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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜
37.選択の果てにあるもの
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グレゼリオン王国第94代国王ロードは、他の兄弟姉妹に大差をつけて王に選ばれた傑物であった。
彼は政や商売の才があるだけでなく、人格にも優れていた。更には王でありながら賢神の座まで手に入れ、正に理想の王として民から信頼を受けた。
ロードは若くして最愛の妻と結婚し、二人の子供が生まれた。それこそがアースとスカイだった。
二人がまだ幼い頃に、その妻は心臓病で死んだ。癒し手が間に合わない程の急逝であり、二人の子供は早くして母親を失う事になった。
二人は無意識に、多忙な父に迷惑をかけないようにと、そんな風に育った。頭が良かったが故の弊害である。必要のない事を極力省いて、やる事を全力でやる。
だから、本音で語る、なんて不和の原因になる無駄な事はしてこなかった。
「……兄上に、何がわかるって言うんだ。」
言っちゃいけない事だって分かっている。それでもこの時に限って、スカイはそれを抑える事ができなかった。
「僕だってそれぐらい考えていたさ! だけど、こんな事は僕の我儘に過ぎないじゃないか。ただの僕の恋人と、王国の安寧。どっちが大切かなんて比べるまでもない。」
そこでやっと、アースは何となくではあるが名も無き組織とスカイの間に何があったのかを理解した。
確かに国を統治する王族として、スカイの考えは間違いではない。人への情や、優しさが国を滅ぼす事だってある。王とはどれだけ恨み、嫌われても大局を見るものだ。そう教えられて二人は育った。
「それに僕が王になりさえすれば、サティアは帰ってくる。王国だって平和のままだ。何もかもが、丸く収まる。変に兄上を頼ったところで、一体何ができたって言うんだよ。この王選の最中に、どこにいるかも分からないサティアを見つけ出して助けるなんて、できるわけがないんだから。」
ずっと誰かに打ち明けたかった、相談したかった。それを全て、理性で止めていた。
だって言ったところで意味がない。人質を簡単に見つけられるのなら、名も無き組織だって見つけられている。何よりこれはスカイが担うべき責任であり、逃れることなんて許されるわけがない。
胸倉を掴むアースの手をスカイは握り、無理矢理に引き剥がす。黄金の目は互いを睨み合う。
「……僕がサティアを守ろうとした瞬間に、この結果は決まっていた。この選択そのものが間違いだったんだ。」
もしもの話ではあるが、スカイがその恋人のサティアを見捨てれば、名も無き組織が王選中で何かをしようとしている事を知らせることができた。そうすれば応じた対抗策も用意できた。
罪なき洗脳された人々を救えたかもしれない、ここまで王選によって情勢が揺れる事はなかったかもしれない、こんな風に言い争う事も、なかったかもしれない。
全てはたらればの話で、考えても仕方のない事だ。それでも考えずにはいられないものである。
「だからもう、放っておいてくれ。僕がきっと何とかしてみせる。兄上は王都に戻ってくれればいいよ。」
そう言って、スカイはアースから目を逸らす。
「――ああ、そうかよ。」
アースは拳を握りしめる。右足を前に出し、大きく振りかぶってその左手でスカイの頬を殴り抜いた。完全に視界の外からの一撃で、スカイは避ける事はおろか反応する事すらできなかった。
「いってえな! こんな事になるなら、鍛えておくべきだった!」
そう言ったのはアースである。殴られたはずのスカイの方に痛みはなかった。それを分かっていても、アースは殴らなければ気が済まなかった。
「ふざけんなよ、スカイ! 確かにお前の選択は間違ってたかもしれねーよ! だけど何が正しかったかなんて、そんなの誰にもわかりゃしねーんだ!」
「……僕のせいで、こんな事になったんじゃないか! これを間違いと言わずに何て言うんだ!」
「だからふざけんなって言ってんだよ! まだ何も終わってねーだろうが! 何でもう諦めたような目をしてやがんだよ!」
アースはよく人に怒る。スカイもよくアースに怒られる。だけど、スカイはこんなにも必死になって声を荒げるアースの姿を見るのは初めてだった。
「ニレアを倒して、洗脳された奴ら全員を取り戻す。お前の恋人も助け出して、王選も無事に終わらせる。そうしたら十分に今回の一件はお釣りがくるはずだ、違うか?」
「そんなの、できるわけないだろ。」
「お前一人ならできねーかもな。だけど、ここには俺がいる!」
アースの言葉に澱みはない。だが、その瞳の奥は揺れているような気がした。それでも、スカイが口を挟む余地のないぐらいに早く、次々とアースは言葉を連ねていく。
「今回の話を大団円で終わらせようじゃねーか。ハッピーエンドを諦めるにはまだ早過ぎるぜ。この為なら俺は命だって賭けれる。お前は違うのかよ、スカイ。」
いつもの理論的で、効率的な手だけを選ぶアースの姿はそこになかった。理想を追い求める、偉大な王の姿がそこにあった。
アースが言うのなら、本当にできてしまうんじゃないかと、そう思えてしまうほどの迫力があったのだ。
「何、で……」
「ああ?」
「何で兄上は、そこまでして戦おうとするんだよ。」
戦う必要は、確かにないかもしれない。ここで逃げてしまう事だってできる。それを最初は、王国の為にならないと拒んだ。
しかし次はまた、別の理由ができた。
「弟が困ってんだ! 助けにならない兄貴がいるかよ!」
「――」
「お前は俺に、力を貸せって、そう言えばいーんだよ! それだけで俺は、お前の為に全てを賭けてやる!」
これぐらいシンプルな方が、アースは逆にやる気がでた。家族を守りたい、力になりたい、助けたい。人として持つ原始的な感情であるほど、無駄な事をアースは考えずに済んだ。
「答えを言え、スカイ!」
確かに本音で語り合った事は、なかったかもしれない。それでも、アースはずっとスカイの事を気にかけていた。力になりたいと、そう思っていた。
スカイがどう思っていたかなんてアースにとってはどうでも良い事だ。家族をそんな損得で見た事は、アースは一度もなかった。今までも、これからもだ。
沈黙が響く。スカイは直ぐには、口を開けなかった。頭の中でアースの声と、今までの事と、様々な人の声が駆け巡る。
何が間違っていたか、正しかったかそんな事はわからない。それでも――今、やりたい事ならわかった。
「たすけて、くれ。僕はもう、何も失いたくない――!」
膝をついてスカイは頭を下げる。目尻には涙が溜まる。
それはアースが、スカイにされた初めての心からのお願いで、ずっと待ち望んでいた言葉だった。
「任せろ、弟。」
アースは笑った。
彼は政や商売の才があるだけでなく、人格にも優れていた。更には王でありながら賢神の座まで手に入れ、正に理想の王として民から信頼を受けた。
ロードは若くして最愛の妻と結婚し、二人の子供が生まれた。それこそがアースとスカイだった。
二人がまだ幼い頃に、その妻は心臓病で死んだ。癒し手が間に合わない程の急逝であり、二人の子供は早くして母親を失う事になった。
二人は無意識に、多忙な父に迷惑をかけないようにと、そんな風に育った。頭が良かったが故の弊害である。必要のない事を極力省いて、やる事を全力でやる。
だから、本音で語る、なんて不和の原因になる無駄な事はしてこなかった。
「……兄上に、何がわかるって言うんだ。」
言っちゃいけない事だって分かっている。それでもこの時に限って、スカイはそれを抑える事ができなかった。
「僕だってそれぐらい考えていたさ! だけど、こんな事は僕の我儘に過ぎないじゃないか。ただの僕の恋人と、王国の安寧。どっちが大切かなんて比べるまでもない。」
そこでやっと、アースは何となくではあるが名も無き組織とスカイの間に何があったのかを理解した。
確かに国を統治する王族として、スカイの考えは間違いではない。人への情や、優しさが国を滅ぼす事だってある。王とはどれだけ恨み、嫌われても大局を見るものだ。そう教えられて二人は育った。
「それに僕が王になりさえすれば、サティアは帰ってくる。王国だって平和のままだ。何もかもが、丸く収まる。変に兄上を頼ったところで、一体何ができたって言うんだよ。この王選の最中に、どこにいるかも分からないサティアを見つけ出して助けるなんて、できるわけがないんだから。」
ずっと誰かに打ち明けたかった、相談したかった。それを全て、理性で止めていた。
だって言ったところで意味がない。人質を簡単に見つけられるのなら、名も無き組織だって見つけられている。何よりこれはスカイが担うべき責任であり、逃れることなんて許されるわけがない。
胸倉を掴むアースの手をスカイは握り、無理矢理に引き剥がす。黄金の目は互いを睨み合う。
「……僕がサティアを守ろうとした瞬間に、この結果は決まっていた。この選択そのものが間違いだったんだ。」
もしもの話ではあるが、スカイがその恋人のサティアを見捨てれば、名も無き組織が王選中で何かをしようとしている事を知らせることができた。そうすれば応じた対抗策も用意できた。
罪なき洗脳された人々を救えたかもしれない、ここまで王選によって情勢が揺れる事はなかったかもしれない、こんな風に言い争う事も、なかったかもしれない。
全てはたらればの話で、考えても仕方のない事だ。それでも考えずにはいられないものである。
「だからもう、放っておいてくれ。僕がきっと何とかしてみせる。兄上は王都に戻ってくれればいいよ。」
そう言って、スカイはアースから目を逸らす。
「――ああ、そうかよ。」
アースは拳を握りしめる。右足を前に出し、大きく振りかぶってその左手でスカイの頬を殴り抜いた。完全に視界の外からの一撃で、スカイは避ける事はおろか反応する事すらできなかった。
「いってえな! こんな事になるなら、鍛えておくべきだった!」
そう言ったのはアースである。殴られたはずのスカイの方に痛みはなかった。それを分かっていても、アースは殴らなければ気が済まなかった。
「ふざけんなよ、スカイ! 確かにお前の選択は間違ってたかもしれねーよ! だけど何が正しかったかなんて、そんなの誰にもわかりゃしねーんだ!」
「……僕のせいで、こんな事になったんじゃないか! これを間違いと言わずに何て言うんだ!」
「だからふざけんなって言ってんだよ! まだ何も終わってねーだろうが! 何でもう諦めたような目をしてやがんだよ!」
アースはよく人に怒る。スカイもよくアースに怒られる。だけど、スカイはこんなにも必死になって声を荒げるアースの姿を見るのは初めてだった。
「ニレアを倒して、洗脳された奴ら全員を取り戻す。お前の恋人も助け出して、王選も無事に終わらせる。そうしたら十分に今回の一件はお釣りがくるはずだ、違うか?」
「そんなの、できるわけないだろ。」
「お前一人ならできねーかもな。だけど、ここには俺がいる!」
アースの言葉に澱みはない。だが、その瞳の奥は揺れているような気がした。それでも、スカイが口を挟む余地のないぐらいに早く、次々とアースは言葉を連ねていく。
「今回の話を大団円で終わらせようじゃねーか。ハッピーエンドを諦めるにはまだ早過ぎるぜ。この為なら俺は命だって賭けれる。お前は違うのかよ、スカイ。」
いつもの理論的で、効率的な手だけを選ぶアースの姿はそこになかった。理想を追い求める、偉大な王の姿がそこにあった。
アースが言うのなら、本当にできてしまうんじゃないかと、そう思えてしまうほどの迫力があったのだ。
「何、で……」
「ああ?」
「何で兄上は、そこまでして戦おうとするんだよ。」
戦う必要は、確かにないかもしれない。ここで逃げてしまう事だってできる。それを最初は、王国の為にならないと拒んだ。
しかし次はまた、別の理由ができた。
「弟が困ってんだ! 助けにならない兄貴がいるかよ!」
「――」
「お前は俺に、力を貸せって、そう言えばいーんだよ! それだけで俺は、お前の為に全てを賭けてやる!」
これぐらいシンプルな方が、アースは逆にやる気がでた。家族を守りたい、力になりたい、助けたい。人として持つ原始的な感情であるほど、無駄な事をアースは考えずに済んだ。
「答えを言え、スカイ!」
確かに本音で語り合った事は、なかったかもしれない。それでも、アースはずっとスカイの事を気にかけていた。力になりたいと、そう思っていた。
スカイがどう思っていたかなんてアースにとってはどうでも良い事だ。家族をそんな損得で見た事は、アースは一度もなかった。今までも、これからもだ。
沈黙が響く。スカイは直ぐには、口を開けなかった。頭の中でアースの声と、今までの事と、様々な人の声が駆け巡る。
何が間違っていたか、正しかったかそんな事はわからない。それでも――今、やりたい事ならわかった。
「たすけて、くれ。僕はもう、何も失いたくない――!」
膝をついてスカイは頭を下げる。目尻には涙が溜まる。
それはアースが、スカイにされた初めての心からのお願いで、ずっと待ち望んでいた言葉だった。
「任せろ、弟。」
アースは笑った。
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