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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜

46.大詰め

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 雨はアルスとフランが戦うこの場限りの局所的なものであり、雷雨を落とす雲はアルスが魔法で作ったものだ。これを維持する余裕がある限り、まだアルスは戦える。
 だからこそフランは、ゆっくりとアルスに近付いていく。地面にうずくまり、もはや動くことすら難しいアルスを相手にだ。
 それ程までにフランはアルスを警戒していて、一瞬の油断が命取りになると理解していた、

「……フラン。」

 アルスがそう呼びかける。フランは答えずに、足を前に出す。

「『絶剣』は確かに強力だ。ちょっとした油断が、こうやって致命傷になる。だけど欠点がある、そうだろ。」

 その欠点は、他ならぬフランから聞いたものだ。
 この効果に対してはあまりにも弱い欠点であり、普通ならこんなもの大した欠点にはならない。しかし今回限りはこれが重要だった。

「一つ、剣を使わない場合は用途が限られる。二つ、対象が大きければ大きいほど体への負荷が強くなる。」

 アルスは勝ち方を選ばなくてはならなかった。殺して終わりにはできないのだ。

「三つ、武器への負担が大きい。その為にお前はずっと、決して壊れない丈夫な剣を使ってたはずだ。」

 そしてその剣は今、スカイの手元にある。確かに今、フランが持っている剣も名剣に違いないが、この戦いの中に何度も絶剣を放てば必ず負担は大きくなる。
 しかしそれでも、普通なら壊れる事はない。どれぐらいが限界なんてフランが一番よく分かっている。必ず余裕を持って使うはずだ。

「だから、俺の勝ちだ。」

 振り下ろされるフランの剣を、真正面からアルスの十束剣が迎え撃つ。
 刃が宙を舞う。フランの手に残ったのは折れた剣だけだ。間髪入れずにアルスが追撃を入れようと迫るが、その折れた剣では止めることはできない。
 フランの腹へと、鋭く掌底が突き刺さる。後方へと倒れ、何度か地面を転がった。

「この雨は、俺の魔法そのものだ。少し指向性を持たせたり、性質を変えたりする事ぐらいなら簡単にできる。」

 折れた剣の、刃の方を拾ってアルスはフランに見えるように持った。

「当然、お前の剣もよく濡れている。水を強い酸性の液体に変えて、一部分だけでいいから小さな傷を作る。そうすればこうやってぶつけ合った時に折れる。それが折れた原理だよ。」

 剣を壊す、これこそがアルスが選んだ勝ち方だった。フランを殺さずして勝つにはこうする必要があった。
 フランは動けない。この折れた剣でも戦えなくはないが、アルスを相手にはもう勝機がないからだ。
 これがいつもの剣なら折ることはできなかっただろう。洗脳されて思考力が削がれていなかったら、鋭い直感でアルスの狙いに気付いた可能性もあった。

「やっぱり、いつものお前より弱いな。俺の知ってるフランは、何かを背負っている時のフランは、この程度じゃない。」

 頭を剣の側面で叩かれて、フランは気を失った。抵抗はされなかった。





 場所はまた移る。
 大きなクレーターができた場所があった。周囲の家屋は無惨にも崩れ去り、人の気配は殆どない。いるのは大精霊を従えるエルディナと、ヒカリとアースだけだ。
 ヒカリが使う聖剣の効果により二人の周辺に被害はなかったが、これだけの攻撃の中で無事ではいられない。

「結界が……!」

 ヒカリの声が虚しく響きながら、聖剣につく珠が光を失って結界が消えた。

『降伏せよ。男の命だけを我が前に晒せ。さすれば、無用に人から命は奪わん。』

 大精霊の声がもう一度響く。アースは何も言わずに、ヒカリの前にその体を出した。
 迷いはなかった。アースは死を恐れない。何より恐ろしい事は、国を守れない事であるからだ。アースは決して迷わない。判断を遅らせる事はそのまま、被害を大きくする事に繋がるかもしれないからだ。
 アースは、諦めない。スカイがそうしたように、アースは最後の一瞬まで諦める事はしない。ただスカイとの最大の違いは、結局は自分で何も出来ないという事。

「……ヒカリ、俺様はお前がよくやっている事を知っている。ただ、一つ足りないものもあげるとするなら――」

 その声はヒカリの耳の中によく響いた。大精霊に背を向けて、アースはヒカリと目を合わせる。

「自信だ、自信を持て。お前には勇気があるんだ。後はお前の力を信じてやれ。」

 そうだ、そうに決まっている。誰がどう考えたって、この状況を覆す事はできない。
 今まで勇気を持って踏み出したその時には、今手に持っている聖剣が応えてくれているという感覚があった。できるんじゃないかっていう根拠のない自信を聖剣がくれていた。
 しかし今は違う。聖剣は反応していない。この世界の住民とは違って、平和な日本で生まれ育った力を持たないただの人だ。聖剣がなければ何もできはしない。

「その勇者のスキルは、与えられた力でも、体に外にある武器なようなものなんかでもねーんだ。魂に刻まれたお前自身だ。この世のどこに、自分の右手に祈る奴がいる?」

 スキルとは今でもその殆どが明らかになっていない。神々が与えたもうた、原理すら判明しない特殊な力こそがスキルなのだ。
 それでも自分のスキルを恐れる奴なんてこの世にいない。結局は体の延長線上にあるものであり、その使い方だって感覚的に理解できるものに過ぎない。この世界で生まれた存在でないヒカリには、それが上手く理解できていなかった。

「自分を信じろ。」

 ヒカリの視界がぼやける。特に聖剣がよく見えない。手に持っている剣がどんなものなのか、頭の中に浮かばない。
 見えない。だけどこれは見えないだけで幻想ではなく、確かにここに実体を持つ。あの時、カリティと戦ったその時からずっと自分の中にいるのだ。見えなかったというだけで。

『命を差し出すという事で、良いか?』
「いいや、違うね。勝ちが確定したからこそ、俺様はここまで悠長に話をしているんだ。」

 ヒカリは後ろから肩を掴まれる。子供の頭を撫でるときのように優しい手で、ヒカリの体からつい力を抜ける。代わりに前に出たのは巨体の、キャソックに身を包んだ男だった。

「よく耐え抜きましたね。よく生き残りましたね。遅くなって申し訳ない。ですが、もう安心なさい。」

 低く優しい声だった。ヒカリはその男に、警察官であった父の姿を幻視する。

「私の名はグラデリメロス、教会の神父をやっております。」

 グラデリメロスはそう名乗った。それでも、その正体をよく知るアースにとっては十分に安心できる情報量だった。
 何より、ここにいるのはグラデリメロスだけじゃない。

『次は汝が立ち塞がるか?』
「いいえ、私の剣は人を守り、罪人を刺すためにあります。決して罪なき者を刺すことはありません。」

 グラデリメロスはエルディナの方を指さす。

「相手は後ろですよ。」

 ――ディーテの光の加護は、風の大精霊の探知すら振り切る。その情報を知っても、記憶して留める事ができないからだ。
 だから気付かなかった、後ろから近付く存在に。
 前へと注意が集中していた大精霊とエルディナは突然、いないはずの空間から現れたその存在へ対応する事ができなかった。

「動くな。頭を打ちぬかれたくなかったらな。」

 エルディナの首を絞め、拳銃がエルディナの頭につきつけられる。それをしたのは当然、ディーテだった。
 天使は肉体を持たない。肉体のようにそこに存在したのは、実際は魔力そのものである。だからこそ、魔力の大部分を身代わりにして魂だけを逃がすなんて事だってできる。
 大精霊の目を欺くためにも、ほとんどの魔力をそこに置いてアース達を庇ったように見せかけ、本体はエルディナの後ろへと回り込んでいたのだ。

『……そうか。』

 大精霊は輪郭を失い、風となってその場から消え去った。ディーテはエルディナの首を強く絞めて、その意識を落とした。

「ディーテさん! 無事だったんスね!」
「たわけが、私が死ぬわけがない。」

 宙に浮かんで、ディーテはヒカリの場所へと移動する。グラデリメロスは軽く会釈をするが、それには何も返さない。
 一息もつきたくなるこの状況で、アースは直ぐに次の為に口を開いた。

「グラデリメロス、お前が来たって事はそういう事でいいんだな?」
「ええ、一時避難をしていた住民の中から武に長ける方を集めて制圧の為に動いています。上手く状況は掴めていませんが、時間の問題ではないかと。」
「ならいい。悪いが急いで行くぞ。元々この作戦は各地でニレアの戦力を削いで、全員で丸腰のニレアを倒すってのが狙いなんだ。スカイだけじゃ何が起こるかわからねーからよ。」
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