかったので2度目の人生はすべての選択肢を「逆」に生きて絶対に勇者にはなりません!~
夕姫
ファンタジー
【絶対に『勇者』にならないし、もう『魔王』とは戦わないんだから!】
かつて世界を救うために立ち上がった1人の男。名前はエルク=レヴェントン。勇者だ。
エルクは世界で唯一勇者の試練を乗り越え、レベルも最大の100。つまり人類史上最強の存在だったが魔王の力は強大だった。どうせ死ぬのなら最後に一矢報いてやりたい。その思いから最難関のダンジョンの遺物のアイテムを使う。
すると目の前にいた魔王は消え、そこには1人の女神が。
「ようこそいらっしゃいました私は女神リディアです」
女神リディアの話しなら『もう一度人生をやり直す』ことが出来ると言う。
そんなエルクは思う。『魔王を倒して世界を平和にする』ことがこんなに辛いなら、次の人生はすべての選択肢を逆に生き、このバッドエンドのフラグをすべて回避して人生を楽しむ。もう魔王とは戦いたくない!と
そしてエルクに最初の選択肢が告げられる……
「性別を選んでください」
と。
しかしこの転生にはある秘密があって……
この物語は『魔王と戦う』『勇者になる』フラグをへし折りながら第2の人生を生き抜く転生ストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる